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CALVIN KLEIN 205W39NYCの敗北史

 CALVIN KLEIN 205W39NYCというブランドを知っているだろうか。
 既に過去のものとなったこのブランドは、鬼才芸術家ラフシモンズとアメリカを代表するファッションハウスCalvin Kleinの実らなかった恋の歴史そのものであり、その失敗について知ることはラグジュアリーの本質について考えることそのものである。



CALVIN KLEIN 205W39NYC とは?

 Calvin Klein 205w39nyc(以下205w39nycと表記する)とは、ファッションデザイナーRaf Simonsのクリエイティブディレクションの下、2017年から2019年までの3年間展開されたCalvin Kleinブランドのコレクションラインの名称である。
 2017年にCalvin Kleinのヘッド・クリエイティブ・オフィサーに就任した時点でのRaf Simonsのファッションデザイナーとしての名声は絶大なものであり、アメリカンカジュアルファッションの代名詞的存在であるCalvin Kleinとのダブルネームには多大なる期待が寄せられていた。Raf Simonsは自身が得意とする現代アートからのインスピレーションを活かしながら非常に革新的かつ独特なアプローチでコレクションを展開したものの、その特異的なまでの独創性と強気な価格設定はCalvin Kleinブランドのコアとする顧客層には合わず、売上の減少等を理由に2022年12月に契約満了を待たずして解雇される結果となった。
 このnoteでは、4シーズンと短い期間で終わってしまった205w39nycについて総括を行う。その付随として、ファッションデザイナーであるRaf Simonsの意図と企業としてのCalvin Klein(ないしは親会社であるPVH)の経営方針の食い違い、Raf Simonsがアーティストとして描き出そうとした資本主義社会としてのアメリカとその現実のズレ等の様々な問題を浮き彫りにしていきたいと思う。今から綴られるのは、アメリカ資本主義を愛し、愛したアメリカ資本主義に裏切られた孤高のファッションデザイナーの物語である…
 まずは、デザイナーであるRaf SimonsとCalvin Kleinというブランドについて前提を確認していこう。

Raf Simonsについて

Raf Simons本人

 ベルギー出身のファッションデザイナーで、1990年代に自身の名を冠したメンズウェアブランドRaf Simonsでコレクションデビュー。アートや青年文化と密接に関連したメッセージ性のある洋服作りで知られる。Jil SanderやChristian Dior等のビッグメゾンでのディレクターも務めた。2021年春夏シーズンよりPradaの共同クリエイティブディレクター。2023年春夏をもって自身のブランドRaf Simonsの終了を発表。

Calvin Kleinについて

Calvin Kleinの下着広告(1992年、モデルはMark WahlbergとKate Moss)

 1968年に設立されたアメリカのファッションブランド。1970年代以降は下着やデザイナーデニムへと展開を広げていき、ジーンズで一躍有名となる。1995年よりCalvin Klein Collection(ランウェイライン)を開始。アメリカントラディショナルをベースにした機能的でマスキュリンなシンプルデザインが特徴。ボディラインを強調した洗練されたシルエットがNYのキャリアウーマンに人気を博した。2002年、PVHが3億ドルで同社を買収し、同時にCalvin Klein本人はデザイナーの座から降りる。
 そして2016年8月2日、Raf Simonsがチーフ・クリエイティブ・オフィサーに就任。コレクションラインのCalvin Klein Collectionは「CALVIN KLEIN 205W39NYC」と改名された。2019年に同コレクションラインを休止。2021年秋より新たなメインラインとしてCalvin Kleinのアパレルをローンチし、現在に至る。(以上、Fashion Press記事より引用) 


ブランド開始のきっかけ

 Raf Simonsの就任を発表するブランドの声明によれば、同氏の起用理由は「1つのクリエイティブビジョンのもとにCalvin Kleinブランドの数々を統一すること」とされている。この戦略は2013年のCalvin Klein Jeans/Calvin Klein Underwear事業の再獲得を踏まえて2016年4月の段階で発表されており、全世界売上100億ドルを目指すという同社の戦略目標実現に向けて、今までよりも高価格帯にもレンジを広げてのプレミアムブランドとしてのポジショニングを確立することが狙いだったと考えられる。

"The attraction and the reason why I came to Calvin is because it has the highest and the lowest and everything in between, so you can reach out to everybody"
僕がCalvin Kleinに魅力を感じて来ようと思ったのは、最高級ラインから一番安い価格帯までをくまなくカバーしていて、誰しもに届くブランドだからです)

Raf Simons, Amuseとのインタビューにて

 また、SimonsをChief Creative Officerとして起用すると同時に、同社はPieter MulierをCreative Directorとして迎え入れている。このPieter Mulierという人物は長年Simonsの右腕として活躍してきたベルギー出身のデザイナーであり、Calvin Klein下のメンズ/ウィメンズデザインチームや、その他ラインにおけるデザインへの落とし込みは彼の手によって執行されることとなった。なお、Mulierは2021年にAlaïaのクリエイティブディレクターに任命されている。


