見出し画像

都会でもお家でも、自然の中へトリップ(画材編)【極私的考察】

10年ほど前、山の中を歩きながら瞑想するワークショップに参加したことがある。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー熊が出ると聞いたので、はじめはドキドキしていた。しばらく歩くと木の一本一本に目を向けて、「この木は何年ここに立っているんだろう」と思ったり、ふかふかで瑞々しい緑色の苔に手のひらを当ててみたりした。

しかし、瞑想と聞いてイメージしたような覚醒する感覚はなく、「まあ山を歩いて気持ちいいな、くらいだったな」と、残念な気持ちで山を降りる道へ足を向けた。

そして、ある下り道で目を前にやると、ワッと薄い黄色の光がこちらに向かってきた。夕焼け空だった。鬱蒼と木や葉が覆いかぶさる中で、そこに立った時だけ一直線に視界が通って、夕焼け空がスコーンと見えたのだ。

そして、私の心に、パッと言葉が浮かんできた。
「あの人に、まだ私はありがとうって言ってない。」

本当に、不思議だった。「あの人」のことは数年思い出していなかったし、人生の中でもう二度と会うつもりのない人物だった。

そして、その言葉を受け取った私は、すぐにその言葉の意味を理解した。「ああ、だから私は前に進めないのか」と。

それから私は「あの人」に連絡を取り、今は、家族として一緒に暮らしている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今、私の周りを見渡すと、地面は見えません。アスファルトです。
あなたのそばの窓から、山は見えますか?

今までの【極私的考察】では、いかに古来より日本の人々が自然との繋がりを求めていたか、に帰着する結果となりました。

そう考えてみると、冒頭の私の体験のようなことは、昔の日本の人々にとっては、珍しいことではなかったのかもしれません。
自然の力とともにある事で、鋭敏な洞察力や直感などの感性は、今の私よりも、ずっとずっと研ぎ澄まされていたんではないかなあ、と思います。

<目次>
1.  日本画材の体験と似ている心理療法
2. 日本画材とネイチャープレイの相違点
3. 行かずとも出会える自然、日本画材

1. 日本画材の体験と似ている心理療法

以前、日本画材を通して自然に触れる体験が可能だという話を書きました。

実は、その「自然とのコンタクトを助ける媒体=日本画材」と共通するのではないかな、と私が考えている心理療法があります。

それは「ネイチャープレイ」です。

ネイチャープレイは「ユング派分析家、キーペンホイヤー(1990)によって考案された主に自然林の野外で行われる”新しい心理療法的グループワーク」(注1)

キャンプやハイキングなどの何をするかではなく、自然の中へ立ち入ることそのもの自体を目的とし、そこ過ごす中で感じ取る体験を重視するのだそうです。

そして、ネイチャープレイの「癒しの機序」は、このように説明されています。

大いなる自然の一部である自分を思い出し、自分の内にある「内なる自然」との関係を取り戻す、「自然との再合一」(注1)。

お!日本の美のキーワード「自然との融合」(注2)と、非常に近似する言葉が出てきましたね。「自然との再合一」

そうなのです、私がネイチャープレイと、日本画のもたらす心理的作用が共通すると感じたのは、この癒しの機序の部分でした。

ネイチャープレイの説明文、
自然に触れることで、「大いなる自然の一部である自分を思い出し、
自然に触れることで、『自分の内にある「内なる自然」との関係を取り戻す』。

うん、日本画がもたらすアートセラピーの体験によっても味わえる感覚と、非常に近いです。

そして。ネイチャープレイを考案されたキーペンホイヤーさんは、ユング派分析家なんですね。ユングというのは人の名前で、創始はこの方ですね。

ユングさんは、心理学の中でも特に、東洋思想にヒントを得て体系化されたので、
その点でも、ネイチャープレイと日本画材の相性は良いかもしれません。曼荼羅もよく描いておられたそうです。

西欧や東洋を超えた普遍的な共通部分を、ユング心理学は見せてくれるような気がしています。

2. 日本画材とネイチャープレイの相違点

しかしながら、日本画材とネイチャープレイには、決定的な相違点があります。

日本画は、画材に触れることで自然と繋がる。
ネイチャープレイは、実際に自然へ足を運ぶことで自然と繋がる。

そう、実際に自然のある場所まで行く、という行動があるか、ないか、です。

この相違点を埋める理由として、日本の自然信仰が当てはまるのではないかと私は考えています。

つまり、日本においては、生活の中で自然信仰を表現してきた歴史があったために、ネイチャープレイのように自然界に実際に立ち入らずとも、日本画材に触れる体験が、信仰の対象である自然へ通ずる手段となりうる。

それ故に、「自然との融合」、つまり「自然との再合一」が可能になるという考察です。

また、日本画材の特性を、プロとして活動するカナダのアートセラピストへ説明した際は、「ネイチャーアートの一種ね」とコメントを頂きました。
なので、この考察は割といい線いっているんではないかと、自画自賛ながら思う次第です。(ネイチャーアートとの共通性も、深掘りすると面白い発見がありそう!)

3. 行かずとも出会える自然、日本画材

これは、日本画材の一つの可能性です。
自然へ足を運ぶことなく、自然由来の画材に触れることで「自然との再合一」が可能になる。

まだ検証が必要なアイデアではありますが、コロナウイルスが暗躍する現在では、好きなように好きな場所へ行けない事情があります。

都会でも、お家でも、自然の中へトリップ。足を運ばずとも、日本画材に触れることによって、自然と繋がり、自らの内側の自然を呼び起こすような体験が可能ならば…

自然の中へ行くことや、自然に触れることを求める人々にとって、多少なりとも心の助けになるんではないかと思う訳です。そうであれば、本当にいいなと願っています。

今日の【極私的考察】はここまで。
この記事は、日本画とアートセラピーを愛する私(勉強中の身)が思いついたアイデアを、文献リサーチや先行研究レビューを元に検証したものです。なので、不足している部分も大いにあります、どうぞご了承くださいませ。

それとネイチャープレイはまだ文献でしか知れておらず、どんな風にユング心理学が織り込まれているのか興味ありあり。状況が落ち着けば体験してみたいです。


<引用文献>
(注1) 山脇一夫, 治田哲之 著,渡辺恭子, 飯田真樹 編(2013). 芸術と芸術療法, 風間書房
(注2)駒沢大学文化10,1987-03,p.73-107, 林良一「日本の美」





ありがとうございます。サポートは、日本画の心理的効果の研究に使わせていただきます。自然物由来の日本画材と、精神道の性質を備える日本画法。これらが融合した日本画はアートセラピーとなり得る、と言う仮説検証の為の研究です(まじめ)。