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『プログラミングでせかい変えてみた!』

「プログラミリング・・・?」

「プログラミング!」

「なにそれ?」

「まったく。先生の話聞いてなかったの?今日から『プログラミング』っていう授業が始まるのよ。」

「はあ。」

前から聞いていたような気はするけど、なんだっけ。プロ、プラグロ、、まあいいや。おれはもう手一杯なんだ。国語に算数に、理科、社会、英語、音楽、図工、道徳…。これ以上、いったい何を学べというのだろう。

山口翔太は、ふてぶてしく机に肘をついて窓の外を見た。

毎日片道30分かけて通い、何時間も机に向かうことの意味が見いだせない。翔太にとって、学校はただ自分を縛るシステムでしかないと考えていた。

・・・学校なんてなくなればいいのに。

「ちょっと翔太、遅れるわよ!」

振り向くと、クラスのみんなはどこにもいなかった。

「みんなは?」

「あんたほんとに人の話聞かないわね!ほら、付いてきて。」

別棟の3階にあるコンピュータ室に着くと、教室に入るや否やクラス全員の痛い視線を浴びる。

誰とも目を合わせずに、一つだけ空いている席に向かい、腰を下ろした。

「はい。それじゃあ授業を始めます。号令。」

「起立。礼。着席。」

先生は一拍置いて、おもむろに口を開いた。

「みなさん、AIをご存じですか?」

・・・。

「日本語で人工知能といいます。人工的に作られ、人間のように知的なコンピュータのことを指します。難しく考えないでください。みなさんの身近にもAIはあるのですよ。スマートフォンを持っている方も多いと思いますが、話しかけると返事をしてくれる機能がありますよね。それも、れっきとしたAIです。普段普通に使っていますけど、すごいと思いませんか。人間よりも早く答えを教えてくれて、人間よりたくさんモノを覚えます。何度も命令しなくても、自分で判断して行動できます。すごいですよね。もし、AIに『人間はこの世に要らない』と判断されてしまったら、どうなるでしょう?」

きょとんとした表情をするクラス全員を見渡し、こう言い放った。

「AIはね、人類を滅ぼしますよ。」

その場が凍り付いた。

何が何だか分からなかったが、先生は何やら恐ろしい話をしていることだけは分かった。

「ホーキング博士という学者がね、AIは人類を支配すると話しています。AIが発達すると人間なんて要らなくなるんですね。AIの出来ることが人間を超えたとき、『シンギュラリティ』が起きたといいます。そしてこれは2045年に起こると予測されています。実は、皆さんがこれから勉強するプログラミングはAIをつくれます。つまり、国は私たちに人間の存亡を脅かすAIを作る方法を教えようとしているのです。極端な話ですがね。では、なぜそんな恐ろしい教科が出来たのでしょうか。それは」

その先はよく覚えていない。頭の中で先生の発した単語がずっと反芻している。

授業中、画面のかわいらしいネコが笑顔でこちらを見ていた。

その日の晩、ベッドで天井を見つめながら考えていた。

…シンギュラリティ。 

スマホで検索してみる。

もしそれが起きたら…。

「ん?なんだこれ。」

翔太はこの時、良からぬことを思い立った。

「ねえ守、最近翔太変じゃない?なんか話しかけても上の空なのよね。」

「たしかに。いつもぼけーっとしてるけど、最近あいつずっと何か考えてるみたいだよな。」

「話しかけてみる?」

「そうだな。ちょうど今日部活ないから、一緒に帰らないかって誘ってみるか。」

「私も休み!最近休み多いの。」

「こっちもコートが使えない日が増えちゃってさあ。」

「それじゃあちょうどいいね!」

放課後、あかりと守は翔太のもとへ向かった。

「しょーうたっ!!」

「ん、ああ。」

「最近元気ないよね。どうしたの?なんでも話聞くよ?」

「いや、なんでもない。」

「おい。」

翔太が顔を上げると、いつも穏やかな守が珍しく真剣な表情をしている。

「俺たちには隠し事なんてするなよ。幼稚園からずっと一緒なんだ。お前が何か隠してることくらい分かってる。」

・・・。

翔太はしばらく考えてから、二人を家まで連れていくことにした。

「わー、久しぶりだあ!一年くらいおじゃましてなかったもんねえ。」

「こっちだ。」

リビングを通り過ぎてから階段を反対向きに上がると、正面に翔太の部屋がある。翔太は部屋に入ると、机のノートパソコンを開いた。

「へえ、翔太って自分のパソコン持ってるんだね~。」

「親から借りてるんだ。…それより見てくれ。」

「え、、なにこれ。『プログラミングでせかいを変える』?何かのサイト?」

「この間のプログラミングの授業覚えてるか?」

「覚えてるよ。先生がちょっと怖いこと話してたよね。」

「そのあと、これを見つけたんだ。」

画面に顔をぐいと近づけた2人は、絶句した。

「へ…?」

そこには、よく分からないアルファベットの配列に混ざって衝撃の単語が並んでいた。

「全部消す 玉森小学校 部活…?」

「最近はどの部活も休みが多いと話しているのを聞いているけど、なんでか分かるか?」

2人は顔を見合せる。

「まさかお前。」

「これまでにいくつか試してみたんだが、書いたものがだんだん少なくなっていって、最後は無くなってしまうんだ。無くなるだけじゃない。存在自体が消えたかのように、みんな何も覚えてないんだ。俺が消してるんじゃない。こいつが勝手に消してくれるんだ。ちなみに、この学校の教科を聞いてもいいか?」

