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働き方と親子の関係を進化させる「親子ワーケーション」 (前編)

今村茜さん(毎日みらい創造ラボ)インタビュー


ワーケーションには、その目的によっていくつかの分類やスタイルがあります。「親子ワーケーション」もその一つ。ワーケーションを子どもと一緒に楽しむ新しい働き方です。この親子ワーケーションの第一人者である今村茜さんに、ワーケーションのことをいろいろおうかがいしました。

■5年でワーケーションに対する風当たりが変わった

――今村さんがワーケーションに興味をもたれたのは2017年、日本航空さんのワーケーションを取材したのがきっかけだそうですね。また、ご自身がワーケーションに初めて参加されたのが2018年の和歌山県の親子ワーケーションのプログラムだったそうですが、それから4~5年経って、「ワーケーション」に関する世の中の関心の度合いに変化はありましたか?

今村さん:毎日新聞の経済部でワーケーションに関する記事を書いたのがワーケーションに興味を持ったきっかけです。本当にこの5年でずいぶん変わったと思います。
経済部の記者として色々な業界を取材する中でも、5年10年でダイナミックにパラダイムシフトが起きることが多いと実感していたのですが、特にこの「働き方」に関しては、同一労働同一賃金や残業時間の上限規制などへの関心の高まりもあって、この5年で大きく変わったなというのが実感です。
もともと多様な働き方をしたいというニーズはあったと思うのです。コロナの前はリモートワークは机上の空論と言われていたところもありました。でもコロナになって必要に迫られてやった結果「なんだ、できるじゃないか」と皆が気づいて導入する企業が増えて浸透しました。

このコロナでリモートワークが浸透して(仕事が)できるようになったのと、ずっと在宅だからたまにはどこか違う場所で働きたいという、働き手のインセンティブを育み、その結果、ワーケーションに注目が集まったのだと思っています。

私がワーケーションを最初に取材して自分で実践した2017年、2018年当時は「そのコスパの悪い働き方はなに?」「旅行するなら普通に休みで行きたいよ」「ノートPC持って旅行に行きたくないよ」と言われました。
私も記事を書きましたが、社内でも賛否両論というか、賛成する人が珍しいぐらいでした。当時は仕事と休暇は分けたいという意見が多く、特に年配の方はその意向が強かったです。
「子どもを連れていったら仕事にならないじゃないか」「子どもを連れて行くなら純粋に家族旅行で行きたい」という声が多かったです。でもその後、いろんな働き方の多様化を受けて、仕事とライフスタイルというか生活を融合するような働き方が増えてきたかと思います。
例えばパラレルワーカーのように。今までは本業の仕事をするのが当たり前だったと思うのですが、兼業・副業を解禁する企業が増えて、働き手の方も、例えば平日は本業、週末は副業というようなパラレルワーカーが増えてきました。

何のために仕事をするかという意識が皆さん変わってきたと思うのです。今まではライスワーク(Rice-Work)のために仕事をしていた。でもこれからはライフワーク(Life-Work)、自分の人生の目標のために仕事をしたい、自己実現のために仕事をしたいという方が増えてきました。
そのためワーケーションも、今まではライスワークのための仕事だったから「それはコスパが悪い」となるのですが、ライフワークのための仕事であれば「それもありだね」と考える方が増えてきました。

例えば地方で副業がしたい。東京ばかりで仕事をせずに、地方で顔の見える関係性の中で仕事がしたいとか、地域の方々に役立つ仕事がしたい。「自分が求められていることを実感したい」という東京で働いている方々が増えてきました。東京だと一種の会社の歯車じゃないですか。でも、もっと小さな、ミニマムな世界で役に立ちたいと思って、地方の副業を始めるケースが増えています。

その沿線上として「じゃあちょっと自分の活躍の場を増やすためにワーケーションで地方に行ってみよう。それなら子連れで行って家族ぐるみで仲良くなろう」とか。そういった多様な働き方が受け入れられてきたと思います。
ですので、この5年で本当にワーケーションや親子ワーケーションに関する風当たりは大きく変わりました。私はよくイベントを開くのですが「そんな働き方があったんですか」「目からうろこでした、ぜひやりたいです」という方がすごく増えてきたのを実感しています。

北海道屈斜路湖 2021年7月

■小学校の体験入学を活用するなど、新しいワーケーションも登場

――ワーケーションの新しい事例や、ユニークな取り組みをしている事例を教えていただけますか?
 
