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雨の日に思い出すひと。#芒種「死神の精度」

こんにちは。広報室の下滝です。

紫陽花が色づき、梅雨の季節がやってきました。身体にまとわりつくような蒸し暑い空気には憂鬱な気持ちになりますが、傘やレインシューズを新調してみたり、ビニール素材のおしゃれな鞄を探してみたりと雨を楽しむ気持ちでいると前向きに過ごせそうな気がします。

それに、雨の気配を感じながら雨をモチーフにした音楽を聴いたり映画を観たり。
雨音を聴きながら、雨の情景描写が美しい小説を読んだりするのもいいものです。

静かに降る雨を見ていると、ふと思い出してしまう小説上の人物がいます。
それは「俺が仕事をする時はいつも雨なんだ」と淡々と語る一人の死神。

今回ご紹介するのは、雨の日に面影が浮かぶ主人公の短編小説「死神の精度」です。

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人間の世界に降り立つ「死神」の仕事

タイトルから、一見怖い話のように思ってしまう方もいるかもしれません。そして、作者の伊坂幸太郎さんといえば、「ゴールデンスランバー」「重力ピエロ」などミステリの名手ですので、殺人事件ものかな?物騒なのや血なまぐさいのはちょっと…と敬遠される方もいるかもしれません。

ですが本書は、ミステリに興味はあるけど…と、前述のように不安な気持ちを抱いている方に、入門書のような形でオススメしたい一冊です。

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主人公は死神の「調査部」の男性。町や市からとって与えられた名前は「千葉」。
彼は「情報部」から仕事の依頼がくると、自分の担当する人間が“死”を実行するのに適しているか“調査”するために地上に送り込まれます。

そして、その人間が人生を終えてOKと判断したなら「可」。
滅多にないけれど、もしまだ悩む余地があるなら「見送り」と報告し、「可」の場合は一週間後にその人間は命を失います。

ちなみに死神が関与している「死」は自殺や病気以外のものになるそう。

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寝なくても食べなくても問題のない死神たちは、担当する人間に応じて違う容姿でそばに近づき、個々のやり方で人間を判定します。

さぼってろくに調べずに「可」をつけたり、逆に人間に最期の喜びを与えたりといろいろな死神がいる中で、千葉はとりあえず仕事だから。と一応真面目に調査を続けます。

彼が仕事に降り立つ日はいつも雨。もしくは悪天候。晴れた日を見たことがないというのが、仲間内でもからかわれる千葉の特徴です。

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“死”を迎える人間の生きた時間と残された余白

物語全体を通して、死神ならではの目線で“死”を間近に控えた人々を観察する様子が興味深く描かれます。

クレーマーに悩む人、初めての片想いに生きる人、人を刺して逃げる人など。
千葉が調べる人間の境遇は様々ですが、一編ごとの切りとり方が絶妙で、ひとつの人生が終わった後の余白に、その後の展開はどうなったのだろうかと考えさせられます。

一風変わったエピソードとしては、仕事で降り立った死神たちがCDショップで音楽を聴くのを唯一の楽しみにしているというものがあります。
想像するだけでシュールな面白さがあって、CDショップに立ち寄った時には夢中になっている死神をつい探してしまいそう。

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最後に「千葉」が見たものとは?

そして色々な形で最期を迎える人々を、どこか遠くから、冷静に見つめてきた死神が最終話で訪れたところは、古びた美容院。

そこで出会った美容師の元気な老女と不思議な時間を過ごします。
彼女は最初から「千葉」の正体が何者であるのかわかっているようで…

雨を連れながら地上での日々を過ごす彼の目に、最後の“調査”の末に映ったものは何だったのでしょうか。

最終章までの構成が素晴らしく、最後の一文を読み終えると空を見上げたくなる。“死”を扱っているのにどこかさっぱりと明るい、そんな短編集です。

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じめじめとした湿気や灰色の雲に、気が滅入ってしまったという方へ。
ちょっと風変わりな世界観で、現実をユーモラスに切りとった死神の視点を楽しみながら、雨の景色へ向ける視線をすこし変えてみませんか?

この小説は映画化もされていますので、ご興味がおありの方はぜひそちらもチェックしてみてください。

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-今回のここに注目!-
「人間というのは、眩しい時と笑う時に、似た表情になるんだな」
冷徹、冷酷に描かれがちな死神を、ひょうひょうとしたユニークなキャラクターに変えているのは、彼が時折口にする素直な感想です。

雨とともに訪れる死神。彼を待つ、“調査”をこえたどこか優しい世界の話を、彼の言葉を愉しみながら読んでみてはいかがでしょうか。

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■死神の精度

著者: 伊坂 幸太郎
出版社:文藝春秋
定価:本体650円(税別)
文庫本:345ページ
ISBN:9784167745011

■なついろブックカバー 芒種

サイズ:152×385mm
130×32mm(しおり)
枚数:各1枚
素材:紙

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