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書評「心が震えるか、否か。」(香川真司)

僕は香川真司という選手は、この2010年からの10年で、日本人のサッカー選手として最も実績を残した選手だと思っている。

ブンデスリーガ優勝2回、プレミアリーグ優勝1回、DFBポカール優勝2回、キッカーとブンデスリーガが選ぶ年間ベストイレブンにそれぞれ2回ずつ選ばれている(いずれもWikipedia参照)。2010年以降に様々なサッカー選手が海外でプレーしたが、最も成功した選手は香川といってもよいくらいだと思う。

一方で、香川ほど日本国内で正当な評価を得ていない選手もいないと、僕は思う。本田圭佑というキャラクターが強い選手がいた影響もあると思うが、ヨーロッパで残した実績ほど、日本で評価を得ていないと僕は思う。

僕は2010年代の日本のサッカーを牽引してきたのは、言葉では本田かもしれないけど、プレーでは香川だと思っていたので、本人のキャラクターもあると思うけど、もうちょっと主張したほうがよいのにとか、もっと自分の取り組みを人に説明すればよいのに、と思っていたし、もったいないと感じていた。

そう感じていたので、香川の本が出ると聞いて、すぐに購入し、じっくりと読んだ。タイトルは「心が震えるか、否か。」共著者のミムラユウスケさんが10年以上の時間をかけて、香川に接して、言葉を引き出したからこそ生まれた大作。350P以上の本ですが、読み応えがあり、一気に読ませてもらいました。

今の香川は面白い

僕が最も印象に残ったのは、ドルトムント時代のエピソードでも、マンチェスター・ユナイテッド時代のエピソードでもなく、今の香川についてのエピソードだ。

今の香川は難しい時期に直面している。

若手重視の移籍市場、日本人であること、スピードとパワーを重視するサッカーなど、様々な要因が重なり、自分が望む環境でプレーできているとは言えない。何より、長年ヨーロッパのトップレベルでチャレンジしてきたことによる蓄積が、香川の身体を蝕んでいる。身体のコンディションを整え、プレーするレベルに調整するだけでも大変なはずだし、本書を読むと香川がどれだけプレーするために投資をしているかよく分かる。今の香川がプレーしている環境を考えると、もしかしたら赤字なのではないかと思うほどだ。

レベルを維持していくためのコストはどんどん上がるけど、期待しているほどリターンは少ない。そんな状況においても、自分自身への投資を続け、日本に比べてストレスがかかるヨーロッパの環境でプレーする理由はなぜか。そこには香川なりの確固たる理由があったことが、本書では詳しく書かれている。

僕にとってもそんな香川の環境は他人事ではなかったし、それでもアクセルを踏んで前に進もうとする姿勢に勇気づけられた。読み終わって、とても前向きな、清々しい気持ちになれた。よい歳のとり方をしているな、とも思った。

ライターにとっても重要な作品

本書の共著者でもあるミムラユウスケさんのことも触れておきたい。ミムラさんを人に紹介するとき、僕はいつもこんな枕詞をつけて紹介している。

「香川真司を日本で一番インタビューした人」

ミムラさんと最初にお会いしたのは、佐々木クリスさんのイベントだったと思う。お仕事をお願いしたりしたこともあったし、ちょっとしたことを頼まれたこともあった。クリスさんのイベントの後も、ミムラさんは千葉ジェッツふなばしの木村さんと話していたので、あまり深い話はしたことはないけど、ミムラさんがどれだけ長く香川のことを追いかけていたのかは知っていた。

ライターはどこかのタイミングで、何かしらのテーマに、深くコミットメントして描くタイミングがある。ミムラさんにとってのエポックメイキングといってもよい作品だと思う。

読後感が清々しくもあり、寂しくもある理由

本書を読み終えて清々しい気持ちになった一方で、本書が生まれた背景を考えると、少しだけ寂しい思いもある。

なぜなら、香川のサッカー選手としての終わりが見えてきたからこそ、本書が生まれたと僕は思っている。あのピタッと止まったトラップ、狭いスペースでもゴール方向を向くターンを目に出来る時間は、残り少ないのだと思うと、香川のプレーを目に焼き付けておきたい。そんなことを考えた。

2010年代の日本サッカーを牽引してきた選手が、どんな経験をして、何を考えているのか。多くの人に読んで欲しい1冊です。


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