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【エッセイ】万年厄年+厄年=ハイパー厄年

 今年で厄年を迎えた。万年厄年と自他共に認めるほど毎年何かしらの災厄に見舞われているが、やはり本物の厄年ともなると、いい気分はしない。

 正月早々「厄年」というのが嫌になり、寝込んでいた。どんな災いが今年降りかかるのかと考えると、怖くて怖くて。

 ちなみに去年は前厄だった。

 前厄は眼鏡を線路に落としたり、メルカリで購入者とトラブルになったり、暑さで倒れかけたりとまあ酷いものだった。

 年末になって、厄年について調べていると、来年(2023年)がそれに該当することがわかった。今年は前厄だったのだ。

「ああ、そういうことか」

 私は全てを悟った。去年は厄年だった。だから、ここまで散々な目に遭ったのだと。

 それを超える厄災の数々が私に迫り来ると考えると、とても憂鬱になってくる。そして、今年こそは本当に死ぬのではないのかと考えると、正気ではいられない。


 厄年の厄災は、年始早々発動した。

 洗濯をしようとしたとき、ドアに左足をぶつけた。

 痛かった。

 出血もした。

 痛みに弱い体質の私は、痛っ! と叫びながらのたうち回る始末だった。

 新年早々足をぶつけてしまい、痛っ! と叫ぶとは何と幸先悪いスタートなのだろうか。

 厄年の厄災は、これだけに留まらなかった。

 スーパーで買い物をしていた。値引きされていた揚げシュウマイが美味しそうだったので買い物かごに入れた。

 レジに並び、買おうとするものを台に置いた。そのとき、揚げシュウマイが落ち、中身ごとぶちまけてしまった。

 突然の出来事。私はパニックに陥ってしまった。そしてレジの人にうまく説明できず、恥ずかしい思いをしてしまった。

 ちなみに厄年の厄災は、ここでは言えないものも含めると、少なくとも5回以上は発生している。週1か週2で何かしらの厄災に見舞われて、精神的にも辛い。

 厄年は懲り懲りだ。早く終わってしまえ。


 もし今年私が死んだら、厄年の厄に勝てなかったのだと思って欲しい。消息を絶ったのなら、何かしらデカい厄災に巻き込まれて散々な目に遭っているのだと思っていただきたい。全ては万年厄年と厄年の合わさったハイパー厄年ゆえのことだから。


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