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【歴史小説】第59話 保元の乱・破④─決戦(3)─ 『ひとへに風の前の塵に同じ・起』


   1


 大炊殿の東門前。清盛と忠正は剣を交えていた。

 ものすごい勢いで、肩や帯の部分を斬りつける忠正。

 忠正の攻撃を必死で受け止めたりかわしたりする清盛。

 よけるときにかすってできた傷が、清盛の顔にいくつかできている。

 対して忠正は傷1つすら負っていない。さすがは歴戦の勇士。

 鍔迫り合いになったとき、忠正は笑みを浮かべながら言う。

「昔よりも強くなったじゃないか、小僧」

「これでも自分の子どもにも負けてばかりなんだけどな」

 清盛は抗うように、忠正の一撃を押し返そうとする。だが、忠正の力が強いので、ずっと押されている。

「それよりもどうした? 平家の新棟梁。押されてるぞ」

 そう言った後に清盛の体勢を崩し、右肩に斬り込みを入れた。

 右肩の傷口からは、熱を帯びた血が溶岩のように噴き出し、鎧の下に着ている着物を真っ赤に染め上げる。

 あまりの痛さに、清盛は泣き叫ぶ。

「情けないぜ。あまりに情けないぜ」

 切なそうな声で何度も言う忠正。

 苦しそうに血の流れる肩を抑えながら、清盛は、

「叔父上の言う通り、俺は情けないやつだよ。でも、目の前にいる誰かを一人でも守れるのなら、それでいい」

 と言って、片手で太刀を構えた。

「やはり所詮武家の子ではないな」

「どうやらそうみたいだ」

 微笑んだあと、痛む傷を左手で抑えながら、清盛は再び忠正に斬りかかった。

 非情にも忠正は、清盛の攻撃にできた一瞬の隙を突き、右手を斬った。片手だけではさすがに両手ともに無傷でピンピンしている忠正にはかなわなかった。

「やっぱり強いや……」

 右肩だけでなく、左手、右足を斬られた。大量の血が流れたせいで、少し少し視界がぼやけてくる。

 対する忠正は、余裕の表情を浮かべ、清盛の前で仁王立ちをしている。それも無傷で。

「おもしろくないな。先ほどまでの意気込みはどうしたんだ?」

「消えてないさ」

「悪いことは言わねぇ。命が惜しけりゃあ、重盛に変わってやりな」

「変わらない。言っただろう。これは叔父上と俺の戦いだって」

 痛みに耐えながら、清盛は忠正に一撃を加えようとした。

 清盛の渾身の一撃を、忠正は無慈悲に受け止め、

「そうだったな。じゃあ、冥途の土産にいい話を聞かせてやろう。お前の中にいるのはな──」

 清盛の中にいるもう一人について説明しようとした。

「これ以上言うな」

 清盛は忠正の首をめがけて斬りつけた。

 忠正は清盛の一撃をさらりと交わす。だが、少し遅かったせいで、右頬を掠ってしまった。

 傷口から流れ出る血。

 頬に何かが流れ出ていると感じた忠正は、傷口に触れ、血が出ていることを確認する。湿っぽい感じと鉄臭い臭いがしたことから、自分の血であることを確信した。

「怒って本当の力を出したってか?」

「俺もよくわかんないよ」

「本当に、小僧なんだよな? もう一人じゃないじょな?」

「もう一人じゃない。これだけは言っておこう」

 笑みを浮かべる清盛。

「小僧がこの俺に一撃を与えたことは褒めてやる。だが、たかだか傷を与えたことだけで思い上がるなよ」

 両手で持っていた刀を左手に持ち替え、右手で作った手刀を喉元に打ち付けた。

 吹き飛んだ清盛は築地に頭を強くぶつけ、気を失う。


   2


 大炊殿の西門前では、東国武士と平家の郎党の連合軍が、為朝・頼仲率いる軍勢と戦っていた。

 左手で教盛の蹴りを受け止めたあと、為朝は太刀を構え、

「拳法使いか」

 と聞いた。

「そうだが? それがどうした」

 構える教盛。

「ほうほう。ならば、太刀よりもこっちで相手をした方がいいか」

 そう言って為朝は、差していた短刀を抜いた。

(なるほど)

