MVV否定派がなぜかバリューを作った
経営理念があるからMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)はいらない。
これが大阪の中小企業、三田理化工業に後継ぎとして入社した時の僕の考えだった。
1.なぜ経営理念があるか
「創造力と技術革新により、顧客の課題を解決し社会に貢献する」
2017年の入社時、すでに経営理念があった。毎週、品質方針とともに社員一同で唱和している。
経営理念通りの会社かと言われると保証はできないが、自社ブランドを持ち、三田理化工業にしかないオリジナル製品をつくる製造業の矜持を感じる経営理念だと思う。
この経営理念はどのように出来たか現会長の先代に聞いてみた。
「ISO9001を取得した2004年、必要だったので自分ひとりで考えた。」
2.なぜMVV否定派か
ミッション・ビジョン・バリュー、パーパス…いろいろな名前がある。以後、総じてMVVと呼ぶ。
X(Twitter)、その他のセミナーでMVVを策定した企業のお話を聞いた。通っていたグロービス経営大学院でも、リーダーがMVVを示すべきと学んだ。
MVVを通じた組織変革や新規事業の話を聞いて、キラキラしてるなぁと思った。
しかし偏屈な僕は当社でMVVを作ることは否定的だった。
そんなうまいこといくかなぁ!?と思っていた。
当社も大なり小なり、そして中なりの問題を抱えている。
日々それらの対応に追われる中で、組織運営に必要なのはルールメイキングだと思った。
僕は組織を考える時、どちらかというと「性弱説」で考える。
組織には強い人もいれば弱い人もいる。自分のことしか考えない人もいれば、人を助けたい人もいる。強い人しか残れない組織よりも、弱い人に寄り添い、一緒に力を発揮できる組織でありたいと思う。
そのために、全員が守るルールを明確にする必要があると思った。MVVで想いや方針を作っても、実際にはそれがルール化されなければメンバーの行動変容を促すには足りないと考えた。
MVVが無駄だ、とは思わないがMVVだけでは足りない。優先すべきはルールだと。
幸い三田理化工業には経営理念がある。そして社内の空気は悪くない。社員の誰にインタビューしても三田理化工業は「風通しが良い会社」と答えてくれた。
その代わり行動基準や評価制度を作った方が良い。きちんと成果が評価される仕組みを作ろうと考え、友人に依頼し仕組みづくりを手伝ってもらうことにした。
3.なぜバリューが必要だと思ったか
「あ、やっぱりMVVいるわ」
そう思わされる出来事があった。
2017年に僕が入社して以降、退職者は減少した。会社としてあまり業績が良いとは言えないが、良い方向に進んでいると思った。
それが2022年、2023年と退職者が現れた。それも事業の中核人材で。
彼らは当時の僕とは直接的な業務の接点はなかったが、僕の役割が変われば重要な仕事を依頼したいと思っていた。そのように話をしていたつもりだった。
しかしその想いは伝わっていなかった。
メンバーは日々の業務は管理職と多くのコミュニケーションをとる。
僕は管理職に対しきちんとコミュニケーションをとれていなかった。
「メンバーに対して敬意と感謝を伝えてほしい」
「こういう言葉は使ってほしくない」
このようなことを管理職と共有できていなかった。自分が考える「三田理化"らしさ"」を伝える努力を怠っていた。
その結果、三田理化工業は少しづつ変容し社員が離れていった。
このまま進むと、自分が好きだと思っていた三田理化工業の文化が変わってしまうのではないか、そういう危機感を持った。
会長時代は、会長がすべての意思決定を行っていた「文鎮型組織(会長が自分で言っている)」だった。部長以上は全て会長が担っていたため、階層が少なく情報共有も意思決定も素早かった。(ただし会長が見えない部分は放置だった)
しかし、僕はその組織をそのまま維持した状態で引き継ぐことはできないため、管理職とともに運営していく形を取った。その結果、組織に階層が生まれ、ルールが増え、経営者とメンバーのコミュニケーション量は減った。
組織のカタチが変わる以上、そのコミュニケーション手段も変えなければならないことを認識できていなかった。
