最近注目されている脳内物質:セロトニン
最近巷でよく「幸せホルモン」という言葉を目にします。しかしこれはもちろん医学用語ではありませんし、医学の教科書にもこのようなものは載っていません。定義も曖昧ですが、一般には「幸せを感じる時に脳内で放出されるホルモン」と解釈されているようです。
最近注目されている脳内物質として「セロトニン」「ドーパミン」「オキシトシン」などがよく挙げられています。中でも「脳内幸せホルモン」としてあげられることが多い「セロトニン」について、今回取り上げてみようと思います。
従来のセロトニンに関する知識は、“主に消化管に存在しその蠕動(ぜんどう)運動を調節する”、“脳にも存在し睡眠調節を行う”ということが知られていました(*1. Wikipediaより)。但し、十分に知られているわけではなく“未だに全ての働きが解明されていない物質”ということも言えます。
このセロトニンは精神科領域で用いられる薬剤にも深く関わりがあります。それはうつ病の治療薬として使われているSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)において、セロトニンの調節が病気の治療に大きく影響しています。
端的にこのSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の働きを説明すると、脳内の神経細胞同士のネットワークにおいて、セロトニンが分泌されることで次の細胞にシグナルが伝わりますが、このセロトニンが“すぐに再取り込み”されてしまうと“シグナルも弱く・短く”終わってしまいます。ここで“再取り込みをブロック”することで“シグナルを強く・長く”してやる、というのがこのSSRIの主な作用です(わかりやすい図解はネット上にたくさんありますのでここでは割愛します)。
短くまとめると、“うつ病患者では何らかの理由で脳内伝達物質セロトニンの効果が弱くなっており、このセロトニンの伝達作用を強める薬剤SSRIが治療に用いられている”と言えます。どうも、このセロトニンの作用が弱まることがうつ病の病態と深く関係しているようですね。
では、“うつ病患者ではなく一般の健常人にとってこのセロトニンの作用はどう影響するのか?”という疑問についての興味深い研究論文を紹介したいと思います。
カリフォルニア大学のKnutson氏による“セロトニン介入による性格・社会的行動における選択的変化 *2”というタイトルの研究論文です。
以前からセロトニンの作用を調節する薬剤SSRIがうつ病に用いられていましたが、その作用が正常な人間の感情や社会的行動にどう変化をもたらすか、というテーマの研究です。端的に言うと“抗うつ剤を正常な人間に飲ませたら性格は変化するのか?”というテーマですが、なかなか際どいことをやっている研究ですね。これは1998年に公表された論文ですが、今のご時世では承認されにくい研究かもしれません。
実験方法ですが、合計48人の精神的に健康な一般人(志願した実験ボランティア)を、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)を内服する群(23名、男:女=14:9、平均年齢26.7歳)とプラセボ(効果のない偽薬)を内服する群(25名、男;女=14:11、平均年齢27.9歳)の2グループに分けて行動分析がされました。振り分け方は研究担当者以外はわからず、薬を処方する医師も被験者も自分がSSRI錠剤を受け取ったのかプラセボ(偽薬)を受け取ったのかわからない、「二重盲検試験」という一切の先入観が入らない客観性の高い研究方法が用いられています。
SSRIはパロキセチンという薬剤で、同じSSRIの中では作用が強めでセロトニンに特異性が高い薬剤(20mg/日)が選択されました。SSRI内服群もプラセボ群も4週間継続的に服用し、内服開始前、内服1週間後、内服4週間後の翌朝、の3点で血液検査による薬剤血中濃度測定が行われました。
心理的な評価の方法はBDHI(Buss-Durkee Hostility Inventory *3)という“敵対性”や“攻撃性”心理の評価基準を用い、ポジティブな感情やネガティブな感情の評価にはPANAS (Positive and Negative Affect Schedules *4) scaleという評価指標が用いられ、これらも血液検査と同じタイミングでテストされました(例:Q.怒りで自分を見失うことがある:全く当てはまらない→1点、よく当てはまる→5点、等)。いずれも精神領域の研究において国際的によく用いられる指標のようです。
“社会的行動”の評価として、SSRI群とプラセボ群の二人一組のペアを作り(もちろんお互いにどちらの群かはわかりません)、共同でパズル(タングラムというタイル並べパズル)を解く課題が与えられました。二人でパズル課題に取り組みますが、その様子をマジックミラー越しに別室で観察し、分析者がそれをチェックします。“協力的に助言した”、“助言というよりも命令・指示した”、“相手の助言に関係ない行動をとった”、などによって“親和的・協調的行動(affiliative behaviour)”がどのくらいあったか、ということを点数化しました。
