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製造業におけるニューラルネットワーク機械学習の活用~局所最適から全体最適へ


はじめに

昨今の市場のグローバル化に伴い、製造業における多品種少量生産への対応、研究開発期間の短縮、匠の技の伝承問題、品質問題、サプライチェーンと在庫適正化等、多くの直面する課題への対応に、業務全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)と業務プロセスデータ活用へ、世界レベルで取り組みが進められています。

業務プロセスデータ活用においては、最近話題のChatGPT等の生成AIでも活用されている、ニューラルネットワーク機械学習(Artificial Neural Network: ANN)モデルの開発、いわゆる生成AIと検証が進められています。

ANNの応用テーマのスコープは幅広く、業務担当者レベルの課題解決(例:検査工程の自動化)から、部門を超えたモデル共有による組織横断での意思決定プロセスの迅速化(例:営業利益率を改善するための材料選定及び不良率改善コストの適性化)へと進んでいます。

日本の得意技であるハードウェア製造と、人と人との擦り合わせ文化から、AIエージェントを活用した、高度なものづくりの変革が求められていると言えるでしょう。

このコラムでは、主にニューラルワークスユーザーの公開論文を中心に、典型的なテーマ毎に事例をご紹介します。

物理シミュレーション(CAE)に基づく製品設計コストの削減

 ニューラルネットワーク機械学習の応用として最近とくに注目されている
   テーマです。第一原理シミュレーションや流体解析、量子モンテカルロ計
 算など、対象のミクロな相互作用の仮説からマクロな系の特性を予測する
 ために必要な、超多自由度のシミュレーションには膨大な計算コストが発
   生します[1][2]。
 そこで、実施済みのシミュレーション条件と計算結果の関係を機械学習で
 モデル化(昨今注目されている生成モデル)し、次にそのモデルに基づい
 て要求される特性を与える条件を推定します。 
 この推定結果が妥当かどうかを最後にCAEで検証を行います。
 このループを繰り返すことで、網羅的計算よりはるかに少ない計算回数で
 要求される特性をもつ、材料あるいはデバイスの設計に活用が進んでいま
 す。
     CAEのデータ活用で問題になるのは、シミュレーションの結果と現物と
 の誤差で、現実には経験と勘でのチューニングが行われてきましたが、最
 近、この問題をANNで解決するソリューションが出てきています[3]。 

製造プロセス条件の最適化

 製造条件に対する製品の特性データを機械学習で学習し、逆解析から最適 
 条件を探ります。このループを繰り返すことで、従来の実験計画法よりも
 少ない実験回数での条件最適化を実現することが可能です[4]。
 モデル化にあたっては、対応する物理モデルが知られている場合には、物
    理モデルとの差分を学習することが、学習の効率化や解釈容易性の面でも
    効果的です[5]。
 モデル化の単位も、工程単位の最適化から工場全体の制御へ進展し[6][7][8]
 [9][10][11][12]、デジタルツイン化による運用最適化を目的とした、発電所
 の仮想プラント開発等の大規模シミュレーションモデルへと拡がりを見せ
 ています。 

非破壊検査業務への応用

 画像による不良判別、近赤外線の吸収スペクトルや音響データによる材質
 判別や欠陥の判別など、従来はコスト面でサンプリングによる評価が限界
 でしたが、作業者の五感によるアナログ判別に置き換わる形でANNの開発
 が進み、すでに多くの活用事例が知られています[13][14][15][16][17]。

匠の技の自動獲得

 旧来より経験と勘に依存した属人的なモノづくりからの脱却が叫ばれてか 
 ら久しい問題ですが、この問題の根本原因は、伝承すべき匠の技・ノウハ
 ウが、言語化・形式知化が困難な暗黙知の領域に固定化されてしまうこと
 です。
 この課題に対する先行事例として、プロカメラマンのカメラ制御ノウハウ
 のANNによる獲得を目的とした事例[18]は、ものづくり現場の問題解決へ
 のヒントを与えてくれます。

需要予測に基づく生産計画への適用

  多品種少量生産への対応、営業機会と在庫を持つコストのトレードオフの
 問題を解決するため、需要予測に基づく生産計画システムの運用が進んで
 います。
 特に、胆となる需要予測の精度改善には、受注実績だけでなく、失注・引
 合データを含めて、先行指標となる営業部門データや顧客(さらにその先 
 の顧客)に繋がる様々なチャネルのマーケティングデータの共有・活用が
 本質的に重要です。

設計情報(製品モデル)の共有から意思決定プロセスの全社最適化へ

 自動車開発において導入が進んでいる(3D CADデータに基づく)モデルベース開発におけるプラントモデル(物理モデル)の開発、プラントモデルの逆解析によるアクチュエータ制御設計の領域でANNの活用(例えば、エンジン開発にける燃費とトルクのトレードオフの課題の適性化)が進められています。また、この製品の動的モデルを設計部門だけでなく、製造部門から営業部門まで共有することで、顧客との対話をデジタル空間で行うイノベーションが進んでいます。
 最近では、製品モデルを使用した開発プロセスにおける、意思決定プロセス自体をモデル化し、デジタル空間での擦り合わせ(例えば、製品品質と営業利益のトレードオフの最適化)により、高い部門の壁ゆえの部門最適から、全体最適な意思決定へと取り組みが進んでいます。この取り組みは顧客体験価値を大きく変化させ、売上と利益拡大としてフィードバックされます。

