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「未完成の物語。」/ショートストーリー

あと5分。午後11時55分。もうすぐ前の年に戻る。

そう思うと今回は眠れなかった。夫が死んだのは初めてだ。

あの暑かった夏。夫が山で事故死してからというものは、真夏だと言うのに私の体と心は凍ってしまったようだった。
自分も夫と一緒に死んでしまった感覚。身体と心の半分を暗いところへ持っていかれた感じが続いている。
次の1月1日が来れば、夫は戻ってくることが分かっていても、ダメージが大きかった。

私ははっとして目をあけた。私は布団の中にいた。隣で夫の寝息が聞こえる。
携帯で時間を確認すると午前0時を過ぎていた。

新しい年はこない。でも、夫は戻ってきた。
私は今回ほどリセットを待ちわびたことはなかった。

隣のおうちは毎回変化が大きくて、愛らしい犬が死んだりかけがえのない子供を亡くすということが起きる。
やっと、仲良くしている隣の奥さんの心情が理解できる。できる気がする。
毎回こんな想いをするのだ。
私はいつも「大丈夫。また会えるのだから。」などと慰めていたのだけれど。私は本当の意味で分かっていなかったのだ。愛するものを失い、残されたものの悲しみを。

それにしても。

この町のこのリセットはなんの意味があるのだろう。

そんなことを考えていたら二度寝してしまい、夫の方が先に起きていた。
夫はいつものように鼻歌まじりで朝ごはんをつくっている。

外は晴天だった。どこまでも青い空。降り積もった雪が日を浴びて輝いている。

「ねえ。死んだあとってどんな感じなの。どこかいくの。」

「それが。全然覚えていないんだ。なんでだろう。山で死んだこと自体は記憶に残っているのにな。」

「そう。」

そうとしか言えない。
それ以上聞いても夫が答えられないことが分かっている。

「ところで。俺。今まで町のみんなが俺たちと同じように記憶を重ねていると思っていたけど。もしかしたら。」

「えっ。なに。それ。」

「お前。誰かにリセットの話ししたか。」

確かに私は夫にしか、このリセットの話しはしていないし、誰かに聞いてもいない。まさか。

「なんかさ。急にそんな考えが浮かんで。」
私は誰かに、例えば隣の仲の良い奥さんに聞いたほうがいいのだろうか。

「この町って、誰かの物語なんじゃないか。俺たち二人とも本当は実在なんかしてなくてさ。誰かの未完成の物語だから、書き換えが起きているんじゃないか。」

「じゃあ。なんで私たちだけは記憶を重ねているの。」

「俺たちが主人公だからかな。」

この町の全てが誰かの未完成の物語だとしたら。
目眩で崩れそうになる。

「でも。もしそうであっても俺はこの1年間を生きるしかないけどな。」

夫は静かに笑って自分が焼いた目玉焼きを食べている。

私は目眩を感じながら「胡蝶の夢」という話しを思い出していた。

そして。夫とは違うことを考えていた。
主人公は隣の奥さんの方ではないのかと。


こちらが前日の話し。↓


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