走らんのか、メロス。
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。
走るより他は無い。
太宰治の『走れメロス』は、教科書にも載る有名な作品だ。
大人になってから読むと、実際に脳内で言葉が疾走し、あっという間に読み終えてしまう文の運びに圧倒される。なんちゅう文才かと。
その「メロス」という言葉が、思わぬところで出てきた。
おととい公開した「君といつまでも」というパートナーシップの記事について、女友達がおしゃべりをはじめたのだ。
女子トークは盛り上がり、こんなやり取りになった。
「欲しがりを伝えないと、男性は察せられないから満足してると思うだろうし、蓋を開けたら満足してなかったと知った時の男の落ち込み具合を見るたび、(あー…自分が与えたもので女が満たされることをこんなにも快楽としてるのね…)と知る。」
「女が欲しいものを欲しいと言って、男が欲しいものを満たして、女が満たされてるのを見て男が満たされる、ってことは、女が欲しいと言わねば始まらんってことね。笑」
「そそそそ!女がまず最初なんよね。開示レベルでいうと。女がセリヌンティウスにならないといけないらしいのだ。(走れメロスの最初に信じる友達ね)笑」
「そしてメロスは走るのだ。笑」
「んだんだw そして男は望みを叶えるべく、寝る間も惜しんで走るのだ。なんの保障もなく愛する女はある意味、博打人よね笑 自分が愛したのだからという理由だけが担保w 」
男は女に信じてもらって走るメロス。
女の望みを叶えるべく走る。
それこそが男の喜び。
わかるなぁ、と思った。
かく言う僕は、本当に長い間「走らないメロス」だった。
面倒だとか、自信がないとか、働きたくないとか、過労死するとか、難癖をつけてとにかく走らない。走りたくない。
のんき者でのんびり屋で、そんな自分でかまわない。お金なんていらない。
なにをみんな慌てているのかね、ほら、こんなにも花がきれいじゃないか。
そういうクソメロスを蹴飛ばしたのは、待ってましたよ、うちの奥さん。
「セリヌンティウスたる女性が妥協して『満足してるふり』をするのは、やさしいようで最悪なのかもしれんね。」
「そうなんですよ。自分にも相手に対しても、最悪しか生まない。愛した自分を呪うし、相手を弱い存在(どーせ叶えてくれない小さい男)にしちゃうし。」
女子トークで展開された、まさにこのとおりのことが我が家にも起きた。
奥さんが僕に気を遣って「満足してるふり」をすると、いっとき僕は気分がいい。うまく喜んでもらえている感じがするからだ。
けれど、ふりは長くはつづかない。
やがて、彼女の不満が暴発してケンカに至る。
そういうとき「蓋を開けたら満足してなかったと知った時の男の落ち込み具合」と表現してくれたとおり、本当に落胆する。はじめからそう言ってくれたらいいのに、と心から思う。
そんなやり取りを何度も何度も繰り返して、ようやく僕は「男になる」と宣言して走りだした。我ながら、とんでもなく時間がかかった。なんてヤツだ、と振り返って思う。
でも、先のおしゃべりの中には、こんな発言もあった。
「あなたの稼いだお金で好きなものを買うのも嬉しいけど、そこに辿り着くまでの紆余曲折全て愛おしいしおもしろいので、観察しておもしろがらせてくれたら、それが私のしあわせ。という感じです。」
広くて深い。
女性の愛し方だなあ、と思った。
結果だけでなく、
走るプロセスも面白がってみてくれている
博打打ちの女性騎手たち。
「自分が愛したのだから
という理由だけが担保」
なんという潔さだろう。
そして、メロスたる男は、
女の馬として走る。
その面白さ、痛快さ。
そう思うとだよ、男子。
君たちは、走らんのか。
ずっと走らなかった
クソメロスこと私が
人生をかけて忠告しておく。
早く気が付いた方がいい。
女のために走ることは
男の使命だ。
走れ、メロス。
男たちよ、
女を喜ばせるのだ!
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
勇者は、ひどく赤面した。
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