フランスでいちばんおいしかったもの

フランスは美食の街と呼ばれる街にいたから、しょっちゅうわくわくした顔で聞かれる。

”フランスで、いちばんおいしいものはなんだった?”

どんなレストランで何を食べたのかを知りたいのだろうと思いつつ、あんまり面白いことは言えない。
なにせ、節約のためにほとんど毎日自炊をしていて、外食は数回しかしなかったからだ。

とはいえ、おいしかったものならある。
それは…焼きたてのバゲットだ。

◇◇◇

フランスにいって3週目だったろうか。
語学学校が用意してくれたアクティビティで、博物館見学&街歩きをした。

参加者は、わたしをいれて5人くらい。
その内の半分が、ブラジルやコロンビアから来た人々だった。

彼ら・彼女らは、とっても陽気だ。
少しでも高いところを見つければ登り、隙あらば仲間を小突き、思ったことがそのまま口から出る。
放っておいたら1日中この調子で動き続けるんだろうな…という感じだった。

そんなアクティビティも半ばまできたあたりで、引率の先生が道に迷った。
しっかり系のメンバーが一緒にスマホで道を調べる中、ひとりのメンバーがあっという間に近くにあったパン屋に入り、バゲットを買っていた。

”ねえ、これまだあったかいよ”

彼からバゲットを受け取った子が、にこにこしながら言った。
バゲットからはいいにおいがして、焼きたてであることはすぐわかった。

買ってきた子が順繰りにバゲットを仲間内に回して、受け取った子は手でバゲットをちぎって、歩きながら食べ始めた。
ああそのラフな感じ、うらやましい、と思っていたら、

”食べる?”

買ってきた子が、人のよさそうな笑顔で、当然のようにわたしにも回してくれた。
いちども、喋ったことがなかったのに。

”ありがとう”

喜んでバゲットをちぎり、食べさせてもらった。
ほんのりあったかいバゲットは、外はカリカリ、中はもっちり、香ばしい小麦のかおりがして、理想のバゲットだった。


◇◇◇

チキンなわたしは、その頃まだバゲットをパン屋で買ったことがなかった。
ひと口にバゲットと言ってもいろいろ種類があるから、レジでうまく伝わらなくてもたついたら嫌だな、と避けていたのだ。
だけどその時にもらったバゲットがとってもおいしかったので、そのあとバゲットを買うようになったのだった。

でも、どのバゲットも、あの時もらったバゲットにはかなわなかった。

あのパン屋がおいしかったのか、初めて食べる本場のバゲットだったからおいしかったのか、日本だとあまりやらない歩き食べだからおいしかったのか、歩いてお腹が減っていたからおいしかったのか。

いろいろ理由はありそうだけれど、これだけは言える。

きっと、”食べる?”と言ってくれた時の、彼の笑顔がすてきだったから、おいしかったんだよな、と。

最後までお読みいただきありがとうございます。 これからもたくさん書いていきますので、また会えますように。