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仕事を辞めた話

はじめに

いきなり衝撃的なタイトルですねぇ……何て言いたい所だけれども、前回前々回の記事を読んでくれた方は特に驚かないんじゃないでしょうか。何せ、発達障害の症状によりそれはそれは酷い有様を呈しており、とても仕事を続けられる状態じゃ無かったんで…………。

仕事を辞めた、と言うか実質辞めさせられた後、暫く就職活動を致しまして、何の縁か、丁度その翌月に再就職の内定がありました。現在は新たな職場で、社会人生活をゼロからやり直しております。

そんな訳で、仕事を辞めた経緯と、辞めてから再就職までの1ヶ月間の事を話していきたいと思います。前回、前々回。賢人ぶって堅く書いたら疲れてしまったので、始終砕けた文で行きたいと思います。それじゃあ、よろしくね。

仕事を辞めた、その日

前回、前々回の記事を読めば分かると思いますけれども、私は前の会社(石材工務店です)では目に余る醜態を晒しておりました。とは言っても欠勤とか遅刻は全くしておりませんでした。自慢じゃ無いです。本当の事です。じゃあ、目に余る醜態とは何か……。まあ、今更言うまでも無いですね。発達障害、とりわけADHDに起因する、不注意です。

どれくらい酷かったかと言えば……。例を出してみましょうか。ある日、建築図面の断面図に相当する場所に蛍光ペンで色を塗って欲しい、と上司に頼まれた時。私はその意味を理解できず、自分の感性と勘を頼りにやってはやり直し、やってはやり直し……気が付けばずっと蛍光ペンを持って図面と睨めっこする日々。上司ならば半日程で終わる仕事。まあ、新人に同じスピードを求めるのも酷でしょうし、それを分かった上で多めに時間を貰ったのですが……。しかし、それを始めてから終わるまでにかかった時間は何と3週間! すごい、すごいですねぇ、誰も褒めてません。

それともう一つ、エピソードをご紹介致しましょうか。私は建築図面と中国工場が制作した伝票を照らし合わせ、食い違いをチェックし、正しい数値に直すという作業を任されたのですが……結局、碌にチェックできておらず、結果として大量の誤発注建設現場も大混乱と言う大惨事を引き起こしてしまいました。お陰で会社に大損害を与える結果となってしまいました。

結果、8月末の話ですね。私は上司に呼び出され、話し合いになりました。会社に多大な損失を与えている現状、余りの惨状。もう既に私の方でも「クビになるな」という確信があったので、思い切って正直に吐露致しました。発達障害を持っているという事を。その時、会社の方に言われました。「うちは小さな会社なので、障害者雇用の余裕は無い。障害者雇用に転職して欲しい」とね。

そんな訳で会社を辞める事になりました。とはいえ、給料の締め日である翌15日までは置いてくれる、と言う話でして、それまではその会社で業務量を減らされつつも仕事を続ける事が出来ました。事実上のクビですが、恨みとかは無いです。寧ろ感謝したいくらいです。何せ、試用期間中に既に醜態を晒しており、そこで辞めさせる事も出来たのに、私に成長に期待し、雇い続けてくれた訳ですし。

時既に遅し

次の話に入る前に、前項で言い忘れていた事が一つ。

私にも勿論、「このままでは不味い」と言う意識はありました。それ故、コンサータの処方を受ける事を考えておりました。私と同じ(と言ってもASDは伴っていませんが)ADHD持ちの姉も処方を受け、それによって特に問題無く社会人生活を送れていたのですし。だからコンサータを飲み、問題無く仕事を進められる……と言う訳には行かなかったのですね

何せ、精神科の予約や、群馬にいた頃に世話になっていた医師からの紹介状の手配等に手間取り、結局処方を受けられたのは9月初旬。そう、既に会社を辞める事が決まっていた頃でした。

もう少し早く処方が受けられたならと、何度後悔した事か。コンサータを服用するようになってから、辞めるまでの間、業務の遂行が劇的に改善したという事実が、余計にそう思わせてくれました。

既卒扱いで正社員として入社し、具体的な額は伏せますが入社一年目としては破格の給料を貰っていた私。それが一瞬にしてフリーターに転落しました。こうなってしまったのは一生の不覚と言わざるを得ません。

母ちゃん達には内緒だぞ!

このネタ分かる方、いますかねぇ?

多分40代以上にしか分からないでしょう。何で24歳の私が知っているかって? それは……

何て茶番はさておき。ネタが面白くないと思ったならばお見捨ておきください。こうして会社を辞めた私ですが、一つ、怖れていた事がございました。それは、実家に戻される事。

どうして実家に戻されるのを怖れていたか、と言いますと、私が親との同居生活が上手く営めないからなんですね。ASD故か、一人で生きる事を好み、他者からの干渉を嫌う私。親という存在との相性が悪い。実家にいる頃は、一人で好きな事をやっている時に急に呼び出されたり、何かを頼まれたりして、自分のプライベートな領域が侵害されたように感じ、快適に暮らせないばかりか、頻繁に癇癪を起こしておりました。実家に戻されたらまた同じ日々が始まるのかなぁ、何て思うと恐怖で恐怖で仕方なかったのです。

