純粋は損をする
私は自分で言えるほど上手くいった人生を歩んでいる意識はあった。
部活では可愛がられる後輩であり、頼れる先輩でもあった。
何度も優勝などで賞状をいただいたりした。
勉強でも県で有数の高校に合格した。
その中でも満点を取ったり、有名大学も夢じゃないと言われるほどには学力があった。
友達も多く、私が話の中心であることも少なくなかった。
恋人も恵まれ、長く付き合えることも多くあったり、告白されることもしばしばあった。
家族仲も良好で、よくお出かけをしたりお家でダラダラと話したりの毎日だった。
そんな順風満帆と思われるの日常でも、ふと涙が出る時があった。
それは突然で、幼児のように泣きじゃくる。
立つことも出来なくなり、地べたに這いずってわんわんと泣く。
泣き疲れると吸い込まれるように眠る。
きっと自分が思うより疲れているのだろうと思った。
そりゃ順風満帆と言ったって、努力は怠らない。
授業で見落としがないように集中し、休み時間は友達の会話を盛り上げる。
放課後はほどよくふざけるが、やる時はやる。
家に帰ると課題をこなし、授業の復習予習も欠かさない。
お手伝いは不定期だったが、真面目だったと思う。
だけど私だって苦しい時もあった。
試合前は不安に駆られて過度な期待に押しつぶされそうになる。
しかしそんな時でも他の人に不安が伝染しないよう顔には出さない心がけは忘れない。
英語が驚くほど苦手な私は、予習が1番多い上に調べる単語が多いものを嫌った。
なのですごく時間がかかり、その上毎日ある授業なので睡眠時間が瞬く間に減った。
恋人だってずっと同じ人と付き合っているわけではないし、もちろん振られることもあった。
その度に何度も泣いて立ち上がってきた。
毎日毎日、先生に同じようなことばかり聞かされる。
「この1日が大事だから。」
そんなことはわかっている。
だからこっちだって真面目にしているんだ。
なのに周りだってしているから、と誰も評価はしてくれない。
他校の友達に愚痴ろうとしても、
「頭のいいところに通ってる人は大変だね。」
と流される始末。
私はこの学校で何がしたかったんだろう。
中学の頃から数学が得意だった。
数学なら並大抵の人には負けない自信があるし、なにより数学が好きだった。
毎日不安定な足場しか頼りがない中、戦うものも形状がふにゃふにゃで大丈夫かと問いたくなる。
そんな中で数学だけは裏切らなかった。
大学まで行かないと証明できないような定義というもののあやふやさはあれど、必ず信頼できる答えがそこにはあった。
「今回も数学なら大丈夫でしょ?」
とよく聞かれた。
たしかに難しいと言われる問題でも私は解けたりする。
鼻が高かった。
だけど、高校に上がって簡単な問題から難問までさまざまなレベルの問題を解かされた。
私は数学ができる方ではあるが、解けない問題も学年が上がるごとに増えていった。
「今回全然解けなかった。」
周りに合わせて言っていた言葉が本当になってしまった。
数学が得意と言えば聞こえがいいが、裏を返せば数学だけ得意なのだ。
数学しか頼りがなかった。
周りだって私の数学を評価してくれていた。
期待もしてくれていた。
だから、「今回できたよ。」
と嬉々とした気持ちで報告をした。
「まぁ、あなたならこのくらい普通だね。」
「そんなに自慢しないでよ。」
どちらかと言うと嫌がられた。
あぁ、上辺だけなんだな。
さりげなく溢した期待を背負った私が馬鹿みたいじゃないか。
馬鹿みたい、じゃなくて馬鹿なのか。
この頃から、何を信じて足場を固めていけばいいかわからなくなった。
純粋に全部受け取って応えようとした努力は誰にも気付かれないまま枯れていく。
周りは上手くサボって上を目指さなくてもある程度のラインで保っている。
私だけなのか。こんなにバカ真面目なのは。
息が苦しくなる。
誰のための人生なんだろう。
周りが溢す期待に応えるなんて、周りのためでしかない。
そんなもののために苦しい思いをして涙を流して日々努力なんて、結局は他人のためでしかない。
だから、結果がでても成長が少ないんだ。
初めから自分のための行動であれば、それが失敗でも成功でも大きな成長となるはずだ。
どちらにせよ、誰も私を見ていない。
私が相手を真っ直ぐ見つめていたって、いつまでも見つめ返してもらえないのはそういうことだろう。
もう好きにしよう。
なんでもいいんだ。
誰も私を見ていない。
これほどまでに最強なことがあるのか。
私はなんだってできる。
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