実験結果は、興味深いことに、SSRI内服群ではBDHIによる攻撃性(Assaultiveness)スコアがベースライン(内服開始前)に比べて第1週(-0.47ポイント)と第4週(-0.39ポイント)においていずれも統計学的に有意に低下していたようです(p<0.05:※統計学的に明らかに差があるという意味)。また過敏性(Irritability)スコアもSSRI群で-0.23ポイント明らかに低下していました(p<0.05)。対して、プラセボ群ではいずれも統計学的に明らかな変化は無かったようです。
さらにネガティブ感情(例:敵意、いら立ち、等)スコアもSSRI群で第1週目、第4週目でいずれも有意に低下しているのが観察されました(p<0.05)。もちろんこちらもプラセボ群では明らかな変化はありませんでした。
実験4週目の被験者のSSRIの血中濃度と、その被験者のネガティブ感情スコアをグラフ化したところ有意な負の相関が見られたようです(p<0.05:図1)。これは、“薬剤の血中濃度が高いほどネガティブ感情が減っている”ということを示しています。
次に行動パターン分析ですが、二人一組でパズル課題を行う実験で“親和的行動”をスコア化し、内服前(ベースライン)と4週後の親和的行動スコアの変化と、SSRIの血中濃度の変化をグラフ化すると正の相関が見られました(図2)。これは、“薬剤の血中濃度が高いほど、親和的行動がより増えた”ことが統計学的にも明らかであったということです(p<0.01)。
気になるのは健康な人が抗うつ剤を飲んだ時の身体的な副作用ですが、明らかなことは服用1週後の眠気の強さと薬剤血中濃度が有意に相関していたとのことです(p<0.05)。副作用の眠気と心理変化や行動変化に有意な関連は無かったとのことです。
セロトニンとネガティブな感情の関係
この研究の結果をまとめると、
・SSRIで脳内セロトニンレベルが上がると攻撃性や敵意などの感情が抑えられる
・SSRI内服は全般的なネガティブ感情を抑える
・SSRI内服によって行動パターンもより親和的・協調的に変化する
・プラセボ群では上のような変化は見られなかった
ということが示されています。
間接的ではありますが、“脳内のセロトニンを増加させると攻撃性やネガティブな感情が少なくなり、親和的な行動が増加する”と言えそうです。セロトニンという脳内物質は普段我々が持つ感情や行動に大きく関わっていることがわかりますね(ですが、病気でないのに抗うつ薬を内服するのはやめておきましょう)。
今回は注目されているセロトニンに関する研究のご紹介でした。
引用:
*1. Wikipedia: “セロトニン”, https://ja.wikipedia.org/wiki/セロトニン
*2. Knutson B, et al. Selective alteration of personality and social behavior by serotonergic intervention. The American Journal of Psychiatry, 01 Mar 1998, 155(3):373-379
DOI: 10.1176/ajp.155.3.373 PMID: 9501748
*3. Buss AH, Durkee A: An inventory for assessing different kinds of hostility. J Consult Psychol1957; 21:343–349
*4. Watson D, Clark LA, Tellegen A: Development and validation of brief measures of positive and negative affect: the PANAS scales. J Pers Soc Psychol 1988; 54:1063–1070
著者プロフィール
野宮琢磨 医学博士, 瞑想・形而上学ガイド
Takuma Nomiya, MD, PhD, Meditation/Metaphysics Guide
臨床医として20年以上様々な疾患と患者に接し、身体的問題と同時に精神的問題にも取り組む。基礎研究と臨床研究で数々の英文研究論文を執筆。業績は海外でも評価され、自身が学術論文を執筆するだけではなく、海外の医学学術雑誌から研究論文の査読の依頼も引き受けている。エビデンス偏重主義にならないよう、未開拓の研究分野にも注目。医療の未来を探り続けている。
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まだまだ未知の部分は多いと思われますが、実際に「脳内物質」と「気持ち」の関係は、かなり深く複雑な様子。
実験からしてもセロトニンが気持ちに影響する、ということは明らかなようです。
では、そのセロトニンが足りなくなったらどうなるの? 増やすにはどうしたらいいの?
その他の「脳内物質」と言われるものはどんな影響があるの?
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