それ故、新たな職場への勤務を開始する直前まで、私はこの事実を親には伏せておりました。そしてその間、失業保険の受給期間に満たなかったので、就職活動の合間合間にアルバイトをしつつ住居確保給付金を申請し、糊口を凌いでおりました。

そして新たな職場への勤務直前、親に今までの事を正直に話した時……怒られ、ませんでした。呆れられました。

障害者雇用への転職を目指した、が……

仕事を辞めた後、私はひとまず障害者雇用への転職を目指しました。が、結論から言いますと、失敗致しました。何故、失敗したのか。それは先程述べましたように、実家に戻りたくなかった為です。

障害者雇用と言うのは、法定雇用率が定められており、違反した場合にはペナルティがあり、言い方は悪いですが仕方なく採用するものです。怒られそうな話をしますが、企業にとって障害者とは足手まといでしか無いですからね。

故に障害者雇用は一般雇用に比べ、給与は低く抑えられております。それで困ったのが私。実家に戻りたくないので、家賃を払わなければならない都合上、障害者雇用の中では給与が高めの企業に次々と応募していったのですが……悉く不採用。小耳に挟んだ話によれば、障害者雇用の中で比較的給与が高めの求人はその業界での経験が長年あり、資格を持っている人が応募してくる事が多く、更には主に身体障害者を採用したがり、精神障害者、とりわけ発達障害は余り採りたがらないとか。

こうして何社も何社も応募しては不採用になる日々が続きましたが、次第に障害者雇用への転職活動は行き詰まっていきました。そんな時、私は考えを切り替え、次のステップへと進みました。それを次項で解説していきたいと思います。

体調不良で押し通す作戦

障害者雇用への転職活動が行き詰まってきた時、私が取った作戦第二。それは一般雇用への就職でした。コンサータを服用する事によって、集中力に大きな問題が無くなっていた為、一般雇用での勤務も可能と判断した為です。

しかし、困ったのが退職理由でした。面接でいつも聞かれるのです、何故退職したのか、と。一般雇用の場合、障害者雇用と違って不注意が原因と正直に言えなかった為、取り繕うのに苦労しました。作戦を切り替え始めた当初、私はこう主張しました。「環境が合わなかった」と。だがこれが大失敗。どうして環境が合わなかったのか、何故5ヶ月の早さで辞めたのか。面接で根掘り葉掘り聞かれ、ボロが出て、不採用。気付けばそのパターンを何度も繰り返しておりました。

そこで、考えついた新たな手段。それは退職理由を体調不良で押し通す、と言うものでした。これが効果覿面、とかっこつけて漢字で書いてみる。これによって面接でもそれ程深掘りされる事無く、スムーズに話が進みました。発達障害と言う都合の悪い事実を隠しつつ、詮索されない退職理由として、この上無く有用でした。やはり「体調不良」というカードは強い。皆さんも、都合が悪い時は都合良く体調不良と言って押し切りましょう。世の中意外とこれで何とかなります。政治家と芸能人はこれを実践しております。

さて、これによって私はいよいよ一般雇用で再就職の内定を得る事が出来ました。再就職先は……守秘義務に何かとうるさい会社なので、詳しい事は言えませんが、スマホに関する業務をしている所です。私はスマホに関係する仕事に就きました。1年間学んだCAD、無駄になっちゃったなぁ……。

何はともあれ、再就職を実現した私。しかし、私の前途にはまだまだ課題がのし掛かっています。それをこれから言っていこうかな、と思います。

再就職はできたけど

再就職できた私。今は研修期間。今の所、特に問題無く進んでおります。人間関係は相変わらず下手ですが、集中力に関しても能力に関しても、同期の方々と劣ると言う事は無く、仕事のシミュレーション等で丁寧さを同期や講師から褒められる事さえあります。

じゃあ、何が問題かと言えば、現在、雇用形態が派遣なんですね。これは景気が悪化した時に首を切られやすい。時給制の為、月によって給与がマチマチ……と、不安定で余りよろしくない。

しかし、現在の職場には派遣から直接雇用に登用して貰える制度があります。無断欠勤や遅刻をせず、重大なインシデントを起こさず、真面目に働いていれば登用してくださるそうです。ただ、その制度で登用されるのはあくまで契約社員正社員ではありません。ただ……正社員で一生安泰、と言う時代でも無い。前の職場は正社員だったけれども、結局あのザマだった訳だし……なんて思うと、まぁ契約社員でも良いのかなぁ、なんて思ったりします。

そんな訳で、当面の目標は派遣から契約社員への転換、ですね。これを目指して頑張って行きたいと考えております。で、何か続き言おうとしましたけど、思い浮かばなかったので区切りとさせて頂きます。

おわりに

今だから言える事ですけれども、こうして仕事を辞め、再就職したのも、貴重な経験だったんじゃないのかなぁ、って思いますね。一度挫折したからこそ、自分を客観的に見つめ直す機会が出来たんじゃないかな、って思います。

社会人としての挫折。そしてゼロからのリスタート。これからどう転ぶか分かりませんが、良い方向に転ぶと信じて。諦めずに生きていきたいと思います。

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