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『凍りのくじら』

やふぅー٩( 'ω' )و
今回は、積読の1冊を紹介します。

辻村深月 『凍りのくじら』 (講談社 、2008)


辻村先生の本は、軽い気持ちで入ったらすごい所だった。
毎回、そういう気持ちになる。

例えば、こんな感じだ。
少しお腹が空いたからカフェに行ったら、皿に乗りきらないほど、
大きなナンがセットのカレー2人前を出されていた、というような。

本のシーンによって、今はもう読みたくないともなるし、消化不良を起こすこともある。
そうなるくらい、毎回満足作品に出会うのだ。
最後まで読んだら、必ず最初のページに戻ってページを捲る。
最高か!!と、余韻に毎度ながら浸るのだ。


私が今回、読んだ本もそうだ。
『凍りのくじら』

白く凍った海の中に沈んでいくくじらを見たことがあるだろうか。
一面に張った氷と氷の割れ目、顔を出すのがやっとの狭い空間に海が覗く。そこから口を空に向けて突き出したのを最後に、くじらは大きな体を奥深くへと沈めていく。そしてもう二度と海面に帰らない。
ーー氷詰めのくじら、とメディアでは報道された。
氷原に迷い込み、挟まれて動きが取れなくなり、呼吸が奪われる。くじら自身にも、それを見守る人間たちにも、死ぬことがわかっているのに、どうにもできない。

辻村深月『凍りのくじら』(講談社 、2008)、9頁。


孤独、ひとりぼっちは嫌だ。
助けが必要なら、誰かに縋っても良いんだ。

最近、個人的に「(誰かが)一緒にいたから、頑張ってこれた」こういう話を立て続けに3つ聞いた。
うーん…
「1人は嫌だ」って、今めちゃくちゃグサリとくるから、方向転換で選んだ本だったのに。
まさかの、「ひとりは嫌だ」がテーマだった。

現代社会には、様々な孤独がある。

人に囲まれているけど、誰とも分かり合えない「孤独」。
学校や職場にいれば人がいるけど、その場から離れたら「孤独」。
誰かといることが多く、繋がりすぎている「孤独」な時のない「孤独」。
本当に、誰とも時間を過ごさない「孤独」。

今、思い浮かぶ範囲で列挙してみた。

ここ最近「一緒だから頑張ってこれている」と、3つの話を聞き続けている私は、読書後にもやはり一人は嫌だと思った。
一方、一人の時間もとても重要。
本当に、身寄りのない一人ぼっちは悲しいと思った。

氷というのは、私たちで言うならプライドや傲慢さなのだろうか。
傷つきたくない、格好つけていたい、知られたくない…

一人でも、しっかり生きていかないといけない。
我慢をしなくちゃいけない。
度が過ぎた場合、それは呪いとなり、いつの間にか自身の周りを囲む氷原と化すのかもしれない。
身動きできず、助けも呼べず、静かに内面から死んでいくのだろうか。

1人は怖い。
人が、氷原で静かに死ぬゆくことのないように。




ざっくりあらすじ

主人公は、ドラえもんと読書が大好きな女子高校生。
藤子・F・不二雄を、藤子先生と呼ぶ。
SF(すこし・ふしぎ)というように、彼女は周りにいる人を「スコシ・ナントカ」と密かに呼ぶ。

彼女自身の通う学校は、進学校。
他校にも友達のいる彼女は、いつも斜に構えたような姿勢。

家に1人で住む。
友達に両親は?ときかれても、なんとなくはぐらかす。

誰にも言わないが、彼女には達観しているようなキャラと、もう1つの顔がある。

彼女の母親は、癌で入院している。
すでに父親は、失踪していない。

2つの面を持つ彼女は、ある日図書館で「写真を撮らせてくれない?」と頼まれる。
それまで交友関係を持っていた友人と、少し違うタイプ。
青年と過ごすようになってから、彼女は変わっていく。


ネタバレあり 感想

感想については、思うこと多過ぎなので区分けして書く。

主人公の変化

この本の主人公に最初、イライラしていた。
それは、本書の49ページに書かれている彼女の思考だ。

本を読むのが大好きで、私は創作の世界から大事なことを全て教わった。戦争の痛みも死別の悲しみも、恋の喜びも、自分が経験する前に、本であらかじめ知っていた。私の現実感が妙に薄いのはそのせいかもしれない。小説や漫画の世界の圧倒的な残酷さに比べ、現実の痛みはどうしたって小さいことが多い。私はそこに感情移入がうまくできない。現実にあったら悲しいことでも、フィクションの世界では、ありふれた取るに足らない出来事。

前掲書、49頁。

お前さー(以下省略)

「スコシ・ナントカ」は、正直面白いと思った。
達観しているのは、勝手にしろって思いながら読み進めていた。
でも、ここだけはイラッとしてたまらない。

しかし、読み進めていくと分かる。
彼女は、氷原に囲まれたくじらのようだった。
早く大人にならないといけない。
斜に構える彼女を作ったのは、その環境だ。
そして、ここに挙げているようなことが実際に起こると、彼女はひどく動揺する。

物語が進むにつれて、彼女の内面が明らかになっていくので、出来事が起こる頃には動揺する彼女に対して「ほらな?」とは思わない。

主人公の大好きなドラえもん

主人公は、時に人をドラえもんに出てくる話や、道具を紹介して話す。

本書では、最初から最後まで、主人公の大好きな「ドラえもん」の話、その道具が出てくる。
私は、アニメも漫画にも触れていないので分からないが、毎回エピソードや道具の説明がされているので理解できた。

