見出し画像

他人の苦労に優劣をつけてはいけない

「◯◯が大変だったんだ〜」
と言うと
「××の方がもっと大変だよ」
と言う人がいる。

「人の苦労に優劣をつけないでよ」
と言えば
「君の何倍も頑張った人の
 苦労を知っていて欲しいから」
と言う。

ああ言えば上祐。(古い)

苦労を知って欲しいってなんじゃーい。

じゃあお前は祖父母世代の
戦時中の苦労を知っとんのかーい。

ペニシリンが発明される前、ちょっとした熱で
バタバタ人が死ぬ時代を知っとんのかーい。

プロメテウスが人類に火を与える前の
明かりも温もりもない不便を知っとんのかーい。

と、つっこんでやりたいが
苦労を数値化する人は
確かにかなりの苦労をしている。
そしてそれを糧にしている。
そしてそれを誇りに思っている。
私はそれをちゃんと尊敬しているんですよ。

ただ、私の苦労に同苦することなく
私の苦労にマウンティングしてくる態度は
ちょっとアサマシイと思うし
超絶ウザいと思う。

苦労をマウンティングするということは
自分の苦労を認めてほしいってこと?
まーーーなんて図々しいんでざんしょ!!!

と、苦々しく思ったところで
冒頭の自分のセリフを思い返す。

「◯◯が大変だったんだ〜」

このセリフに対する返答の正解は
「そうだったんだ。大変だったね。
 辛かったんだね。」
である。

こんなん、コミュニュケーションの初手ですよ。
こんな返答で満足する私って
なんとまあ、可愛らしいじゃないの。

私はそう思うけども
相手は
「会話に正解を求める女、超絶ウザい」
と思うかもしれない。

それに、よく考えれば
「私、苦労したんだ」
に同調してほしいと言うことは
自分の苦労を認めて欲しいということ。

オゥ…
つまり!!
両者は同じ主張をしていたのだ!!!!

苦労の優劣は決めなくてもイイ。
ただ、
お互いの苦労(人生の軌跡)を尊重しないとだね。

と思い至ったのに
まだムカついている愚かなアタクシ。

プロメテウスに合わせる顔がない🙇‍♀️

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?