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#創作大賞2024
「&So Are You」第一話
プロローグ
照りつける太陽の光が、僕の背中をローストターキーの表面のようにこんがりと焼きつける。
目前に広がる湖面には零れんばかりの光の粒が溢れ、宝石箱を埋め尽くしたダイヤモンドみたいに煌めいていた。
この場所で共に長い時を過ごした僕たちは、なにひとつ色褪せることなく同じ輝きを放っているはずだ。
すべてあの頃のままに。
そうして君も、あの日のキラキラした笑顔のままで……。
耳を澄
「&So Are You」第二話
第一章 Missouri,1963 Summerポイズンド・ポップコーン
今日みたいに蒸し暑い一九六三年のある日に、君はこのミズーリ州の名前も忘れ去られるほどなにもない退屈な田舎町へとやって来た。その頃のアメリカはベトナムの反戦運動が活発で、ラジオから流れるニュースといえばそんな話ばかり。
アメリカ中が関心を持っていたそんな騒ぎの中でも、この町の人たちは別世界の話のように聞き流しているだけ
「&So Are You」第三話
ハンナ・エイムス
静かで退屈な田舎町で、車が消火栓にぶつかるなんて事件は滅多に起きない。辺りに響き渡った衝突音と、虚しく潮を吹き上げる鯨の消火栓。異音を聞きつけた住民たちは、刺激的な甘い匂いに誘われて虫のように群がって来る。
「おい⁉ 怪我はないか?」
「動物でも飛び出してハンドルをとられたのか?」
「ああ! お前、ブランドンのところのベンじゃないか。大丈夫か⁉」
付近の住民たちが家族総
「&So Are You」第四話
グレッグ・ザ・ビショップ
翌日、いつもなら僕がグレッグを迎えにいって農場へ向かうところを、早朝の電話で彼を叩き起こして、トラックが出せない事情を説明すると、グレッグは大笑いで僕の元へと飛んできた。
昨夜のことは電話であらかた説明したにも関わらず、彼は事故の詳細をしつこく僕に答えさせようとした。しかもにやけ顔で。
「なあ! なんでだ? なんでおまえはあんななにもない道の隅っこにポツンと建っ
「&So Are You」第五話
マイギャング・マイヒーロー
ある晴れた日、収穫のために陽も昇らないほど早朝から出かけた父さんたちに、今日は午後から出てこいと言われた僕たちは午前中非番になった。
うちの農園には収穫のためのトラクターが一台しかない。一日フル稼動させるため、午前と午後に分けて当番をしている。僕たちが午前中任せられないのは、父さんの配慮という名の思惑からだ。――つまりはドランクモア。僕たちを飲みに行かせないため
「&So Are You」第六話
第二章 Missouri,1963 Autumn秋実る、僕らのアトリエ
十月に入って少し経つころには、農場での収穫も終わりとりあえず一段落つく。
一〇〇〇エーカーの畑はこの町では決して広いわけじゃない。今でも四〇〇〇~五〇〇〇エーカーになる畑をやり繰りしている大地主様だってごろごろいるくらいだ。
自畑の収穫が終わると、他の農場に応援に行くのがこの町の慣習。よそ者には冷たく、身内の結束は
「&So Are You」第七話
夜更けのドランクモア
僕たちは一旦ハンナを家まで送った。日が落ちる頃、再び迎えにいくと、ハンナとロザリーが揃って中から出てきた。
「じゃあ、行ってくるわ。遅くならないようにするけど、おばさんは先に寝ててね」
ハンナが気遣うが、それとは別の心配をしているらしきロザリーが、僕たちに目をやる。何が不安の種なのかは一目瞭然だ。そんな彼女に、グレッグが横から冗談めかして言った。
「大丈夫だよ、ロ
「&So Are You」第八話
ファーストスケッチ
「始めは、目に映るものの中からなにかひとつを取り出してスケッチするといいわ! たとえば、葉っぱや花、そうね、果物やティーカップ、自分の手なんかでも良いのよ!」
二か月も経つ頃には、僕のスケッチブックはすっかり真っ黒になっていた。しばらくのうちは、ハンナは踏み込んだ方法をあまり語らず、まずは自由にやらせて、僕が悩むに任せている部分もあった。でもその日のハンナは少し様子が違っ
「&So Are You」第九話
グッドラックチャーム
新年を迎えて一ヶ月も過ぎた寒い日に、僕とグレッグは工場でトラクターの整備をしていた。ラジオから流れてくるニュースといえば、相変わらずベトナム反戦運動のデモ隊と警官隊との衝突のニュースばかり。
少し前に流行ったエルヴィス・プレスリーの『グッド・ラック・チャーム』が流れ始めると、トラクターの駆動部に油を注していたグレッグがおもむろに口を開いた。
「よお? 俺はさ、ハンナ
「&So Are You」第十話
作戦はマルハチマルマル
そんな風に日々は過ぎていき、ついに僕自身納得がいく君の人物画が完成した。
ある雨の降る日、ハンナで埋め尽くしたスケッチブックをグレッグに見せると、彼は言葉を失って、唖然とした表情を浮かべたままパラパラとめくっていった。
「おお……こりゃすげえ……描きに描いたな……いやあ、ここまでくると正直親友としてお前の将来に不安を抱くぜ……。でも断言していい! 彼女にとって、こ
「&So Are You」第十一話
決行
僕はひとり、ハンナが待つはずの公園へと車を走らせる。ふたつの空席が心許ない。雨は上がり、雫が残り香のように朝の光に小さく煌めいていた。
しばらく前に、僕とグレッグは小さな物置を湖のほとりに作った。大きなイーゼルや画材道具をいっぱいに詰め込んだ黒いカバンをいつも担いでいたハンナのためだ。
彼女が好んで使うテンペラ画の技法には、どうやら複雑な手順があるようで、石膏塗りしたキャンバスを
「&So Are You」第十二話
第三章 Missouri,1964 Early Springアワノメイガ
晴天が続く三月のトウモロコシ畑を忙しく動き回る。植え付け期間に入る頃になると文字通り馬車馬のように働かされるのが通例だ。
そろそろ例の乱闘騒ぎのほとぼりも冷めた頃合いだというのに、僕たちには聖地〝ドランクモア〟へ行く時間も余裕もない。だけど、きっとその方が良かったんだろう。
この茶色い広大な大地と、どこまでも続く
「&So Are You」第十三話
変わらないこと
それでも唯一違うことがあるとしたら、答えは簡単。ハンナだった。
昨日も一昨日も、一週間前も、一ヶ月前だって、自分がなにをしていたか定かには覚えてなくても、ただひとつ確信のあること。それは、毎日ハンナを想っていたことだ。それがはたして良いことなのか悪いことなのかはわからないけど、とにかく僕はハンナからはただの一日だって逃れられなかった。
ある晩、夕食時にグレッグが突然僕に
「&So Are You」第十四話
不釣り合いな車
深更のあぜ道をヘッドライトが揺らす。この町で最も遅くまで開いている店といえばロジーのリカーショップだ。他にもいくつか酒屋はあるけど、どこも日の入り前には店を閉めてしまう。夜起きている者は皆、ロジーの酒屋へと車を走らせる。この界隈で一番繁盛している店だ。
オーナーのロジーはかつての同級生で、昔はよく彼のことを『スラッグ』とからかったものだった。巨漢で暑がりの彼は、いつも脇にビ