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日建グループ オープン社内報|わたしのこだわりの住まい③

伝統的家屋のリフォームに込めた韓国の「魂」

金 銀熙(キムウンヒ)
日建設計 ソウル支店 副支店長
金 旲中(キムデジュン):改修協力
日建設計 ソウル支店長

韓国・ソウル市には特定地区に残る伝統的家屋(韓屋)の保存を促進する制度があると聞きます。日建設計ソウル支店に勤務する金銀熙(キム・ウンヒ)もその制度を利用し、韓屋を購入した一人です。日本への留学経験があり日本語も堪能な彼女のお宅と韓屋のリノベーションについて話をうかがいました。またインタビューにはこの改修の協力者であるソウル支店長の金大中(キム・デジュン)も同席しました。

保存地区にある韓屋を購入し、リニューアルを実施

―― 事前にお送りいただいた写真等を拝見しました。とても美しい建物ですね。いろいろ教えていただきたいのですが、その前に支店長を紹介してください。

ウンヒ:キム・デジュンさんは大学時代に伝統的建築物の保存を研究された専門家です。今回韓屋をリノベーションする際、私はディテールなど細かい部分を担当したのですが、基本計画や実際の設計などはプロの意見が必要でしたので、デジュンさんにお願いさせていただきました。
デジュン:私の研究分野でしたし興味深い取り組みでしたので、喜んでお手伝いをさせていただきました。プライベートでの試みだったので、もちろんボランティアです(笑)。
 
―― なぜ古い家をリニューアルしようと思ったのか、またどのような家を購入されたのか教えてください。
 
ウンヒ:昔から韓屋に興味がありました。昔ながらの家にいると何とも言えない心地良さを感じます。しかし今どきのリニューアルされた韓屋では心地良さがあまり感じられず、なぜ昔の韓屋は居心地が良いのか、韓屋“風”の家とは何が違うのかということに興味と関心を持っていました。今回のリニューアルは大学で専攻した建築環境心理学の発想から、心地よさを感じる要素を仮説でピックアップし、それぞれが作る空間感を確認してみることができれば、長年の疑問を解決するには絶好の機会だと思い、チャレンジしました。
購入したのは1938年に建てられた住宅で、2019年にリニューアルを行いました。ここは、かつて政府関係者が多く住んでいたため、伝統的家屋が沢山残っている地域です。保存地区に指定されていて、伝統的家屋の形を守りながら改修をする人には補助金制度もあります。最近ではちょっとした観光名所になっているので、住まいとしてだけでなく、カフェなどを経営している人も多いのです。ブルーボトルコーヒーの韓国1号店もこの地区で開店したんですよ。

写真1 建物は伝統的家屋の保存地区に立地
図1 リニューアル後の平面図

―― ご自宅の詳細をうかがう前に、まず韓屋の特徴について教えてください。
 
デジュン:基本的な造りは日本の家屋とあまり変わりませんが、大きな違いが2つあります。
一つは木材の使い方で、日本の家屋では形を整えた細い柱を使いますが、韓屋の場合はその都度手に入る木材で造るのでラフな感じです。たとえば梁部分に原木をそのまま使い、元の姿を活かすのが韓屋の特徴で、雰囲気としては日本の茶室に近いと思います。この家も古くなって腐食した部分は取り替えましたが、天井部分はほぼ元の姿のままで、木材がくねくねしています。
もう一つは床の使い方で、韓国には独特の床暖房「オンドル」があります。現代の住宅では温水床暖房方式が主流ですが、かつては竈の熱を家全体に循環させる方式が用いられていました。伝統的なオンドルを使う家の床材は、固めた土(漆喰)の上に油をしみ込ませた紙を何枚も重ねるというものでした。

写真2 梁には原木の姿が生かされている
写真3 縁側は日本の古民家とあまり変わらない

伝統的家屋を残す楽しさと難しさ

―― リニューアル後のご自宅の特徴、リニューアルのポイントを教えてください。
 
ウンヒ:韓国でもかつては座敷生活が基本でしたので、どうやって現代の立式の生活と調和を図るかがポイントでした。また敷地も建物も小さいので、固定式の壁をスライディングドアに変更し、部屋の使用目的によってフレキシブルに対応できるようにしました。また小さくても中に入ると広く見えるよう、内部と外部の視線が繋がるような工夫をしています。家屋自体は竣工当時のままではなく、約80年の間に住んできた人達が少しずつ増築・改築をしてきました。そこで韓屋の特徴を取り戻すために、まずは竣工当時の姿を復元するところから始めました。
 
―― リニューアルしていく中で、楽しかったこと、苦労したこと、勉強になったことはなんでしょうか。
 
ウンヒ:復元作業は楽しかったですね。柱の外側に押し入れのような収納スペースを造っていたところがあり、それを取り払うと急に外への視界が開けたんです。家の景色が大きく変わったことがとても新鮮でしたし、当時の設計者の気持ちが少し理解できたような気がしました。逆に苦労したのは、古さと新しさを両立させることです。ここは伝統的家屋の保存地区なので、古い形を残して改修することに対し、市から最大1億ウォン(1千万円)の補助金が出るわけです。但しその審査基準がとても厳しく、審査が下りるように調整することが大変でした。
デジュン:壁や屋根の指定など、細かい復元のマニュアルがあるのです。たとえば韓屋の窓には格子が入っているので、格子をつけなかったり、つけても指定と違う形だったりすると審査が通りません。このあたりは私の専門分野なので、審議会の先生方とは綿密に――時にはお互い熱くなって口喧嘩になったりしながら――議論を重ねて調整しました。昔と今では建築技術や部材の性能が違いますから、今のものをどうやって伝統的な建築様式に合わせるかというのが苦労した点です。
ウンヒ:80年前の住宅を80年前の技術で建て直したら、そこには何の発展もありませんので、新しい技術を使って韓屋の良い面を残しながら発展させることができれば、これからも韓屋に住む人が増えるのではないかと思い、いろいろ試行錯誤したことが何より勉強になった点です。

