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記事一覧

壁(現代詩に初挑戦)

私の前にある
高くて大きな壁は
すきとおっているけれど
打ち寄せる人々の波の
防波堤だ
こちらは壁の外
そしてあちらも壁の外
壁にははしごがかかっている
触れるとそれは向こう側
どうかみなさん
そんなものには足をかけないで
自分のことばかり
考えていてくださいと
祈る
こっちにおいでと
もしもだれかの手が
壁を通りぬけて
私の手を引っ張ったら
ごつんとおでこを壁にぶつけて
眼球を裏返しにして
暗い

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睡蓮の葉のように

睡蓮の花が咲いていると
友が言った
葉っぱはどんなかと
私は聞いた
友は黙って私の手を取り
それに触れさせた
せり上がるようにして
手のひらにくっつく
葉の形の水面
私たちは
二枚並んだ
睡蓮の葉のよう
同じ空を半分ずつして
友の一枚が光を集め
私の一枚に像を映す
「雲よ切れろ」と
友は高いところへ念じ
「おお! 見えてきた!」と
山頂の出現を喜ぶ
私はうつむき
友の目に映る像を聞いている
水面よ

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詩 陽はまた沈む

だいじょうぶ
陽はまた昇るよと
夕べ友が
私の肩をたたいた
いつものメロディーで
目を覚ますと
友の言ったとおり
陽は昇った
カーテンのすき間から
さしこむ光の矢印が
洗面所を指している
顔を洗い化粧をし
フレークを食べて服を着る
陽は昇った
陽はまた昇った
陽はまた昇ってしまった
だから私は駅に来た
夕べの友に代わって
私は言う
陽はまた沈む
陽はまた沈むよと
乗りこんだ快速電車
満員なのにしん

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現代詩 おばあちゃんの寝床

点滴のチューブが
おばあちゃんの体を
おなかのあたりで二つに分けている
枕の上の茶髪の頭は
絶え間なく生まれる時間に
かわるがわる抱えられて
どこかへ運び去られてしまった
でもはだしの足は
昔へ昔へと伸びて
いつかのステージの
ハワイアンに絡みつく
気ままに舞う
十枚の爪
光の尾を引いて
細かいふるいを編み上げる
風に舞う
氷点下の粉
炎天下の砂
そこに太陽は
命をあまた寝かせて去った
しゃれこう

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詩 眠れない真夜中に

眠れない真夜中に
見つけた
空っぽの物干しざお
水たまりの中の満月
自販機の明かり
光るプルトップ
雀のなきがら
埋めてあげたいけれど
ごめんねとつぶやいて
寝返りをうつと
掛けぶとんのきぬずれが
私を
嫌というほど尊大にする
身動きを止めて
息をひそめると
あるのは
自分の体の形の穴だけ
深い深い穴の底から
聞こえてくる
赤いビーズを連ねたような
救急車のサイレン
ずんずん近づいてくる
熱い

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詩 箸さがしのうた

炎天下を歩き通して
コッテージに着いた五人
逆光の枝葉を日よけにして
丸くなって座る
のどが渇いた源次郎
水をがぶがぶ飲んでいると
友たちは弁当を食べ始めた
遅れをとった源次郎
あわてて弁当の包みを開けると
箸がない
「箸がねえや」と大声出すと
返ってきたのは
はあ、へえ、ふうん、あっそ
むしゃむしゃむしゃとうまそうに
食べる友に背を向けて
箸を捜しに行こうと決めた
川沿いを上流へ歩いていくと

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詩 真逆の波形

今日もすれちがった
逆光の影になって
表情がつかめない
その人の背後の窓が
明るすぎて
私はうつむく
なぜなら眉をひそめてしまうから
いつも会うのはこの角度
階段ならば私は上り
その人は下り
廊下ならば私は南へ
その人は北へ
二人とも同じほうを向いて
笑いながら手を洗ったときもあったのに
あるときその人が少し先に去って
私が少しあとに去っただけ
わずかなずれ
微調整すれば
また重なると思っていた

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詩 大地の末端から

赤い星が南の夜空に現れると
防波堤は
それを取りに行くための
建設中の橋になる
いつごろから人々は
橋をかけ始めたのだろう
大地の末端から
あてどなく
橋げたばかりが伸びて重くなって
このままじゃ落ちるぞと叫ぶ声に
急いで橋脚づくりに回る人多数
そんなことお構いなしに橋げたは今日も伸びる
だって橋の上は
陽が当たる
星が見える
橋脚は追いつかない
ほら だからもう一度
橋のたもとまで
みんなじゃな

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詩 昼休みのカフェ

春の間
用なしだったエアコンが
作動を始めたにおいの中
人々は身も足どりも軽く
やわらかい矢となって
私のぐるりに円を描く
そこが
地表の何千億分の一の
私の居場所
そこでカタカタと
キーボードをたたけば
昼休みは
むこうのほうからやってくる
指を休ませたのは
とれかけたブラウスの
このボタンの上
とれずによく頑張ったとねぎらって
その指をストローにからませる
食後のアイスコーヒー
かきまぜる

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詩 うしろむき

前向きじゃないと
人は多くそう言うけれど
前には濃い霧がたちこめていて
どこを見ればいいのか分からない
180度体の向きを変えれば
景色はなんて鮮明なのだろう
遠くにフォーカスすると
石を欠いて獲物に投げつけている人間が
土をこねて器を作っている人間が
薄い水晶体を透かして
小さな泡のように浮かんで見える
毛様筋をゆるめると
人間は大きくなり
ひしめき合って
互いの場所を奪い奪われ
殺し殺され

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詩 悩ましい輪

さっきまで
知恵の輪をもてあましていた
友たちのことを考えながら
始まりも終わりもない
輪の数の分の
堂々めぐりのつながり
ガチャガチャというだけで
全く解けない
「切ってしまえ」と強がって
もしも一か所切ったら
二つが離れ
もう一か所切ったら
五つが離れる
それで静かになった胸の内に
きっと生じる
ずれた切り口の
引っかかり
ささくれのような痛み
だからそのまま
ぬくい手あかが冷めないうちに

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詩 オデュッセウスのひげ

地面に手をかざす
手のひらをくすぐる細い草
連日の雨のあとの五月晴れ
また生えてきた
不死身のオデュッセウスのひげ
つまんでむしり取る
根がぼろぼろと土をくつろげ
小さな生き物のすみかを壊す
お隣さんからもらった除草剤は
やっぱり使わずに返そうと思う
草の生えるところに
古い英雄は
また生まれてくるだろうから

詩 言うことを聞かせたい人は

言うことを聞かせたい人は
言うことを聞かない人が怖いのか
大きな足音をさせてやってくる
言うことを聞かせたい人は
自分の言うことが不安なのか
ゆっくりとしゃべらない
言うことを聞かせたい人の
言うことを聞きたくない私は
どうしたらいいのだろう
考えて思いついた一つ
何度でも聞きますと言って
ICレコーダーをオンにするのはどうだろか

詩 太陽が眠るところ

西日のまぶしい
浜辺に座って
缶ビールとつまみをあけた
不意の風に舞い上がる用なしのレジ袋
砂に足をとられながら
追うこともせず眺める
からめとられた波の舌先
色だけ似せた空っぽのおごり
太陽が眠るところと呼ばれる島に運ばれて
少年に拾われた
これは何をするものなの?
物を運ぶための袋だよ
何から作るの?
石油からね
それはどこにあるの?
地面の下から染み出すの
水みたいだね
赤黒い粘り気のあるね

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