見出し画像

人事評価制度を刷新した話

人事制度を刷新した話は以前Looker Studio活用の中で触れましたが、一定の歴史と規模がある会社では人事制度の見直しについて検討することが多いようですので、自分達が刷新に至った背景とどんな風に変わったのかを少し深掘ってみたいと思います。

なぜ人事評価制度を刷新したか

当社にも以前から人事評価制度はありました。まずはいわゆる「行動評価」で、複数の項目を1から5までの数値で測るといったものです。管理職は管理能力を問う設問も必要ですので、ポジションによって評価項目が増えていくというスタイルでした。「職務の質を1から5で」はまだわかるものの、「職務の量を1から5で」というような、量こなしてるのが偉いの?大した仕事量ないはずなのに残業しまくってても偉いの?というツッコミが入る項目もありましたが、これはこれで人事評価をやっていますと言えるものでした。

以前の人事評価シート(タイ語版)。最下段まであるので管理職向けのもの。
右側の印刷されている数字は係数で、これをスコアと掛けて右側に点数を手書き、最後に電卓叩いて合計するスタイル。スコアはほとんど「4:良い」になっていて甘いのがわかる

管理職にはこれに加えてMBO(Management by Objective:目標管理)があり、職責に応じた事業上の目標を上司と一緒に考えて設定、最後に達成度を確認するというものでした。
更に毎日の勤怠についても指紋認証システムでデータが残るため、それをもって評価に繋げていました。以前から無断欠勤には警告書を出したりもしていました。

「まあまあ普通にやってるんじゃない?」と思われたかもしれません。確かに普通に評価する仕組みそのものはありました。しかしながらこういう問題がありました。

  1. それぞれの評価結果が昇格と昇給(降格と降給)にどう繋がっているのか不明確で社内でのキャリアパスが見えない

  2. 長年の歴史の中で役職がインフレを起こしてしまい、肩書が違うのに役割は同じとか名前だけの肩書が色々あるとかごちゃごちゃになっている

  3. 上司や部門によって評価基準が違い過ぎて点数に大きく差が出てしまう(部門Aは上司が甘口なので平均が4(良い)なのに、部門Bは上司が辛口なので平均が3(普通)になるなど)

  4. せっかくバリュー(行動指針)を定めたのに朝礼や社内イベントで唱和するだけでこれを浸透させることができていなかった

1が一番大きな課題で、要は「評価は一応やってるけどオレのボーナスいくらになるか、昇進するかどうか、最後は結局社長の鉛筆ナメナメなんじゃない?」という状態だったのが刷新に至る最も大きな動機でした。上記の悩みを解決するために人事制度設計のプロにサポート頂きながら半年程を掛けて新しい人事制度を作りました。

年度のはじめに着手して出来上がったのが年の半ばだったので、新しい制度は「まずお試し」ということで修正をしながら下半期で使い始め、翌2022年から正式運用しました。

それぞれの課題に対する具体的な打ち手は以下のようなものでした。

  1. それぞれの評価結果が昇進と昇給(降格と降給)にどう繋がっているのか不明確で社内でのキャリアパスが見えない>>等級制度をきっちり定めて昇進の条件を等級ごとに定義、評価委員会で各部門の評価結果を見える化して全体に納得感を醸成する

  2. 長年の歴史の中で役職がインフレを起こしてしまい、肩書が違うのに役割は同じとか名前だけの肩書が色々あるとか手当があるとかないとかごちゃごちゃになっている>>肩書を整理統合、等級別に再編成

  3. 上司や部門によって評価基準が違い過ぎて点数に大きく差が出てしまう(部門Aは上司が甘口なので平均が4(良い)なのに、部門Bは上司が辛口なので平均が3(普通)になるなど)>>「評価1(悪い)から5(非常に良い)まで項目別に細かく定義して評価トレーニングを何度も実施、更に評価委員会でレビューし部門間のバラつきを統一

  4. せっかくバリュー(行動指針)を定めたのに朝礼や社内イベントで唱和するだけでこれを浸透させることができていなかった>>行動評価項目に5つのバリューをすべて追加、バリューに合った行動をしているかをパフォーマンスと同列で評価

