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【書評】『老虎残夢』桃野雑派 第67回江戸川乱歩賞受賞作!

第67回 江戸川乱歩賞受賞作
桃野雑派『老虎残夢』

本作は南宋を舞台とした中国文学です。

古代中国文化や時代背景が大いに絡んでくるストーリー。
「ただただミステリーを楽しみたいだけの人にとっては、ハードルが高いのかな?」
と思っていましたが、
全くそんなことない!!

人間味あふれるキャラクターと、淡々と描写されてゆく風景に現実味があり
かなり読みやすいです。
中国文学に触れたことがない方でも、十分に楽しめます。

あらすじは、
武侠と呼ばれる中国の武人を中心に、湖上に建てられた楼閣での密室殺人の謎を解き明かす、ファンタジーミステリー。

武侠が水の上を歩いたり、空を飛んだり、時空を曲げたり、というように
現実離れしたキャラクター能力があります(この点が、口コミ等で”特殊設定”と指摘されている部分ですね。)が、
そんな武術ファンタジー要素がある中で、
決して飛躍しない、地に足着いた謎解きが繰り広げられていきます。

いわゆる【理詰め】の推理で構成されたミステリー小説でした。
ファンタジー×理詰め という相反する二つの要素の掛け合わせが絶妙で、
新感覚ミステリーと評されるべき作品。

作者が期待の新星と評される所以が、読めばすぐに納得できます。


※以下ネタバレあり あらすじと結末

主人公は武術修行中の少女、蒼紫苑(そう しおん)。
彼女は、師父である最強武侠の梁泰隆(りょうたいりゅう)のもとで
長年、弟子として武術を磨く毎日を続けています。
しかしある日、泰隆は自らの奥義を、弟子である紫苑には授けずに
知り合いに伝授する決断をします。

紫苑からすれば、奥義の授け先が自分ではなく、
赤の他人であることは、弟子としての屈辱。
「自分は奥義を伝授するににふさわしくないのか?」と
やるせない気持ちを抱えながら、泰隆が招待する知り合いをもてなす支度をします。

そんな彼女の心の拠り所が、
泰隆の、恋華。
そう、女性なんです。しかも両想い。
(たからネットで‟老虎残夢”と入力すると、‟百合”と出てくるのですね。)
師父の子供(血縁関係はなし)であり、かつ同性という
禁断×禁断の恋を、紫苑はしているんです。
この恋愛が、後の謎解きに大いに絡んできます。

そして、泰隆が招待した奥義伝授の候補者3人がやってきたところで事件は起きます。
最強武侠である泰隆が、明け方に楼閣で死亡するのです。
湖上に建てられた楼閣にアクセスできるのは、奥義伝授の候補者3人と紫苑とその彼女、恋華の5人のみ。

この5人の中に真犯人がいる。

互いに疑い合い、嫌疑をかけながら、
5人は紫苑を中心に真相へ迫っていきます。

この作品の魅力は、
特殊設定でありながら、有り余るほどの現実味ある推理だと思います。
先述したように、武侠という中国武人は特殊能力を心得ており、
現実離れした完全犯罪をいとも簡単にできてしまう環境にあります。

しかし、本作はその能力を活かしつつ、完全に理詰めでの謎解き。
つまり、読者目線で、現代人と同じ感覚での推理がなされています。

ファンタジーでありながら親身性のある展開は、桃野先生ならではの味わいなのでしょう。

ただ、自殺幇助というオチは、理詰めでの推理に懸命についていった読者からすれば、若干肩を落とす結末かもしれません。
湖上での密室殺人という前提の段階で、自殺は誰もが初めに疑う類型ですからね。


江戸川乱歩賞の選評がなかなか辛辣だった

毎年、江戸川乱歩賞の選評は作品をめった刺しするような
厳しい内容なのですが、
今回の選評の中でも特に気になる評価がありました。
それは月村了衛さんの選評の一節。

主人公カップルが同性であることに必然性をまったく見出せませんでした。
同性であることは問題ではありませんが、本格ミステリとして応募する以上は、全体を構成する要素の一つ一つにもっと慎重であるべきだと思います。

同性であること自体が問題ではないと断っていますが、
本格派としては同性愛者にする以上もっと意味を持たせなければならないという評価です。(たぶん)

多数派が異性愛者である事実を踏まえれば、たしかに同性の恋愛であることの強調や仇の描写は少なめだったかもしれません。
謎解きに恋愛は大いに絡んでいますが、それは禁断の恋であることが重要なのであって、同性であることが鍵となる内容ではありませんでした。
月村先生、さすがの選定眼です・・・

ただ。
受賞作選定の過程で小説の内容として同性である意義を求められるのであれば、
やはりデフォルトとして異性愛者でない者は認められないのですね。

最近、朝井リョウの『正欲』を読んだせいでしょう、
そこの壁の高さには、顔をしかめずにはいられませんでした。

↑性的マイノリティ者をめぐる作品、『正欲』の考察記事も是非読んでくださいね!

今回も最後までご覧いただきありがとうございました。
江戸川乱歩賞作品は、毎度、読む手が止まりません。

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