写真4 収納スペースだったところを解体しオープンになった空間
写真5 韓国の伝統的な格子窓

―― 事前のヒアリングによりますと、現在は外部の人も使える多目的スペースとしても活用されているそうですね。そのようにされた理由を教えてください。
 
ウンヒ:2019年にリフォームが終わり、最初の1年間は家族で住んだのですが、古い街並みで敷地も狭いため車を停めるところがなかったり、昔の間取りなので収納が少なく、まだ子供が小さい我が家では荷物を納めきれなかったり、私も昼間働いているのでなかなか片付けの時間をとれなかったり…。家族もこの家をとても気に入ってくれていたので残念でしたが、生活のため今はマンションに引っ越して暮らしています。
現在、家の管理は陶芸家の義妹にお願いしていて、彼女が展覧会を企画したり、ソウル市が行っている民家にステイできるプログラムを活用して、一般の方にも利用してもらっています。結果的に多目的な使い方をすることで、家族も無理なく韓屋の良さを味わうことができ良かったと思います。

古いことの良さ、そこに新しいものを加えた良さ、を伝えていきたい

―― 完成したお宅や、そこでのライフスタイルについて、お気に入りのポイントを教えてください。
 
ウンヒ:一番のお気に入りはキッチンです! この家はL字形をしていて、もともとキッチンも端にあったのですが、今回のリフォームで家の中心(L字の屈曲点)に持ってきて、床の高さも40㎝ほど下げました。そうすることでキッチンに立つ人は、家の中だけでなく庭が見えたり街並みが見渡せたりと、予想していなかった楽しみが広がりました。
デジュン:韓国の近代的な生活は立式、伝統的な生活は座敷です。両方の良さを一つにまとめる手法として、この家では「視線を合わせる」仕組みをつくりました。キッチンで立って働く人、座敷でくつろぐ人、縁側にいる人、中庭にいる人、これらの視線の高さを、キッチンの床を下げることで合わせるようにしたのです。
ウンヒ:おかげで視界が広がるだけでなく、家にいる人達との温かなつながり、心地良さが生まれているのだと思います。
こだわった点はいろいろあります。先ほど言った窓も見た目はクラシックですが、ダブルグレージングの硝子を使うなど最先端の技法を取り入れ、古さと新しさを両立しています。また、前に住んでいた人が中庭に増築した壁のフレームを残してお風呂場にしたのもこだわりですね。審査会からは「後から壁を作って部屋にしようとしているのでは?(これは違法)」と疑われましたが、これは居住スペースが十分取れなかった時代に先人たちが苦労して編み出した生活のための手段なので、後世へ伝えるためにもどうしても残したかったんです。ですから審査会の指摘も「出来上りを見てから判断してよ!」と突っぱねました(笑)。

写真6 床を下げて、周りと視線がつながるようにしたキッチン
写真7 中庭に向かって開かれた開放的なバスルーム

―― 伝統と先進へのこだわり、そして愛情が伝わるお話です。思い入れの強いお宅ですけれど、今後の使い方やさらなる改修などについて、何か予定や構想はありますか?
 
ウンヒ:この家は家族と楽しめて、韓屋に興味がある方だけでなく建築について語ることができる場所なので、しばらくはこのまま使っていく予定です。将来子供が独立して、自分も退職し、スペースと片付けるための時間的余裕ができたら、またここに住みたいと思います。
韓屋のような古い伝統的家屋への世間の理解はまだ低くて、良さが伝わっていない、住みたいけれど高いなどの課題があります。いつかチャンスがあれば、これらの課題を解決して広めていきたいと思っています。実は親戚が別の韓屋のリフォームを検討しているので、もし行うことになればここでできなかったことにチャレンジしてみたいですね。
デジュン:私は大学で伝統建築について学びましたので、韓国と日本が持っている美しさとそれを絶やすことなく伝えていく使命があると思っています。今回ボランティアでこの家のリフォームをお手伝いしたのも、伝統的な建築様式と新しい技術を合わせると魅力的な空間になることを証明したかったからで、それは十分に果たせたと思っています。

写真8 リビング・ダイニング

―― お話を伺って、コロナ禍が明けたらぜひステイしてみたくなりました。
 
ウンヒ:ぜひ遊びに来てください。国外の方にも韓屋の良さを伝えることができれば嬉しいです。この家は雑誌の撮影に使われたり、ソウル市観光公社のサイトでとりあげられ、私とデジュンさんがインタビューを受けたこともあるんですよ。お越しになって実物をご覧いただければ、きっと気に入っていただけると思います。

※これは、2021年10月に社内報(日建グループ報)に掲載したインタビュー記事です。

金 銀熙
日建設計 ソウル支店 副支店長
2007, Ph.D. of Architecture Tokyo University, Japan
2000, Doctor course of Architecture Nihon University, Japan
1998, Master of Architecture Nihon University, Japan
1995, Bachelor of Architecture Kyoungsung University, Korea
2008~Current, NIKKEN SEKKEI

金 旲中
日建設計 ソウル支店長
2003, Master of Architecture Nihon University, Japan
1994, Bachelor of Architecture Chungbuk National University, Korea
1994~1999, Beyond Space Group
2004~Current, NIKKEN SEKKEI

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