1、2、4は制度設計だけで(とはいえこれもかなり議論をしましたが)済む話だったのですが、3が一番大変でした。というのも制度をいくら定めても評価というのは得てして評価者の主観が入ってしまうためです。なのでまず定義をきっちり決めることにしました。

評価ポイントの定義

例えば評価ポイントが1(悪い)から5(非常に良い)まであったとして、普段からちゃんと仕事していると思う部下がいたらついつい「4(良い)」ばかりがついてしまうのではないでしょうか。この気持ちは非常によくわかります。ただこれが評価者による評価ポイントのバラつきを産むため、ポイントの定義を明確にすることにしました。以下のようなものです。

5(とても良い):部門内、会社内でお手本になるレベル。例えばコミットメントの項目で5がつくような人は「誰がなんと言おうと納期は絶対に守る、週末に出勤してでもやらないといけないことを終わらせる、自分達が決めた品質に到達するまで絶対に諦めない、お客さんの要望が叶うまでやり方を模索し続ける、などなど誰が見ても明らかに突き抜けている行動が日常的にある」と被評価者、評価者が自信を持って言える状態

4(良い):5で挙がるような良い行動の例がいくつか示された。ただお手本として日常的にそれをしているという程ではない

3(普通):上司やお客様からの指示に対して納期を意識して仕事する。いわゆる当たり前の仕事を当たり前にできる状態。バリューに対しては積極的に啓蒙するような行動はしていないものの、これに伴った会社のアクションに対してはポジティブな対応をする、「良きフォロワー」状態

2(良くない):当該項目において周りに悪影響を及ぼすような行動が半年間の間に見られた。例えばバリューの「タイムリーである」に対しては自身の準備不足で社内外に悪影響を及ぼした、ミーティング時間への遅れが散見されたなど

1(悪い):部門内、会社内で悪い手本になるレベル。例えばコミットメントの項目で1がつくような人は「言われたことに対して責任感を持てない。納期を守らず理由を聞かれても忙しかったからなどと言い、部門内に迷惑を掛ける。ハッキリ言ってこれが改善しないなら致命的」という状態

特に簡単につけてしまわれがちな4という点数に対しては何をもって普通より良かったのか具体的なエピソードを説明してもらうようにしました。そういった説明無しに「なんとなく良いから4で」というのを極力防ぐためです。

なお気を付けているのがこれはあくまで「直近の半年間でのこと」を評価する(評価は年二回)という点です。例えば「誠実さ」というバリュー項目があるのですが、これで2がついたからといってその人の人格そのものを否定するわけではなく、あくまで「直近半年間の間に誠実さの項目で周囲へ悪影響を与えるこういう行い(嘘をついたとか)がありましたよね。なので今回は2にします。次回は3や4、5になってくださいね」と先への期待をフィードバックするわけです。

そしてこの1から5までの定義の解像度を高めるために何度もワークショップをしました。具体的には以下の二種類です。

①各項目における「5はこういうことをしている人」「1はこういうことをしている人」などというペルソナを細かく設定してレクチャー

②「AさんはXX部門、普段の勤務態度はこうで最近こういう行動がありました。どう評価しますか?」と仮のペルソナを設定、そのペルソナを評価者がグループに分かれてそれぞれ評価するワークショップ

もちろん一度で完璧になるわけでもなく、実際に今でも発展途上なのですが、以前紹介したLookerで作った評価結果の可視化ツールを使って評価委員会でレビューをすることで徐々にレベルが揃ってきているのを感じています。

バリューの浸透に大きく役立つ

個人的に一番やって良かったなと思っているのは以下の5つの会社のバリューを評価項目に加えたことでした。

  1. 遊ぶ

  2. 挑戦する

  3. 誠実である

  4. 向上心を持つ

  5. タイムリーである

これは自分がトップになるにあたって定めたのですが、各部門の朝礼などで唱和はされても行動にまで落とし込むことはできていませんでした。今回思い切って人事評価に加えてみたところ、皆嫌でも半年に一回はこれらを意識した行動をしたかどうかを振り返らざるをえなくなり、これら5つのバリューに合わない行動に対しては容赦なく低評価が出されるようになったと同時に、お手本になる行動を称賛することができるようになりました。