そしてこの間、作ろうと思ってた人事評価制度は全く進まなかった。三田理化工業は人を評価するために何を重視すべきか、が定まっていなかった。そもそも、自分みたいな若造かつ不真面目、たまたまパートナーが社長の娘だっただけでこの立場になった人間がメンバーを評価しようなどという思想があさましい…そんなことを思うと制度設計に手がつかなかった。
これらの出来事を通じて、僕は「三田理化工業で共有すべき価値観=バリュー」が今、必要だと考えた。不出来な自分ではなく、価値観に沿っているかどうか、を評価軸にすればよいのではないか、大事にすべきことを管理職もメンバーも全員が理解すれば意思決定できることが広がるのではないか、と思い至った。
また、このタイミングは代表が変わるタイミング。組織が変わるなら、まさに今。
その考えにたどり着いたのは2023年8月、代表取締役就任の4カ月前だった。
4.バリュー策定に向けたアクション
バリュー(共通の価値観)を作ろう、と思い立ったので行動に移した。
人事評価制度を一緒に考えてくれていた友人に「ごめん、やっぱりバリューから作り直したい!」と謝りどう進めるかを考えた。
大事なことなので1年かけてじっくり作ろう、と最初は思ったが全社にアナウンスする機会を考えると年始、社長就任あいさつを行う2024年1月5日の発表を目標にした。残り4か月。社長就任の最初の仕事は、バリューを発表することに決めた。
ここからは、友人との面談メモをもとに時系列で説明する。
2023年8月16日
バリューを作りたい、と友人に伝達。
次の管理職会議が8月28日にあるので、そこでグループワークを実施する。どのようなことを議論したらよいか、を一緒に考える。
2023年8月28日
管理職会議の中で「どんな会社でありたいか」「現状はどうか」という質問を投げかけ、各管理職に発表頂いた。
2023年9月15日
僕より若いメンバーを集めグループワークを実施。「好きな時間」「大事にしていること」「許せないこと」等、質問に対してオープンに議論した。
2023年10月27日
全社員の研修会で、バリューを作ることを発表。グループワークを開催した。
49名の社員を11グループに分け「三田理化工業らしさとは」「三田理化工業で働いていて楽しい時間、心に残る時間は?」「働くうえで大切にしたいことは?」というお題の答えを付箋に書いて、それを各グループごとに発表した。
「三田理化工業は風通しが良い」「雑談の時間が好き」など、組織や一緒に働く人に惹かれている答えが多かった。また「大事な仕事をしている」という三田理化工業の事業へのコメントもあった。
2023年11月15日
友人とともにグループワークの結果を見直しバリュー案を作成した。
2023年12月8日
社員旅行兼社長就任式。社員に口頭でバリュー案を伝えた。
2023年12月20日
友人と最後のミーティング。バリュー案が完成し、これが最終だ!となった。
2023年12月21日
アトツギの先輩、のむさんに壁打ちを依頼。バリューについて相談する。
→アドバイスをいただいた結果、バリュー案を全とっかえしようとする。(直前のちゃぶ台返し)
※のむさんの会社のバリューはとてもシンプルな言葉で作られており、それがかっこいいと思った。自分の言葉が多いバリューが恥ずかしくなり、のむさんの作ったバリューに合わせて作り直した。
2023年12月22日
友人、妻さんからのむさんのパクリバリュー(全とっかえ版)の意見を求めると否定されたため、もともとのバリュー案をブラッシュアップする方向で進めることとした。
※自分の考えたシンプルな言葉は妻さん、友人からは「わかりにくい」と一蹴された。1日で考えた単語では想いを伝えきる力はなかったと反省。
2023年12月25日
年内最後の役員会。バリュー案の説明。
「まだ悩んでいるところある」と言うと、会長から「最後は経営者が決めるもんや」と言われ腹をくくる。
2024年1月4日
翌日に社内に発表するバリューの発表文をアトツギ仲間のシコー白石社長に添削いただく。本当に助けてくれる人が多い。
2024年1月5日
社長就任あいさつと同時にバリューを社内に発表。特に社員からのリアクションはなかった。それよりも同時に発表したゆるキャラ公募の方が関心が高かった。
2024年11月1日
新たなバリューのデザインが完成。外部に公表。
5.バリューを作ってみてどうなったか
