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ひみつの部屋:ショートショート

世界に偉人と呼ばれるすごい人はたくさんいるけれど、もしも、その中の誰か一人だけに会えると言われたら、君ならば誰に会う?

ガリレオガリレイ、レオナルドダヴィンチ、織田信長、チンギスカン、ヘレンケラー、アインシュタイン、トーマスエジソン、スティーブジョブズ、宮沢賢治、シェイクスピア、坂本龍馬、マイケルジャクソン、ヘミングウェイ、津田梅子、ウォルトディズニー、ココシャネル、紫式部、パブロピカソ、ベートーヴェン、マザーテレサ、手塚治虫、チャップリン、ブルースリー、ガンジー、孔子、アリストテレス、サッチャー首相、リンカーン、吉田松陰、ナイチンゲール、宮本武蔵、ヨハンクライフ、ソクラテス……

そう、何を隠そうボクの学校には六年生の三学期に一度だけ入れるという秘密の部屋がある。
そこは自分が望む人ならば誰にでも会えるという魔法の部屋だ。
でも、「今はもう亡くなってしまった人」に限定される。そして、そこには絶対に一度しか入れないという決まりがある。
つまり、ボクらは死んでしまった偉人に、一度だけ出会えるチャンスがあるということ。
なんでボクらの学校にだけこんな魔法の部屋があるのかはよくわかっていないけれど、本当にそんな部屋があるのだから、それはもう「そういうものだとしよう」ということになっていると先生が言っていた。
要するに、先生もよくわかってないみたい。
それでもこの部屋はもう古くからあるものだから、使い方はわかっているし、そのルールはすごくシンプル。
一、三学期を迎えた六年生が、一人につき一回だけ偉人さんと出会うことができる
一、出会いたい偉人さんの顔を思い浮かべて、心の中で名前を唱える
一、部屋には必ず一人で入ること
この三つさえ守れば、あとは部屋の中で偉人さんが待っていてくれるらしい。
偉人さんは、日本語を話せる人もいるけれど、日本語が話せない人もいるので、話したい偉人さんに合わせてボクらがその言葉を勉強をする必要があるんだ。
でも、最近はインターネットを使ってお話ができたりするので、昔よりもちょっとだけお得だよねと校長先生が仰っていた。

今年はいよいよボクらが小学六年生。
友達みんな、今から誰と会おうかなんて話をしてウキウキしている。
ボクらのクラスで人気な偉人さんは、男子だと坂本龍馬さん、女子だとジャンヌダルクさん。みんな、勇ましい人が好きみたい。
社会の授業で勉強したけれど、ボクもその二人ならばお話ししてみたい。
お話ししてみたいけれど、ボクは他にもっとお話ししたい人がいるんだ。

「ねぇ、イマムラくんは誰と会いたいの」と隣の席のサキちゃんが聞いてくる。
そうだなぁとボクはぼんやり答える。
「わたしはね、ショパン。あのステキな曲を目の前で弾いてみて欲しいの。早く三学期にならないかなぁ」とサキちゃんは興奮気味。
そうだねとボクは答える。ボクも早く三学期になってほしい。

こいのぼりの季節が過ぎて、カタツムリの季節になって、セミがミンミンと元気な時期になる。そうかと思ったら、もみじがキレイに彩り、息が白くなる。クリスマスにケーキを食べて、お正月にお年玉をもらった。
そうして、みんなが待ちに待った三学期。

そんな中、最初に偉人さんに会えるというその部屋に入ったのは、お調子者のケイゴくん。本当に偉い人に会えるのかどうかオレが試してやるよなんて言って入っていた。そんな彼がどう出てくるのかと、六年生のみんなは気が気じゃなかった。
今さっき部屋から出てきたケイゴくんは、さっそく取り囲まれて、いろんな質問を一身に受けている。誰に会ったの、どうだった、本当に会えたなどなど。
でも、ケイゴくんはいつもの元気な感じとはちょっと違ってポーッとした雰囲気だった。
どうやらオードリーヘプバーンさんに会ったようで、その美人さんにドキドキしちゃって会話どころではなかったとのこと。
それでも、本当に偉人さんに出会えるんだということが一瞬にして六年生中に広まった。

それからというもの、偉人さんに会える魔法の部屋は、ボクら六年生の順番待ちで長い行列ができていた。
一人につき利用できる時間は十五分と決まっていたから、休み時間や放課後を入れても一日に付き五人くらいしか部屋を使うことはできなかった。
一ヶ月もするとクラスの友達の五人に一人くらいは部屋を利用していた。

そうして、三月になり、三学期も残りわずかになった。
この頃には、もうクラスのほとんどの人が部屋を利用していて、あとは未だに誰に会うか決めかねている学級委員長や優柔不断なタケナカくん、そして、ボクくらいしか使っていない人は残っていなかった。
「イマムラくんはまだ会ってないんだっけ。わたしはショパンに”幻想即興曲”を弾いてもらっちゃった。すごく良かったんだよ。わたしも弾けるようにがんばらなくちゃ」とピアニストになりたいサキちゃんは、すごくうれしそうに言っていた。

ボクはずっと前から、それこそ六年生になる前から、会う人は決めていたけれど、これで最後だと思うとずっとずっとその部屋を使えずにいたのだった。
それでも、最後に会っておこう。ボクはようやく決心がついた。
ボクは部屋の前でそっと目を閉じる。ボクは心の中で名前を呟き、ドアを開ける。
その部屋は、少しガランとしていて、真ん中にソファが置いてあった。
そこにその人はいた。
「お母さん……」ボクの声は震えていたのかもしれない。
「大きくなったね。シンイチ。おいで」
お母さんがそこにはいた。優しい優しいボクのお母さんがいた。ボクが部屋の前で囁いた名前は「イマムラユウコ」さん。ボクのお母さんだ。
ボクは世界的に有名な偉人さんにも会いたかったけれど、ボクの中で一番会いたい偉人はお母さんだ。
ボクのお母さんは、ボクが小学二年生の時に病気で亡くなった。
ボクはその時にたくさんたくさん泣いた。
それでも、ボクは今、お母さんの元にかけ寄ってまた泣いた。
「わたしじゃなくて、他にも会いたい人いたでしょう」とお母さんは言った。
ボクは無言で首を振り続けた。
「シンイチにもお父さんにもさみしい想いさせちゃったかな。ごめんね」
ボクはそんなことないよと泣きながら言った。
それから、ボクはずっとお願いしたかったことを言った。
「あら、なんだ。そんなこと。任せて。すぐに教えてあげるから」とお母さんは言った。
いつの間にか十五分が過ぎそうになっていた。
ボクとお母さんは、その間でたくさんたくさん話をした。
「もうシンイチとは会えないんだね。でも、わたしはずっとシンイチといるからね。いつだってシンイチを応援しているよ。ごめんね。ごめんね。ありがとう」
お母さんはいつの間にか消えていた。お母さんの座っていたソファは、涙の粒が一滴だけ残っていた。

その日、ボクは家に帰ってから夕飯の準備をしていた。
父さんの帰りがおそい日はボクが夕飯を作る。
夕飯を食べ終えてから、ご飯と一緒に作っていたデザートを出して、お父さんと食べた。
「シンイチ。このマフィン、お母さんの味がするな」とお父さんは言った。お父さんの声が少しだけ震えていた。
「これはね、父さん。今日、ママに教えてもらったマフィンなんだよ」
ボクは世界で一番美味しいマフィンを作る偉人さんから、たくさんのものを受け継いだんだ。

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