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一杯二千円のコーヒーを飲んだら、心の中で陽水さんが尋ねてきた


毎日note更新10日目。

昨日は昼から僕の用事を同期であり友達であるコマンダンテの石井くんに手伝ってもらった。

場所は銀座。

ちなみに東京に来て1年、僕は銀座に行くのが初めてである。

「これが銀座か」と思いながら用事を済ました。

用事が終わりそのまま銀座で2人で昼飯を食べる。

昼飯を食べた後、石井ちゃんがこんな事を言った。

「ちょっと行きたい所あんねんけど、いい?」

もちろんオッケーである。用事を手伝ってもらったのもあるし何だってついて行きますとも。

その行きたい所とは

高級コーヒー店」らしい。

石井ちゃん自身も行った事がないそうだ。


なるほど。

高級コーヒー店ですか。

では用事を手伝ってもらったお礼でそこのお金はこの太っちょが出させてもらいましょうかね。

ま、高級と言えどもコーヒーですからね。

そんなに大した値段ではないでしょう。

太っちょのペラペラな財布でも充分支払えるはず。

そう考えた僕は

支払いの際に出す「ではここが私が」というセリフを懐に忍ばせた。


ちなみに僕はコーヒーに対して、普通に好きだがそこまで特別好きでもない、という感情である。

コーヒー大好きな石井ちゃんとはコーヒー愛にかなり差がある。

もし髭を蓄えたマスターがコーヒーについて延々と熱く語りだしたらどうしよう?

そんな事を考えながら僕は歩いた。

銀座のデカいビルの13階にその店はあるらしい。

エレベーターで昇っていく。

13階に到着するとそこには高級そうな店達が広がっていた。

どうもこのフロアーはちょっとお高いお店が並んでいるゾーンらしい。

石井ちゃんは奥の方に進んでいく。

僕もそれについて行く。

すると占いの館の様な大層な入り口の前で石井ちゃんは足を止めた。

あれ?

コーヒー飲む前に占いすんのかな?

そう思った僕に石井ちゃんは言った。

「あ、コーヒーの店ここやな」

え?

これがコーヒー店?

いや奥から「銀座の母」みたいな人が出てきそうやけども。

何か凄いとこやな。。。

思ってた店と違う。。。


そんな事を考えているとソムリエの様な店員さんが「いらっしゃいませ」と僕らを出迎えてくれた。

僕は思った。

ソムリエ出てきたで。

何か入り口でソムリエ出迎えてきよったで。

え、マスターは?

髭を蓄えた喫茶店のマスターは?

マスターどこにいんの?

おーい、マスター!コーヒー1杯ちょうだい!


ソムリエは丁寧な口調で店について僕らに説明をしてくれている。

石井ちゃんはふむふむと頷きながら2、3質問をする。

専門用語が多すぎて僕には何を言ってるのかさっぱり分からない。

ていうかこの2人は日本語を話しているのだろうか。

それすら怪しい。

ふとソムリエの横にあるボトルに入ったコーヒー豆に目がいく。

ワインボトルの様な容器にコーヒー豆が入れてある。

それを見て僕は思った。


ちょっと!!笑笑

ソムリエさん!!

間違ってコーヒー豆、ワインボトルに入れてますよ!

どんな間違いなんすか!

どう間違ってもワインボトルにコーヒー豆は入れんでしょ!

あんな狭い口から入れるの逆に大変やったでしょ!

もお〜面白いな〜ソムリエさん!

おっちょこちょいなんやから!


しかしソムリエさんはおちょこちょいな訳ではなかった。

その高級コーヒー店は

コーヒー豆をボトルで販売する店だったのである。


一通り説明と質問が終わりソムリエさんが料金表を見せてくる。

石井ちゃんの後ろで僕はそれを覗きこんだ。

!?

信じられない値段が並んでいる。

年代物で20数万。

20数万て。

下手すりゃ中古車買えんちゃうの。

中古車買える値段でコーヒーて。

めちゃくちゃやないか。

いくら年代物とはいえ。

てかコーヒーで年代物て何や??


最も安い物でボトル1本、1万1千円。

1万1千円。。。

ボトルからは5杯分のコーヒーが入れられるらしいから

コーヒー1杯、約2千円。

に、2千円。。。

こ、コーヒー1杯が2千円。

お、恐ろしい。

僕は体の震えが止まらなくなった。

そして震える手で先程懐に忍ばせておいた

「ではここは私が」を床にポイッと捨てた。


結局1杯2千円のコーヒーを振る舞ってもらう事になった僕はいそいそと案内されたテーブルに座った。

店内はおよそコーヒー店とは思えない高級感が漂っていた。

奥の方はガラス張りになっており銀座の街並みを一望できる。

完全に成功者が訪れる店である。

そんな成功者御用達の店に太っちょの失敗者が座っている。

僕は居心地の悪さを感じた。


ソムリエが席にやってきてメニュー表を広げ再び説明を始める。

石井ちゃんがふむふむと頷く。

相変わらず何を言っているのか分からない。

完全に日本語ではない。

おそらく店の入り口が国境でここは海外なのだろう。

僕はそう思うようにした。

ソムリエが今回注文するコーヒー豆について説明する。

どうやら今回のコーヒー豆は「はっさくのようなフレーバー」らしい。

はっさく?

あの果物の?

はっさくの香りすんの?

コーヒーから?

ええ!?

フルーティな香りとかはたまに聞くけど「はっさく」て個別に指定してきはったで!

続けてソムリエは言う。

後味はまるで「ジャムのような甘さ」が残るらしい。

ジャム!?