 教盛は、為朝がリーチのある太刀を選ばずに、あえて短刀を選んだ理由を察した。

 接近戦では、太刀や打刀といった長めの刀を使うより、短刀を使った方が、隙ができにくいからだ。それに、防御しながら攻撃もできるということもある。

「ならば、こちらも抜くか」

 教盛は腰に帯びていた短刀を抜いた。

「始めるか」

 為朝は教盛の首元を狙って、蹴りを入れた。

 短刀を持っていない方の手で、蹴りを受け止める教盛。帯の部分を狙って、短刀を刺そうとする。

 刺すことを見抜いた為朝は、短刀で教盛の繰り出した刺突を防いだ。

 殴ったり蹴ったり組み合ったりすることを、何度も繰り返した。もちろん短刀を交えて。

 だが、戦いが始まって30分ぐらいしたころ。教盛は為朝に腹部を刺され、抵抗できないように足を斬られた。

「畜生」

 悔しそうな表情で、短刀を持った為朝をにらみつける教盛。

 淡い橙色の朝日に煌めく切っ先を構え、教盛を討ち取ろうとする。

 絶体絶命と思われた矢先に、二振りの太刀が教盛の命を救った。忠清だった。

「鎮西八郎為朝。テメェは俺が討ち取る」


 為朝と源平トップクラスの実力者が死闘を繰り広げていたころ。義明や正清といった東国武士たちや平家の路頭たちは、為朝が出てきた後に続いた頼仲の軍勢と戦っていた。

 援護射撃をしていた義明はつぶやき、次の矢をつがえようとしたときに、

「三浦介義明、その首もらった!」

 下人と思わしき薙刀を持った男二人が、襲い掛かってきた。

「させるか!」

 先ほどまで戦っていた正清が薙刀の柄を斬ったあと、左薙ぎに下人二人を斬った。

「斬っておいたぞ」

「ありがとな。それより、為朝に勝つ方法は何かないのか? 平家一門の二強、源氏最強の男と坂東平氏一の薙刀の使い手が束になっても勝てないじゃないか」

「どうやらそうみたいだな。だが、勝てる方法は、ないわけではない。ただ、実行するとなると、それなりの犠牲は伴うがな」

「その方法とは?」

「これから教える。一旦撤退した後にな」

 正清は馬の口を取り、撤退を指示した。


 自軍と一部の平家の郎党を率い、戦地を脱した正清と義明は軍議を開いた。

「今の状況を整理すると、為朝という化け物に敗れたのは、広常と平教盛。源平両雄屈指の兵が、大人に立ち向かった赤子のようにやられてしまった。そして、今戦っているのは、我が殿と忠清だ。清盛は今ごろ、叔父と摂津源氏の多田頼憲と戦っているところだろう。そして、先ほど入った使者の話では、大殿は我々にお味方し、北門を攻めているらしい」

 現在の戦況について、正清は冷静に話した。

「なるほど。今のところ、どうやら俺たちが有利そうだな。西門を攻めている俺たちを除いて」

「そうだ。だが、少ない兵士で団結して戦えば、大軍に勝るほどの力を発揮する。それに、どこかの軍が敗れたかそうでないかでも、だいぶ違う」

「それで、さっき言ってた、為朝を倒す作戦って、何なんだよ?」

 先ほどから疑問に思っていたことを、義明は聞いた。

 正清は、体当たりだ、と答えた。

「ちょ、いつも臆病なお前が、体当たりなんてお前らしくないぞ。もしかして、頭でもおかしくなったか?」

「ちなみに俺は正気だ。決して狂ってなどいない。この作戦は、数百人の兵士たちが囮になり、為朝の矢に撃たれる肉の盾となる。奴が攻撃に徹しているところを、殿と忠清で一気に攻撃するという算段だ」

「なるほどな。要するに、俺たちに、死ね、と言いたいのだな」

 いぶかしげな顔をして作戦の概要を聞いていた義明が怒ったのを嚆矢に、東国武士たちは正清にヤジを飛ばす。

 罵声が巻き起こるのを想定していたかのように、先ほどの説明のときと同じ澄ました顔で、怒り狂う同胞たちを眺めている。

「あの……」

 そこへ、平家の兵士が集まっているところから、一人の青年が手を挙げ、

「この突撃隊に志願したいと思います」

 と言った。

「そうか。お前名前を何と言う?」

「伊藤忠清の弟、伊藤景綱です」

「なるほど。今戦っている兄を助けたいとな。忠義な弟だ」

 他にもこの突撃に志願するものはいるか? と正清は聞くと、また平家の侍の一人から、

「俺たちも行く」

「僕も」

「私も」

 といった感じで次々と立候補した。
「どうしてみんな──」

 感心している正清。今にも泣いてしまいそうな表情で、平家の郎党が特攻に志願する様子を見ている。

 そこへ、鎧姿の山王丸が出てきて、

「俺たちの殿は自分が弱いと分かっていても大怪我するまで戦うんだ。殿が無茶をして戦っているときに、俺たちが命張らずにどうすんだ」

 と男気溢れる発言をした。

「平家の侍たちの忠義なこと──」

 涙を流しながら見ていた景親の兄大庭景義も、為朝への特攻に志願する。

「兄上、騙されてはいけません。平家の侍どもは、我々を殺すためにこのような罠を仕掛けているのやもしれません」

 特攻へ志願した兄を、景親は止めようとした。

 景義は弟の制止を振り切り、特攻に志願する旨を伝える。

「鎌田殿。私もこの突撃に参加させてもらってもよろしいでしょうか?」

「構わん」

 馬に乗った正清は、太刀を抜いて、

「よし、ここにいる者たち、今より源為朝に突撃をかける。俺に続け!」

 先頭に立ち、一部の平家の郎党、そして大庭景義らの軍勢らを率い、義朝と教盛、忠清、広常がいる大炊殿西門前へと向かった。

「待て、兄上! 行くな!」

 引き留めようと、必死に景義を追いかける景親。

 少し高めのところまで登った太陽の光に映えた、「南無八幡台菩薩」と書かれた白旗と揚羽蝶の紋が描かれた赤旗は、風にたなびき揺らめいている。


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