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「&So Are You」第十二話

第三章 Missouri,1964 Early Spring

アワノメイガ

 晴天が続く三月のトウモロコシ畑を忙しく動き回る。植え付け期間に入る頃になると文字通り馬車馬のように働かされるのが通例だ。

 そろそろ例の乱闘騒ぎのほとぼりも冷めた頃合いだというのに、僕たちには聖地〝ドランクモア〟へ行く時間も余裕もない。だけど、きっとその方が良かったんだろう。

 この茶色い広大な大地と、どこまでも続く青空の間で、僕はただ所在なく萎れていく日を待ち侘びている。

 もし願いが叶うなら、今すぐに僕の頭を銃で撃ち抜いて、その体を豚にきれいに喰わせたあと、そいつらが捻り出した糞をこの大地に撒いてほしい。

 そうすれば僕という名のえた堆肥は土壌全体に菌となり広がっていき、トウモロコシを脅かす害虫どもを皆殺しにしてやる。空白で溢れるノートのようなつまらない人生の終わりを長い時間をかけて待つよりも、幾らか退屈凌ぎにはなるはずだから。

「ごめんね、ベン。あなたの気持ちはとてもうれしいわ。でも、あなたには私なんかよりも、もっと素敵な女性と、人生の大切な時間を過ごしてほしいの」

 ありふれたハーレクイン小説みたいなそんなセリフを、この僕が聞かされる日が来るなんて思わなかった。彼女の最後の言葉は、文字通りハーレクイン道化役者となった僕の人生の締めに相応しい。

 これはロマンティックな恋愛話でもなんでもなく、君の姿をただ無許可に盗み見し続けて、ひとりで勝手に舞い上がり続けたただの道化者の物語だ。

 失意でどん底の僕に仕事なんて手につくはずもない。トウモロコシの世話なんて完全に放棄して湖でふて寝したいところだけど、すでにあそこはハンナのアトリエとしてほとんど占有状態だし、とてもじゃないが行く気になれない。

 ドランクモアで安酒に溺れるくらいが関の山だけど、父さんの鬼の形相が頭に浮かんでやはりそれもできないでいる臆病者だ。

 まさに八方塞がり。僕は魂の抜け落ちた肉の塊になって、畑の中をあてもなくさ迷い歩いた。

「おい! ベン? お前大丈夫か⁉」グレッグが心配そうに声をかける。「白目剥いて、独りでブツブツつぶやいて、まるで昼間でも元気なゾンビのようだぜ?」

 グレッグは本当のところ、失恋をした僕を笑い者にしたいだけなんじゃないだろうか。痛烈な言葉が胸に刺さるけど、いちいち反応する気力さえ、もはや持ち合わせていない。

「お前はまだ引きずってるのか? 何度も言ってるだろ!? くじけずにリトライだ!」

 ハンナに振られ、悲痛な面持ちで工場に帰り着いたとき、グレッグはまったく信じなかった。

『そりゃなにかの間違いだ!』とか『お前は最後まで彼女の話を聞かずに帰ってきちまったんだ!』とか『もう一度ハンナとちゃんと話し合え!』とか『お前が彼女に振られる理由なんてなにもない!』とか……。

 どうやら僕は、親友の言葉を鵜呑みにしすぎていたようだ。

 ハンナに夢中になるあまりグレッグの妄想に踊らされ、彼女への執着で気持ち悪いほど埋め尽くしたスケッチブックを持って意気揚々とアタック。

 どれほど間抜けに映ったことだろう。そして、予想もしなかったまさかの玉砕――そんな僕に、グレッグの言葉など今更信じられるはずもない。

 僕は精一杯の笑顔で大きなため息をつく。

「ああ……ありがとうグレッグ。お前もな」

 噛み合っていないのはわかっている。そんな僕を見て、グレッグも首を振ってうなだれた。どうやら僕は重傷を負っているようだ。

 連面と続く畑仕事から解放されるのは、すっかり日も落ちた頃だ。規則正しく朝から晩までという表現があまりにも正しい。囚人のような一辺倒な生活に、僕の心の荒み具合が加速していく。

 繁忙期に作業の遅れが出ると、グレッグも我が家で寝食を共にする。彼がうちにいる間は、母さんの料理は一皿増えることが多い。その晩もグレッグを含めた四人で食卓を囲んでいた。スープを口に運ぼうとして、ベチャベチャとテーブルにこぼす僕を見兼ねて父さんが言った。

「ベン! おいベン!? お前大丈夫なのか? わかってるのか、我々にとって今は大事な時期なんだぞ!?」

 うつろな息子を心配しているのか? それとも、ただこの糞忙しい時期に戦力にならないばかりか足枷あしかせでしかない我が子に喝を入れたいだけなのか? 父さんは心配そうに声をかけるけど、僕の返事はいつもと変わらない。

「ああ……ありがとう。父さんもね」

 それを聞いてさすがの父さんも黙り込む。母さんとグレッグの二人は目を逸らして首を振るだけだった。

 そんな規則正しい毎日を延々とやり過ごして無事に発芽まで乗り切った五月。繁忙期を振り返ってみても、一体自分がどんな風に仕事をこなしてきたのかまるで覚えていない。

 多分、昨日と同じ。
 そう、僕はずっとそうやって過ごしてきた。

 昨日と同じだ。

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