今村さん:最近ワーケーション業界では仕事と絡めた「地域課題の解決型ワーケーション」や「副業ワーケーション」が増えています。
単純に旅行のピークの分散とか閑散期に人を呼び込むだけじゃない、地域にとってもプラスになるような多様な関係人口の増加を期待しているんですね。地域と関わる都市部の人を増やそうという文脈で行われているケースが増えてきています。

親子ワーケーションもその一環で、子どもを含めた関係人口の創出や、将来の移住定住層が、その地域を訪れるきっかけとして親子ワーケーションを開催する自治体が増えています。
特に親子ワーケーションは小学校の夏休みや春休みが需要が大きいのですが、それ以外の時期も親子ワーケーションをやりたいとなった時に、子どもの学校が欠席になるという問題があります。そこを解決しようと小学校の体験入学とか一時保育を活用した事例が増えてきています。

今年、新潟県糸魚川市では小学校の体験入学を組み合わせた親子ワーケーションを年3回開催していて、私は情報発信で協力しています。同じ子どもに春秋冬と年3回、糸魚川市を訪れてもらい、その子にとって第二の故郷のような場所にしてもらおうという試みです。
都市のお子さんが6月と9月と1月に一週間ずつ滞在して小学校の体験入学を行います。それには受け入れ体制を構築するために地元の小学校、教育委員会、自治体の協力が必要です。そういったところを乗り越えるのがなかなか難しいのですが、糸魚川市はそれに成功して昨年度から取り組みを始めて、今年度は2年目です。
もう一つは保育園の一時保育の制度や体験入園を利用するようなものがあり、例えば有名なのは北海道の厚沢部町の保育園留学がありあます。

糸魚川市 小学校体験入学と親子ワーケーション

厚沢部町の認定こども園『はぜる』

私は長崎県のワーケーション事業に関わっていたのですが、それも保育園の体験保育を取り組ん組み入れたワーケーションツアーでした。
このように、今までだったら無かった保育施設や小学校などの公的なインフラ、子育てのインフラを利用したワーケーション、親子ワーケーションも増えてきていると思います。

和歌山県白浜町白良浜 2018年7月

――市や県などの自治体も、ワーケーションというものを認識して活用していこうと動いているところはあるのですね。

今村さん:菅さん(前首相)が言い始めた2020年夏以降は、ワーケーションはどちらかと言うとホテルや観光業界、旅行業界の取り組みというイメージが強かったとは思うんです。でもそれ以前の2017年ぐらいから和歌山県や長野県が地方創生のため、企業誘致や将来の移住層の獲得や関係人口創出のために行われていました。
「ワーケーション自治体協議会」という自治体さんの団体があります。2019年設立ですが今、参加自治体が200以上になっています。このように地方自治体さんは元々地域活性化のためにワーケーションに取り組まれていて、それは着実に増えていると思います。

ワーケーション自治体協議会

――企業側の動きはいかがですか。ワーケーションに力を入れている企業などありますか。

今村さん:ワーケーションのプレイヤーを地方自治体、旅行業界、企業という風に三つのプレイヤーに分けた場合に地方自治体は地方創生が目的です。旅行業界は旅行の新たな需要の獲得が目的です。
企業の目的は、自社の福利厚生や人事競争力の向上のために導入をする企業が一つ。自社の新サービスの展開のためにワーケーションを活用する企業が一つという二つに分かれています。

例えば大手旅行会社などもワーケーションをサービスとして提供されていますが、では自社の社員がワーケーションをやっているかといえば、それはちょっと疑問形だと思うのです。
日本航空さんは、元々は働き方改革の面でワーケーションを制度として導入された。これはあくまでも有給休暇の取得促進のためなんです。そのため、ワーケーション費用はあくまでも従業員の自腹であることが多いと思います。ワーケーションという働き方を認めているのですが、ワーケーションの規定があるわけではなくて、従来のテレワーク規定を柔軟に認めていった結果、ワーケーションという働き方ができましたというものです。
ユニリーバさんやMicrosoftさんなど、場所を選ばずどこでもテレワークはできますよという、特に外資系に多く見られるパターンです。
かたやワーケーションは自社の制度としては導入していないけれどサービスとしては展開していますというのは、旅行・運輸系の業界に多く見られます。

