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「種。」/ショートストーリー

今日も寒いと彼女は思いました。
ここ何日も寒くてベットから出られないのです。
ですから、ご飯をたべることや家を片づけたり掃除することもなかなかできません。大好きな鉢植えや庭の世話さえままならないのです。

お日様はでているのです。もちろん彼女の部屋にも射しています。
部屋は暖かいのです。寒いのは彼女のハートでした。

コンコン。と誰かが彼女の部屋の扉をノックします。
彼女は仕方なく、ベットから起きあがります。
ブルブルとふるえながら。

ノックしたのはいつもの種売りのおじさんでした。
彼女は種や球根を頼んで買っているのです。

「こんにちは。おや。顔色が悪いようだけど。」

「こんにちは。そうなんです。ここのところ、調子が悪くて。」

「ちゃんとご飯は食べているのかい。」

「食欲はないんです。というか、寒くて何もしたくないんです。」

「お医者さんに診てもらったの?」

「お医者さんはハートが傷ついているって。」

彼女のハートを傷つけたのは薔薇のトゲでも道端の石ころでもなくてひとの心ない言葉でした。

「それは。大変だね。」

「だから。ごめんなさい。種を頼んだのに。種を蒔いて育てることなんてできそうにないんです。」

種売りのおじさんはじっと考えています。
そして、背中のリュックからちいさな鉢を出しました。

「もう。この鉢には種が蒔いてある。お嬢さんがコップ一杯水をやるだけであとは勝手に育つから。」
彼女は考えます。コップ一杯ならできるかもしれない。

「いつも買っていただいているのだから、お見舞いだよ。」
「それから。この鉢植えの花が咲いてお嬢さんがその気になったら、次にこの種を蒔いてごらん。」
そういうと種売りのおじさんは鉢植えと種の袋を置いて帰りました。

彼女は鉢植えに水をあげます。それ以上はなにもやる力がでなくて、またベットに戻ります。

夜中でしょうか。彼女はとても良い香りで目を覚まします。
昼間の鉢植えからもう花が咲き、月の光を浴びて輝いています。
その花から良い香りがするのです。

彼女は思わず、鉢植えを抱いて花の香りを胸いっぱいに吸いこみます。
すると、彼女の目から涙が次から次へとあふれ出ます。
真珠のネックレスのようでした。

泣くのは久しぶりです。ハートが傷ついてから涙が出なかったのです。
ひとしきり泣くと彼女は自分が温かいと感じました。
彼女自身の涙が凍りついたハートとその傷を癒したのです。

彼女は種売りのおじさんから渡された種の袋を手に取りました。
袋には種の名前が書かれていました。

「Rebirth」


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