「急になんだよ。国語と社会と体育の3つだろ?」

翔太はうつむいて低く笑った。

「ふっ…
そうだよ、そうなんだよ…3つしか教科がないんだよな…。とんでもないものを見つけてしまったよ…。」

沈黙が続き、あかりが口火を切った。

「ねえ、もうやめなよ。どうしてそんなことするの?」

「俺には学校の意味が分からないんだ。何が楽しいんだ?お前らだって、もし学校が無くなったら幸せだと思わないのか?そしたらすきに遊び行けるし、自由に過ごせるぞ。」

「お前聞いてなかったのか!AIは使い方を間違えるとひどい目にあうって!そういう人間のせいで人類は滅ぶんだよ!取り返しがつかなくなる前にやめろ!」

「いい加減にして!先生言ってた!こんなに危険視されてるAIをつくれるプログラミングをわざわざ私たちに教える理由は、私たちがこれからっ…」

・・・。

画面には、工藤あかりと宮崎守の名前があった。

「うるさいなあ、せっかく教えてやったのによ。」

それにしてもあかりは何を言いかけていたのだろうか。さも知ってるかのように言われたが、翔太は一度も聞いたことがない。

薄暗くなった部屋で煌々と光るパソコンを閉じようとしたその時、ふとあることに気づく。

「なんであいつら、もう消えた授業のこと覚えてたんだ…?」

次の日、翔太はある人物に会うために誰よりも早く学校に向かった。

はずだったが、学校の昇降口に着くとおかしなことが起きていた。

朝7時なのにも関わらず、下履きはもうほとんど埋まっていたのだ。すでに多くの生徒は登校しているということになる。

教室に着くまでに、数十人もの生徒が廊下の隅で体育座りをしていた。さらに、そのうちの数人は床に教科書を広げて、うめきながらペンを走らせているのが分かった。

チャイムが1分おきに鳴る。音がずれている。

「お!おはよう!今日も元気か?」

声をかけられたその人物は、翔太には見覚えがなかった。

学校はすでに原型を留めていなかった。
昨日までこんなことはなかった。昨日だ。昨日の過ちが全てを変えた。自分はとてつもない罪を犯してしまった。

翔太はひどく後悔の念に襲われる。自分にとって何より大切なものを消してしまったから、全ての均衡が崩れてしまったのだと。

別棟の3階のコンピュータ室に着くと先生が教卓に立っていた。

「待っていましたよ。やはりあなたでしたか。」

「…。」

「どうやら消してはいけないものを消してしまったようですね。」

「取り戻す方法はありますか。」

「もちろんありますよ。簡単な話です。全て消しなさい。間違えたところからやり直せばいいのです。プログラミングにはそれが出来ます。ただ…」

「あなたの罪は消えませんよ。」

一目散に自宅へ向かい、息を切らせながらパソコンの電源を付ける。

書き込んだコードを一つずつ消していく。

なにかを消す作業が、翔太の中の失ったなにかを一つずつ埋めていった。

ついに最後の1文字を消すと、翔太は充電が切れたようにふっと目を閉じた。

「ちょっと翔太、遅れるわよ!」

あかりの声だ。戻った、戻ってきたんだ。

「ありがとう、今行く!」

「なんか今日ちょっと変じゃない?」

「いやあ、そうか?あ、今日部活終わったら守と3人で遊ばないか?」

「別にいいけど…。やっぱりなんか変よ。良いことでもあったの?」

「まあな。」

「AIはね、人類を滅ぼしますよ。」

その後の言葉を翔太は一言一句聞き漏らすことはなかった。

「…それは、
人類が滅ぼされないためですよ。恐ろしさは、実際に経験してみないと分からないものです。拳銃を実際に撃たせて、その恐ろしさを思い知るようにね。そして、シンギュラリティを防ぐには、人間にしかできないことを見つけなければなりません。人間にしかできないこと…いったい何が残っているんでしょうね。」

「ねえ、山口くん?」

画面のネコがこちらを見て笑っている。

*追記*

今年度から学校教育にプログラミングが必修科目に追加されました。
子どもがプログラミングを勉強する際に一番初めに使用するであろうプログラミング言語『Scratch』を採用し、親しみながら読めるように仕上げました。
物語を象徴する「ネコ」と、「全部消す」というコードはScratchを知っている人なら分かります。

ある日、人の話を聞かない翔太はプログラミングの使い方を間違えてしまい世界をおかしな方向に変えてしまいますが、現代のAIとの関わり方で最も課題視されている「人間が支配されてしまう」という未来を、物語を通じて実感できます。
また、「AI」、「シンギュラリティ」、「2045年問題」と子どもに必要な知識も覚えられます。

いちばん伝えたいのは、「人間にしかできないことについて考えてほしい」ということ。翔太は人間を人間たらしめる要素をなくしていなかったからこそ最悪の事態を避けることが出来ました。
また、なぜプログラミング教育が始まったのかについても考えてほしいと思っています。「プログラミング的思考」はAIに学ぶことも大いにあります。

人間とAIが滅ぼし合うのではなく、お互いの特徴を最大限に活かし、共存できる未来が訪れることを願っています。

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