制度として導入している企業はなかなか増えません。これはよく私も相談に乗ります。毎日新聞社には「制度として導入しませんか」と働きかけているので自分も身に染みて分かっているのですが、従業員が第3の場所で働くことを認めるのはリスクが大きいんです。
それに対して、観光庁はワーケーション推進事業というのを作って、企業と地方自治体のマッチングを図って導入をする企業を増やそうとしています。また田代コンサルティングさんのノートにも書かれていたように経団連も指針を発表しました。

企業のワーケーション導入を支援するガイドや事例集を経団連が発表(田代コンサルティングのnote)

今村さん:これはすべて導入する企業を増やすためなんです。日本は多くの方が会社員ですから、会社員の働き方を変えないとワーケーションの市場自体は増えないんです。
フリーランスや経営者の方はもう30年40年前からワーケーション的な働き方をしている方がいる。「今さら?」みたいな感じじゃないですか。でも、この2017年から何が変わったかというと会社員がそういう働き方ができるようになったということなんですね。

会社員がこういう働き方をできる会社を増やそうとなった時に進み方はすごく遅い。大企業であればあるほど遅い。中小企業の方が柔軟だったりもするかなと思います。

ですから、今、経団連や官公庁が必死になって企業さんに働きかけをして「こんなにメリットがありますよ、やりましょう」と言っているわけです。
一方で働き手の意識は企業さんよりもずっと進んでいます。昨年、山梨大学とクロスマーケティングさんがやった調査で「ワーケーションをやられている方は何割ですか」という調査がありました。

山梨大学ホームページ ワーケーション実施者1,000人に実態を聴取 会社の制度を利用せず自主的に実施している「隠れワーケーター」も潜在ニーズか

今村さん:ワーケーションは認知度が高い割に実践者が1割にも満たなかったのですが、実践者の中で企業がワーケーションを導入していない人もいたんです。つまり「隠れワーケター」。隠れワーケターは4割程度、存在するんです。だから働き手の方は柔軟な働き方を求めている。一方、企業はそれを制度として導入するにまだまだ至らない。というところで今、働き手と企業の熱意の差、インセンティブの差というのが生まれているかと思います。
だから逆に働き手にとって、そういうワーケーションや柔軟な働き方を導入している企業は魅力的に映っているということなのです。人事採用、特にITワーカーの採用では導入している方が有利になると思います。

――外資系企業がワーケーションを導入しているということでしたが、外資系の方が柔軟性があるということなのでしょうか。

今村さん:外資の方が基本的に成果主義だからですね。テレワーク全般に言えることですが、オフィスに行ってしっかり従業員の働きぶりを監視、管理している企業にとっては難しい働き方なんです。むしろ、成果で管理をする。例えば毎月の目標はここで、これに達すればOKですよ。自分で自己工夫して達成してください。その代わり、目標に達した後の時間は自由です、というような成果で評価をする企業だとワーケーション、テレワークはかなり適しています。

――仕事の内容ではなく、時間だけで評価している会社は導入できないということですね。

今村さん:テレワークに向かないのではないかなと思います。なので、そういった成果主義や個人の裁量にお任せするというような、場所や時間に縛に縛られない働き方を認める企業はこれからの時代、より成長力は増していくだろうと思います。それを認めない、がっちり管理するような企業だと成長力はどんどん鈍化していくのではないかと思います。

例えば私自身、子どもが3人いるのですが、コロナ前の世界だとテレワークは、育児や介護を抱える人が時間や場所にとらわれずに柔軟に働けるようにするためのセーフティネットだったのです。
でもそれはユニバーサルデザインと同じ考え方で、一部の不利な状況の人に優しい働き方、仕組みというのは全ての人に優しいんです。
だからユニバーサルデザインも例えば左利きの人、目が不自由な人のために製品をつくりますが、健常者にとっても優しいし、健常者の利便性向上にも繋がるわけです。それと同じで、リモートワークはもともと介護や子育てがある不利な人のためのものと考えられてきましたが、コロナで全員強制的にするようになった結果、通勤時間が削減されるわけですから効率的に働けるようになるのです。