バリューを作ってよかった。
MVV否定派、とかかっこつけて申し訳ありませんでした。良かったことで、思いつくものを挙げてみる。
自分(経営者)に指針が出来た。
思い切ったアクションができるようになった。
管理職のアクションが少し変わった。
1.自分(経営者)に指針ができた。
このバリューをつくる工程を経て、経営者である自分自身に指針が出来たことが一番大きかった。
経営者、部門長という立場は日々いろいろな意思決定が必要になる。
その時に都度悩みながらではあるけれど自分の意思決定が「バリューに沿っているか」を一度考えることで、方針が定めやすくなる。
例えば、今年「勤務間インターバル制度」を作った。夜間に設置工事のある当社では、これまでなんとなく次の日は休み…というような運用だった。しかし若手から「ベテランが出社すると休みにくい」という声があがり、制度化することにした。
国(厚労省)は勤務間の休み時間(インターバル)は11時間としてるが、当社はインターバルを最大15時間に設定した。バリューに定めた「ありがとうと笑いがあふれるチームに」を実現するためには、しっかり休んでもらうことが大事だと考えたから。
組織が変わるためにはルールをつくる、見直すことは必要だと思うし、その思いはバリュー策定前から変わらない。ただルールを変える、つくるためには組織としての指針が必要であり、それがMVVなんだな、と改めて実感することが出来た。
2.思い切ったアクションができるようになった。
この1年、今までの三田理化工業ではなかった取り組みをした。
①ゆるキャラの公募・決定
②展示会でバイアルタワー
③職場体験会
④チャットで雑談スペース開設
例えば職場体験会などは、夏休みが終わる1週間前に「やろう」と言って社員のお子さんを呼び、準備を若手社員に丸投げした。
それでも担当者は実現して楽しそうにしてくれた(と思う)。
以前は「自分たちの業務がある中、大変かな」「利益がそんなに出てない会社がこんなことしてもいいのかな」という思いがありこういったお願いを遠慮してしまっていた。けど「バリューを出した以上、自分がバリューを体現しないでどうする」とプレッシャーが生まれ、自ら行動し、周りを巻き込むことが出来るようになった。また、メンバーにも「だってバリューでこう言ってるから!」とゴリ押し出来るようにもなった。
3.管理職のアクションが少し変わった。
朝礼や管理職会議の中でバリューの話を嫌なくらい話していると、少しづつ管理職のアクションや言動にもバリューが含まれるようになってきた。
一部の管理職はメンバーに「バリューに沿って来年度目標を立てる」よう伝えてくれている。
そんな良いアクションを全体に波及できるよう今後はバリューを制度に溶け込ませていきたい。
おわりに
バリューをつくれば組織が良くなる。
そんな便利なものでも、万能なものでもない。
バリューを出してもそれが体現されなければ、よくあるホコリ被った言ってるだけのスローガンになる。その辺の認識はバリューを作る前と変わっていない。
ある種、呪いのようなものかもしれない。
バリューという呪いを自らにかける、その呪いがあるから経営者として組織を動かす力が少しだけ強くなる。その代わり、バリューを体現し続けなければならない…(バリューに限らずリーダーが口にするものは全てそうですが)
その呪いにかかりながら、自らはバリューに沿って行動し、それでチーム全体が価値観を共有、行動できるようになればいいなぁと思っています。
わからない。バリュー通りに行動しても組織が良くならないかもしれないし、業績に影響しないかもしれない。ただ、自分自身はバリューを作ったことで前より楽しく仕事が出来ている、気がする。
それだけでもバリューを作った意義はある、気がする。(そう思いたい)
最後に、バリューを作るうえでお力添えいただきました友人、のむさん、白石さん、そして参考にさせていただいた多くの企業やアトツギ経営者の皆様、ありがとうございます。お礼申し上げます。
わぁわぁ言うとります。お時間です。さようなら。
大阪市在住の89年生まれ 父親経営の中小メーカーに在職。 グロービス経営大学大学院卒業 事業承継や、組織の変革、文系から見た社内システムの構築について掲載予定 好きなもの:サッカー(ガンバ大阪ファン)、漫画(オールジャンル)