例えば昨年の下半期、あるタイ人マネージャーが出退勤の指紋認証をせずに週に何度も遅れて来ては裏口からこそこそ入ってくるということがありました。後で聞いてみると引っ越し後に小さい子供の託児所への送り迎えが想定外の時間が掛かるようになったという理由があったのですが、マネージャー職でこの行いは当然部下に示しがつきませんし規律を乱します。
目に余る行いだったので警告書(タイでは結構強めの勧告方法)は発行しましたが、その一方で職務については普通にやっていてパフォーマンスは悪くない、むしろ割と良いという人で、今までの評価制度だと勤怠の点数を下げるだけで他の項目は「とはいっても出来てるから悪い評価にできないんだよね」となったのですが、新しい制度では「遅刻が多すぎるどころかそれを誤魔化すために記録をしないというのは周りに最低の影響を及ぼす。よって『タイムリーである』と『誠実である』は最低の1ポイントです」という話ができるようになりました。

また別の部門では会社に一人だけしかいない、かつ絶対に雇用しなくてはいけない有資格者という立場を良いことに、最近は所属部門の仕事を手伝わず「私の仕事はこれだけでいいんです」と上司に言って普段は携帯で遊んでいたという人がいて、この人もやはり「『向上心を持つ』と『誠実である』というバリューにおいて一番悪い手本になっています」と最低評価をつけることになりました。

このような最低評価を出す際は「これが改善できないのであればこの会社には合わないということだ」という意志を持って伝えます。その後この二人がどうなったかというと、今年に入ってからの上半期は前期のような問題行動は見られなくなりました。やはり低評価をつけられるというのは金銭的リターンであるボーナスや昇給率に響くだけでなく、精神的にも結構な負担になるようです。「規律を乱すハイパフォーマー問題」は多くの組織であると思いますが、規律を守っているかどうかをパフォーマンスと同じレベルで評価するのが打ち手になりうると思いました。

反対にポジティブな行動を称賛する方向について、例えば会議の時は大抵5分前に席に着いていたり、部下に対して「それは誠実な行為じゃない」とか具体的にバリューの伝道師になってくれたタイ人の現場トップの人がいたのですが、他の項目の高評価も相まって彼はこの度GM(General Manager)に昇格してもらうことになりました。また「バリュー賞」というのを設定して全社の中で各項目のトップ評価の人を一年に一度表彰する制度を考えています(最初からやろうとしてたものの正式に始められずズルズルと。。今年は絶対やります)。

とはいえまだまだ道半ば

このように大きく改善はされたのですが、まだまだ完璧とはいえません。例えば管理職にはMBO(目標管理)も課されるわけなのですが、目標はその高さによって達成度が大きく変わるため、高い目標を掲げても辿りつけなければ低評価になってしまう、でもバリューは高い目標を持てと言っている(だからバリューの行動評価は高めにつける)とかバランスがとても難しいです。
人事評価制度というのはルールだけ決めたらそれからは機械的にそこに乗っかっていくというものではなく、その都度血の通った補正を入れるものではないといけないというのを痛感しており、これからも改善を重ねていきます。

最後に新しい人事評価制度をまとめた「HR Handbook」というのをちょっとご紹介します。これとは別に福利厚生内容をまとめた「Welfare handbook」と採用面接にあたっての心構えをまとめた「Recruiting handbook」というのも作りましたがそれはまた別の機会があれば。

表紙。僕と人事スタッフの顔をコラしてて「遊ぶ」やってくれてます
グレード毎の能力定義
行動評価の基準。能力を問う項目と同じ数だけバリュー項目がある

人事評価制度というのは会社によってかなり色が出るものだと思いますので一概に何が良いとは言えないのですが、タイ、日本問わずどうしようかなとお悩み中の方にちょっとでも参考になれば幸いです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?