また、日本企業によくありがちな属人的な仕事、ブラックボックス化している仕事が無くなって、業務の棚卸も進んで、効率的にシステマチックに仕事が進められるようになったり。その他、メールではなくチャットの文化が根づくなど、コミュニケーションツールも発達しました。
この取材もそうですが、少し前なら会って取材をしなきゃ、会ってご挨拶をしなきゃ、営業もしなきゃと思っていましたが、今は画面を立ち上げるだけで取材も営業もできています。
そのような感じで、リモートでできるというのが発展した結果、一部の人のためのものだったのが全部の人のためのものになって、全部の人の利便性が向上して、より効率的な働き方ができるようになったと思うのです。

リモートワークなどができるようになることは福利厚生ではなくて、企業の競争戦略に資するものだと私は思っています。これを導入することが一部の人を救うものではなくて、企業全体、働き手全体の効率を上げて、それによってどんどん企業は成長していくと思うんですね。だから逆に今揺り戻しがおきてオフィスに出社しなくてはいけない会社も増えていますが、そういったところは後退しています。
これからはリモートワークを導入している企業とそうじゃない企業、もっと言えばワーケーションを導入しているかどうかで、どんどん企業価値の差が広がってくるのではないかなと思っています。

鳥取県大山町オリエンテーション 2021年11月

――企業がワーケーションを導入する時に「こうしたらうまくいく」という方法や、または注意した方が良い点などありますか?

今村さん:競争力が上がるし人事採用面でもPRになります。特にIT企業のITワーカーは、都市部では人件費が高いですから、地方のITワーカーを採用できるとことで採用面でも有利になります。また新卒でも「リモートワークやワーケーションを導入している企業の方が好ましい」と答える割合が高いので新卒採用でも有利です。

一方で気をつけなくてはいけないのは労災や費用など、リスクの部分です。ここからは持論ですけれど、私は会社がワーケーションの費用を持てるところはそうそうないと思っています。今、観光庁などの実証実験でトライする企業は増えていますが、それを今後、例えば全従業員にとか、継続的にワーケーション費用を持っていこうというのは結構厳しいと思うんです。
それが、例えば出張のプラスアルファのブレジャーや、出張的な目的の強いワーケーション、例えば地方自治体に新商品をPRする機会があるとか、地方のお客さんに商談を兼ねて行くとか、そういったワーケーションであれば企業がお金を出すでしょう。でも、そうではない福利厚生に近いようなリフレッシュを目的としたものだったら出せないんじゃないかなと思うんです。

だから今の日本企業の体力を鑑みるに、やはり導入しやすいのは福利厚生として「そういった働き方をしてもいいですよ」と認める方が現実的かなと思います。つまりJALさんみたいな、申請をして、旅行をしながら「一部働いている時間を出勤時間として認めますよ。その部分の出勤のお給料は出します。でも旅費は自腹で行ってね」という方が、実態としては合っているのではないかなと思います。
今、導入を検討されている企業さんとお話しすると「そんなお金ないです」とよく言われるところが多いんですよ。そんな企業さんには「お金は出さなくていいんです。ただ働き方を認めてください」と言います。そういった働き方ができる企業はそれだけで魅力的なんです。企業にとっても、お金を出さなくても採用力が向上するのでお得ではないですか。

――ワーケーションを導入する時に、目的は決めた方が良いですよね。

今村さん:例えば働き方改革、有給休暇の取得促進であれば人事畑からお話が出ることが多いでしょうし、地方の営業先を増やしたいとか、地域資源を活用した新ビジネスの創出という面であれば企画や新規事業の担当から広がることが多いかと思います。目的をどうするかは大事なことです。

今村さんのインタビュー「後編」へ続きます。

今村茜さん プロフィール
毎日みらい創造ラボ/毎日新聞記者。子連れワーケーション推進中。ライフステージにあわせて誰でもどこでも自由に働ける道を探るNextStyleLab主宰。ワーケーション/リモートワーク、複業/起業、地方移住/2拠点居住などをテーマに「#働くを考える」イベントを毎月開催しています。2017年からワーケーションを取材&子連れで実践。親も子も成長する親子ワーケーションの受け皿を全国各地につくるべく、情報交換公開グループ「親子ワーケーション部」を運営しています。3児の母。
親子ワーケーション部代表、鳥取県ファミリーワーケーションプログラム造成支援アドバイザー、観光庁ワーケーション推進事業コーディネーター
、日本ワーケーション協会公認ワーケーションコンシェルジュ。

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