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「怖いもの。」/ショートストーリー 

姉が庭で倒れて入院した。それで、姉の子供を預かることになった。姉の旦那さんは子供より大変なことがあったのだ。庭に大きな穴があいているらしい。安全のために埋めなければならず、その対応をしている数日、甥は私のアパートに来ることになった。今日はそのおかげでバタバタとしてしまった。金曜日だと言うのにだ。

甥の名前は「諒一りょういち」。私はいつもちゃんとよばなくて「りょう」と呼んでいる。小学1年生の甥は姉に似て物静かで内向的な性格なので、手はかからないほうだろう。私は姉とは真逆の性格で未だに独身だ。私は別にそれを不満とも不幸せとも思ってはいない。

まあ。それはそれとして。どのくらい預かれば良いのかと考える。私だって仕事に行かなければいけない。頃合いを見計らったように姉から電話がきた。

「姉さん。どう体調は。」
「大丈夫。ごめんなさいね。明後日には退院するから。」
「庭で何があったの?」
「それがよく覚えていないのよ。検査しても異常はないし。」
「ガーデニングが高じて根詰めすぎたじゃないの。気をつけてね。もう若くないんだから。」
疲れていた私は身内ということもあって責めた言い方になってしまう。職場でも圧が強いと陰で言われている。反省しなくちゃなと思いながらも、なかなか改められない。私はため息をついた。


とにかく、りょうのことだ。今夜はご飯も食べさせたし、あとは大人しく寝てくれればいい。
そう思って寝ているはずのりょうを見に行くといない。
りょうはどこにいるのだろうと窓の方に目をやると、アパートの庭にりょうが立っている。私は慌てて庭へ向かった。
月が煌々と照らす真夜中。りょうのそばに黒い何かが見える。その何かは庭を掘っているように見える。掘った穴から赤い光のようなものがでてきている。そしてとても嫌な匂いがする。このままではいけない。私の胸はざわつき、身体は冷や汗をかいているようだ。

「それはなに。」
「僕の友達。」
りょうが友達と呼んでいるそれはどう見ても、私が知っている生き物ではなかった。黒くドロドロしていて顔なんてものがどこにあるのかわからない。
見ているうちに私の心はある感情で一杯になった。

「りょう。ここは他の人のお庭なの。勝手にしてはいけないの。」
「あんたもよ。りょうの友達というなら、ちゃんとしなさい。」
私は真夜中にりょうとその友達に説教することになった。
りょうと何かはしゅんとしている様子だ。

「りょうは、もう寝なさい。」
「とにかく、あんたのほうは穴を埋めて自分のいたところへ戻って。」
「きっとあんたたちのせいで姉さんは倒れたんだと思うから、反省して今後はこんなことはしないように。わかった。」

私の剣幕に驚いたらしい。りょうは大人しく部屋に戻っていった。
嫌な感じがする何かはいつの間にか姿を消していた。私は庭の穴は埋められていたのでほっとした。

独身でもちろん子供はいない私だけど。
生憎、子供の扱いには慣れている。私は勤め先の小学校で、今では珍しく鬼と恐れられている教師なのだ。桃太郎でも柱でもくればいい。得体のしれないものだってなんてことはない。あの時、私の心は怒りで一杯だったのだ。姉のことで疲れて早く寝たいのに。子供の遊びに付き合っている暇はない。

それにしても怒りは怖さを凌駕するのね。私は変なところで納得していた。


怪談も階段も苦手な、いとうですがつい読んでしまった夢乃玉堂さんの物語。そのコメントからこのショートストーリーが書けました。ありがとうございます。







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