斜に構える主人公は、別所あきらという青年に会ってから、猛スピードで変わっていく。
別所と初めて話した時から、自身の通う学校の人より、他校の友達より素直に彼女自身のことを話す。

この会話内の随所に、ドラえもんが出てくる。

全然知らなかったけど、ドラえもんって哲学なんだ?!って話があった。
例えば『どくさいスイッチ』について。

「ーー『悪魔のパスポート』もそうだけど、『ドラえもん』の中で描かれている教訓はのび太くんを信じた上で成り立っているよね」

前掲書、305頁。

どんな便利な道具も、ドラえもんはのび太が悪用しないだろうという前提で出している。
これは、「信用」と「信頼」にも関わることじゃないか。
ドラえもんとのび太の間には、信頼があったんだ。
なぜなら、条件付けすることなく、ドラえもんはのび太に道具を渡すから。
本書を読み終わる頃には、『ドラえもん』の知識皆無の私でもすっかり『ドラえもん』好きになっていた。

この本に出てくる映画、『のび太の海底鬼岩城』は早速観ました。
どれだけ『テキオー灯』が大きな存在なのか。
本書内でも映画でも、生命に関わる重要な道具だった。


人間関係

主人公と同じ学校に通う人たち。
他校の友達。

どの人とも主人公は、はじめ真剣に向き合ってはいない。
忠告も聞かないし、テキトーなその場にふさわしいキャラを演じる。

進学校に通う同じ学校の生徒。
生徒会の子と、クラスの子。
互いを嫌いだと明言しながら、主人公の母の葬儀には一緒に来る。

他校の友達。
主人公に真剣に向き合い、言いたくないことも主人公にしっかり言う。
主人公が忠告を聞かなかったから、問題が生じてしまうが、それについてもきちんと主人公を叱ってくれる。
最初から、本気で人に向かっているのだ。

序盤からいるやばい元彼。
読んでいながら、その変貌に心底ゾッとする。
辻村先生の、こういう人への焦点の向け方が本当に興味深い。
「かわいそうな自分」に酔っている状態のまま、彼は結局最後まで変わらない。
読書後、私は変われない・気付けない彼をかわいそうだと思った。
同時に、自分がこうならないように願った。

郁也
主人公が早退した日、電車で見かけた男の子。
主人公の父の友人であり、父の代わりを担う人の息子。
理由あって、家政婦と2人暮らし。
最後、やばい元彼に危ない目に遭わされるが、この少年の存在と家政婦さんは、間違いなく主人公の周りにあった氷原を溶かした。

以前は話せていたが、話せなくなってしまったので病院に通っている。
そして、郁也の誕生日の日に一緒にいた女の子「ふみちゃん」。
待って、この名前!!!!そして、容姿の説明!!
あのふみちゃん?!だよね?!

途中から見かけなくなったのなら、それって…と期待してしまう。
これ、めちゃくちゃ嬉しかった発見。

別所あきら。
最後に『テキオー灯』を出してくるとは。
そして、主人公の父親の名前にふりがながなかった理由。
好きな子って母さんだったの?!
あげようと買ったネックレスも。

病気を宣告され、最期を見せないように失踪した父親。

父、母、主人公。
本書に出てきた「凍りのくじら」の説明を思い出す。
3頭のくじら。

これが、もしこの一家に例えられるとするなら、娘は氷原から救い出されている。
再び呼吸し、感情を取り戻している。


まとめ

タイトルが『凍りのくじら』の本書。
主要登場人物は、名前に海に関わる漢字を持つ。
出てくる会話に「今度、海を見に行こう」というのも、いくつかある。
徹底して最初から最後まで、海にまつわる物語でもある。
それに気づいた時にも、美しくて圧巻された。

いくつもの伏線があるので、全ての感想を書くのは難しい。
そういうわけで、読んで面白いことはもちろん。
多角的な方面から、この本を読む楽しみがある。

さて。
私が思ったことを、大きく今回2つにまとめる。

第一に、やはり一人ぼっちは嫌だということ。
それが、いかに忍耐が必要とされる苦しいものか。
ゆっくり沈んでいくのは、怖い。

もう1つは、『ドラえもん』。
徹頭徹尾、この本には辻村先生の『ドラえもん』への愛と、藤子・F・不二雄への尊敬を感じた。
また、本書には主人公の父が『ドラえもん』を哲学だと言う。
『ドラえもん』を、まったく知らない私は影響をバッチリ受けた。

主人公が郁也にあげた映画、『のび太と海底鬼岩城』は既にNetflixで観た。
もちろん映画は面白かったし、『テキオー灯』が出てきた時は、「これかー!!」と声が出そうになった。
この映画が、自分の生まれる前の映画だと知った時は、なぜだか驚愕した。
ドラえもんの歴史!!

漫画も、10巻まで買ってみた。
(1974年の漫画って、こんなに感覚が違うのか…!!衝撃)

毎度ながら、辻村先生の書く本が好きです。
複数箇所に散りあめられた伏線回収の素晴らしさ、人間の傲慢さを描くリアルさ。
その全体となるストーリーの面白さ。

この本も、おすすめしたい1冊。

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