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【私小説】友達の話 その④ 後輩のこと

 思い返してみれば、私たちは先輩の後ろ楯もなくよくここまでやってきたなと思う。

 普通中学生のコミュニティには先輩方の後ろ楯がある。

「後ろ盾」

 と言えば聞こえはいいが、実際は中身は上が下を絶対的な力で締め上げるという構造となっている。最高学年である3年生を筆頭に、その間に2年、一番下に1年生という上意下達のシステムが出来上がっている。そして、後輩が先輩に異議申し立てできないというかなり理不尽なシステムとなっていた。いや、システムというよりは、暗黙の了解と目に見える年功序列システムというべきだろうか。

 私たちの中にも下のつながりはあった。けれども、こうした上に連なる縦のつながりがなかった。なので、私たちのところにいる下の人たちからしてみれば、私たちが中間学年でありかつ、最高学年でもあったのだ。

 

 そんな年下の友達の中にマサルという少年がいた。周りよりも一つ歳が下ということもあって、彼から見れば一つ上の私たちからはかわいがられていた。

 いつも私や近所に住んでいる三浦くんと会ったときは、

「おはよー、健、ショウちゃん(三浦くんの下の名前からついた通称)」

 と元気に、そして明るい笑顔であいさつをしてくれていた。

 普通先輩を呼び捨てにするとどんなに親しくても怒られるもの。だが、私の周りにいたみんなはそれを咎めることなく、あいさつを返していた。ただ一人の例外を除いては。

 近所に住んでいる三浦くんは、近所に住んでいる顔なじみのおっちゃんのような口調で、

「おお、マサルか。今日も元気だな」

 と嬉しそうにいつも返していた。

 マサルは、私たちにとっては弟のような存在だったのだ。

 ちなみに他の後輩たちは、私らのことをしっかり「〇〇先輩」と呼んでいた。私なら「佐竹先輩」、多田くんなら「多田先輩」といった具合に。


 さすがに私たち以外の先輩の前では、マサルはしっかりと先輩として接していた。

 部活の帰りに私は彼の姿を何度か見たことがある。部室が隣だったものだから、いつも前を通りすぎていたからだ。

 文化祭が目の前にさしかかりつつあったある日、居残りで部活へ行くのに遅れてしまったことがあった。

 隣の部屋から聞こえるアコースティックギターの音色。窓から差し込む真っ赤な夕日の光をうけて夕日のオレンジと影の黒に映える空き教室の雰囲気に合っている。

(どんな感じで練習しているのか見てみようか)

 私は彼に見えないようこっそりと練習風景を見ることにした。いつもの様子から鑑みて、私は彼が何かしらの粗相を働いてはいまいかと心配になってしまったからだ。

 第二音楽室の中で、マサルは熱心にギターを弾いていた。そして、同じクラスメートの中原さんや、同学年の三善くんらのアドバイスを正確に聞き、実践していた。受け答えの仕方も、私らと接しているときよりも、だいぶしっかりとしたものだった。

 その姿を見て、私はほっとした。

 仮にそのような様子を見せていたら、彼を増長させた責任者として、私も出て共に頭を下げようとか考えていた。けれども、その心配は無かったようだ。

(ひとまず、これで安心と)

 一息ついた私は、野球部の校内持久走に混じって、バレないようにそそくさと部室へ入った。

 次の日、私は昼休みに彼と会ったのだがそのときに、

「健昨日の部活見てたでしょ?」

 と聞かれてしまった。やはり、バレていたか。

 そうだよ、と言っても、思いっきり否定してもいろいろ言われると思ったので、

「さあ、それはどうでしょうね」

 と私は白々しい感じで答えた。

「飾らないところ」

「公と私の区別がつくこと」

 これが、彼が一つ年上の集団であった私たちにかわいがられた所以だと私は考えている。飾らないこと、公私の区別がしっかりできることは、人間社会で生きていくうえで大切なことだからだ。

 それができていたからこそ、一つ上である先輩私たちにかわいがられているからといって、それを抑止力として使ったり、私たちよりも一つ下だからと言って媚びたりすることも無かったのだろう。

 私たちにとって、マサルは弟のような存在でもありかつ、誇れる一人の友人の一人でもあったのだ。


   ※


 もし私たちの物語を三人称で書くのならば、彼が主役に相応しいと私は考えている。私なんかよりも成長しているし、そして客観的な視点で書けるうえ、感動とか葛藤も倍になって伝わってきそうだからだ。そして何より、私よりも明るくて有能だ。とにかく、私よりも主役が向いているのは確かだろうなと思う。

 世を捨てた今でも、彼とはときどき話をしている。YouTubeチャンネルを立ち上げたときは、どれだけ彼の世話になったことか。

 というわけで、

「これからもよろしくお願いいたします」


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