以上のようにANNは、部門最適から全社最適へ、業務データに基づく製品や人間の意思決定に至るまで、企業の業務プロセスシミュレーションを実現することで、業務全般の課題を解決する強力な分析基盤となることがご理解いただけたでしょうか。

[1] 清水康司,渡邉聡 (2021) ニューラルネットワークを用いた原子間ポテンシャルの材料科学における応用事例,日本神経回路学会誌 28 (1), 3-30, 2021-03-05

[2] Giuseppe Carleo, Matthias Troyer, Solving the Quantum Many-Body Problem with Artificial Neural Networks, Science 355, 602 (2017)

[3] 山田高光 (2020),射出成形 CAE における AI 技術の応用, 成形加工 特集 ものづくりに役立つデータサイエンスVol.32 No.3 2020, pp.74-77

[4] 正本博士, 高田雅子, 永田和周, 重松幹二, ニューラルネットワーク解析法
による亜臨界水中でのマルトース加水分解反応の最適化,
Journal of Computer Chemistry, Japan Vol. 7 (2008) No. 5 P 171-178

[5] 物理モデルとニューラルネットワーク補正モデルの組み合わせによるモデリング手法
戴 英達, 馬野 元秀, 川端 馨, 第 35 回ファジィシステムシンポジウム 講演論文集 (FSS2019 大阪大学)

[6] 人工ニューラルネットワークによるスギの乾燥予測
Ken Watanabe , Yasuhiro Matsushita, Isao Kobayashi, Naohiro Kuroda, Journal of Wood Science,Volume 59(2013), Issue 2, pp 112-118

[7] ニューラルネットワーク解析による原料の物性からバイオディーゼル燃料の化学的性質の予測
Hiroshi Masarnoto, Tadafurni Kihara, Naoya Matsuoka, Ryo Takeshita, and Mikiji Shigernatsu, Transactions of the Materials Research Society of Japan 33[4] 1193-1196 (2008)

[8]秋山和輝, 沖寿之, 菅野利猛, 人工知能を用いた誘導炉の電力原単位の解析と対策, 鋳造工学 全国講演大会講演概要集 174 (0), 61-61, 2019

[9] 秋山和輝, 沖 寿之, 菅野利猛, 内田希、人工知能を用いた球状黒鉛鋳鉄の取鍋Mg歩留まりに対する各種因子の影響度調査鋳造工学 第171回全国講演大会講演概要集

[10]コンビナトリアルナノ粒子合成における高速データ解析への人工ニューラルネットワークの応用
Yuuichi Orimoto, Kosuke Watanabe, Kenichi Yamashita, Masato Uehara, Hiroyuki Nakamura, Takeshi Furuya, and Hideaki Maeda /J. Phys. Chem. C, Article ASAP DOI: 10.1021/jp3031122 Publication Date (Web): July 27, 20128

[11] 守行正悟、福田 弘和,植物工場での人工照明によるクロロフィル蛍光を使用したレタスの高スループット成長予測,Front. Plant Sci.(2016)

[12] 川島浩一(2023), 鋳鉄製品の不良低減と被削性を向上させるIoT/AIキュポラ溶解制御システムの開発, 月刊誌「素形材」 Vol.64 No.10 令和5年10月発行

   鋳物の技術-キュポラ熔解- (1954) 科学映像館, Science Film Museum

[13] 安部正高、琵琶志朗、松本英治、ニューラルネットワークを用いた
    2軸MFLTによる傾斜欠陥の形状推定, 日本AEM学会誌 Vol.17, No.2 (2009)

[14] 松本高利, 田辺和俊, 佐伯和光, 天野敏男, 上坂博亨, 近赤外分光とニュ
     ーラルネットワーク解析を組み合わせたプラスチック廃棄物の非破壊判
    別, BUNSEKI KAGAKU Vol.48, No.5, pp.483-489 (1999)

[15] Ken Watanabe, Isao Kobayashi, Yasuhiro Matsushita, Shuetsu Saito, Naohiro Kuroda, Shuichi Noshiro, Application of Near-Infrared Spectroscopy for Evaluation of Drying Stress on Lumber Surface: A Comparison of Artificial Neural Networks and Partial Least Squares Regression, Drying technology 32 (5), 590-596

[16] 長野 将吾, 谷垣 悠介, 福田 弘和, ハイパースペクトルデータを用いたシソの葉の内部時間の非破壊推定法, World Academy of Science, Engineering and Technology International Journal of Agricultural and Biosystems Engineering Vol:3, No:5, 2016

[17] 足立吉隆,松下康弘,上村 逸郎,井上 純哉, 機械学習支援の材料情報統合システム(MIPHA),「システム/制御/情報」 第61巻 第5号(2017)

[18] 奥田誠, 井上誠喜, 藤井真人, ロボットカメラ制御のためのカメラマンの撮影テクニック機械学習, OplusE, Vol.32, No.6, 701 (2010)

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