コーヒー飲んでジャムの甘さすんの!?

ウソやろ!?

今までコーヒーにジャム感じた事ないけどな!

さすが超高級コーヒー!

超高級になるとジャム感じれるんやな!


注文が終わり僕達はコーヒーが出てくるのを待つ。

1杯2千円のコーヒー。

めちゃくちゃ緊張する。

しかもそれを石井ちゃんに振る舞ってもらう。

奢ってもらう者の義務として

「味の感想」はしっかり言わないといけない。

1杯2千円のコーヒーを飲ませてもらって

「何かよく分かりませんでした」じゃ通らない。

しっかりと詳細に味のレポートをしなければ。

僕は緊張で体がサッカーのイタリアの守備ばりにガチガチに固くなった。


気を紛らすためメニュー表を眺める。

そのメニュー表はメニュー表というよりパンフレットで様々な産地で採れたコーヒー豆を年代別に豊富な例えを用いて紹介している。

紹介しているのはどうやら「コーヒーハンター」という人らしい。

ミニ四駆でいうミニ四ファイターみたいな人だろうか。

見ていると同じコーヒー豆でも年代によって味が違う事が分かる。

今回僕達が飲むのは2015年物で「はっさくのようなフレーバー。後味はジャムのような甘さ」なのだが

これが前の年になると

「マスカットのような風味」になる。

いや、マスカットからはっさくって!

凄いな!

同じ豆で果物横断してるやん!

他の豆の紹介も見てみる。

「ラズベリー、チェリーの風味とチョコの余韻」

「クッキーやビスケットのような香ばしい香り」

「濃厚なキャラメルの風味」

「ミルクチョコレートを思わせる甘いフレーバー」

僕は思った。

え、これ何の店やっけ?


コーヒーの店である事を忘れるぐらい様々な例えが出るほど、そのコーヒー豆達は多種多様な味わいを持っているのだ。

凄い。

コーヒー豆の奥深さは半端じゃない。

紹介の最後の方なんてそこまでに色んな味があり過ぎて

「もはや例えようがない風味」って書いてある。

いやそこは例えてよ。


そうこうしているといよいよコーヒーがやってきた。

これまた高級そうなカップに入れてある。

1杯2千円のコーヒー。

ついにそれを飲む時がきた。

ドキドキする。

ちゃんと感想を言わなければ。

まずは2人で香りを嗅ぐ。

コーヒーのいい香りがする。

芳醇な格式高い香りがする。

凄くいい香りである。

いい香りなのだが。

なのだが!

はっさくの香りが見つからない。

いくら嗅いでもはっさくが見当たらない。

どこだ、はっさく!?

はっさくがいない!

はっさくー!!

僕は鼻ではっさくを探し回ったが、どこにもはっさくはいない。

早く香りの感想を言わなければ!

焦った僕は一言

「はああああん!」とハウンドドックの大友康平の様な声をあげた。


続けてズズッとコーヒーを口に入れる。

美味い。

間違いなく美味いコーヒーである。

美味いコーヒーなのだが。

なのだが!

ジャムのような甘さがいない。

後味にジャムのような甘さがいないのである!

このままでは「普通に美味いコーヒー」としか言いようがない。

1杯2千円のコーヒーを奢ってもらって普通に美味いとは何事か!

そんな失礼な感想はない。

僕は口の中で必死にジャムを探した。

ジャム!

どこだ、ジャム!

どこにいるんだ!

ジャム!

聞こえてたら返事してくれ!

ジャム!

おい!

ジャム!


ジャムはいない。

僕は舌の上を探し回った。

ジャム!

出てきてくれ!

ジャム!ジャム!

まるでドラマで雨の中家を飛び出したヒロインを探す主人公のようである。

しかしどれだけ探し回ってもジャムはいない。

ジャム!ジャム!

僕は焦りながら必死に探し続けた。

すると僕の心の中にいる井上陽水が姿を現した。


陽水さん「探しものは何ですか?」

あ、陽水さん!いやね、今コーヒーの後味にいるはずのジャムを探してるんですよ!コーヒーの感想を言うためにジャム見つけないといけないんですよ!

陽水さん「見つけにくいものですか?」

そうなんですよ!全然見つからないんです!奢ってもらってるのにジャムが見つかんないんですよ!どうしたらいいんですかね!

陽水さん「カバンの中もつくえの中も探したけれど見つからないのに」

いやそんなとこは探してないですけど!何言うてるんすか陽水さん!何でコーヒーの後味がカバンの中やつくえの中にあんねん!

陽水さん「まだまだ探す気ですか?」

いやだって何か感想言わんと!奢ってもらってるねんから!普通に美味しいじゃあかんでしょ!

陽水さん「それより僕と踊りませんか?」

何でやねん!何で今から踊らなあかんねん!コーヒー飲んどんねんこっちは!

陽水さん「夢の中へ 夢の中へ 行ってみたいと思いませんか?」

思わへんわ!あんた何言うてんねん!コーヒーの感想探してんねんこっちは!何でおっさん2人で夢の中行かなあかんねん!


僕はコーヒーを飲み終えた。

そして一言

「あ〜確かにジャムの感じがする!」

と思ってもいない事を口にした。

すまん、石井ちゃん。

こうするしかなかったんや。


こうして僕達は店を後にした。

コーヒーの世界。

奥深い。

初心者の僕にはとてもついていけなかった。

とはいえ美味しいコーヒーだった。

1杯2千円のコーヒー。

おそらく僕の人生で最初で最後のコーヒーだろう。

いい経験をさせてもらった。

ありがとう、石井ちゃん。

ご馳走様でした。












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