Raf Simonsによるブランド改革

 鬼才Raf Simonsを満を持して迎えたCalvin Klein。
 コレクション全体を監修するCreative/Artistic Directorに留まらず、ブランド全体の運営に関与するChief Creative Officerの肩書きの下、Simonsはブランドのイメージを大幅に刷新した。それは、パリを中心としたヨーロッパモードに対するアンチテーゼとして支持されてきたアメリカンファッションをヨーロッパ人のSimonsが極端なまでに拡大解釈した、現代アートにも迫るような前衛的なものだった。そして皮肉にも、わかりやすいヒーローを好むアメリカの大衆層にはそのクリエイションは到底理解不可能なものであり、Calvin Kleinというブランドが受け止め切れる振れ幅を遥かに超越したものだったと言える。

ブランドロゴの刷新

 グラフィックデザイナーのPeter Savilleによる新しいブランドロゴを導入。

NYCのフラッグシップストアを筆頭とした路面店舗のリデザイン

NYCのMadison Ave.にあるCalvin Kleinの旗艦店(2019年にSimonsの退任と同時に閉店)

 1995年に開店したNYCの旗艦店の内装を刷新。友人であるアーティストのSterling RubyやBenjamin Mooreのアートワークを散りばめた前衛的なストアデザインになっている。当時のストアの様子やストアスタッフの様子はInstagramアカウント「Class of CALVINKLEIN205W39NYC」から確認することができる。

コレクションラインの名前を「CALVIN KLEIN 205W39NYC」に変更

 Calvin Kleinは1995年より「Calvin Klein Collection」の名前でコレクションラインを発表していたが、これを「CALVIN KLEIN 205W39NYC」に変更した。この名前はCalvin Kleinのニューヨークの本社の住所「205 West 39th Street, New York City」から取られている。
 ここからは筆者の解釈だが、この205W39NYCという文字列は本社の住所という原点回帰の意味をもつ以上に、やはり無機質・機械的で文脈のない「現代アート」的な印象を与える。Raf Simonsは自身のブランドでもタイポグラフィーをデザインに多用するが、無意味(あるいはそれに近い)文字列に本来の意味されるところのものから無関係な美意識、エモーションを重ね合わせるというRaf Simons的な感性は、まさしく抽象画やタイポグラフィーを鑑賞する際の我々の感覚と共鳴する。その意味において205W39NYCというネーミングにはデザイナーの個性が顕現していると言える。その個性こそがRaf期Calvin Kleinの「大衆ウケしない」「見る人を選ぶ」特徴であり、後に大衆を置き去りにしてブランド全体の業績不振をもたらすこととなるのだが…

Calvin Klein Collection Spring/Summer 2017(Raf就任直前のコレクション)
HERO Magazineより
CALVIN KLEIN 205W39NYC Fall/Winter 2017(Raf就任直後のコレクション)
HERO Magazineより

ビスポークサービスの提供開始

 2017年春のパリ・クチュールウィーク期間中、Simonsは「Calvin Klein by Appointment 1-14」と名付けられたmade-to-measureのコレクションを発表した。それまでCalvin Kleinによるビスポークサービスはセレブリティのみを対象としていたため、これは初の試みであった。

Calvin Klein by Appointment 1-14の1ルック(VOGUEより)

コレクション毎の反応

 205w39nycのコレクションは2017年春夏から2019年プレ秋冬までの3年間、6コレクションしかない。

Fall/Winter 2017

 Raf SimonsによるCalvin Kleinのデビューコレクション(先述のCalvin Klein by Appointment 1-14を除いて)。テーマは「アメリカの若者」(デザイナー談)。ショーは朝10時に開催され、会場は歴史あるCalvin Kleinの本社。アメリカ的な効率主義、プラグマティズムを強く押し出したセッティングの中行われた。サウンドトラックはDavid Bowieの"That Is Not America"であり、外国人であるSimonsの思い描くアメリカ像が自虐されている。

 このシーズンの目玉スタイルは、"205"の文字が刻まれたタートルネックの上にボタンダウンのデニムウェスタンシャツかデニムジャケットをはおり、それを同色/同柄のジーンズにタックイン、足元にはメタルチップが特徴的なウエスタンブーツという組み合わせだった。

柔らかい伸縮性コットンのタートルネック
足元にはメタルチップ付きのウェスタンブーツ
筆者の一番のお気に入りのルック。美しいネイビーダイのデニムに赤のコントラストステッチ。
星条旗の色そのものである。

 デビューコレクションということもあってか、この後に続くシーズンに比べると比較的シンプルなルックが多かったのが特徴である。WWD誌による評価も、どちらかというと好意的なものだった。総じて、原色系の力強い色をぶつけて人工的な美しさを生み出すのが得意なSimonsのスキルが活きていた。

It was a great debut. Of course, how Simons’ tenure plays out remains to be seen.
(素晴らしいデビューコレクションだった。もちろん、Simonsの在任期間が今後どうなるかはまだまだわからないが。)

WWD誌によるレビュー

Spring/Summer 2018

 2回目のランウェイとなる2018年春夏のインスピレーションはアメリカの映画産業。ハリウッドのドリームファクトリー、そこにあるアメリカの光と闇。ヒーローだけではなく、敵役、悪役にも目配せをして、常にダークな側面に引っ張られている我々という存在の「後ろめたさ」を想起させる…Simonsらしさ盛りだくさんのコレクションになっている。

“It’s about American horror and American beauty,” says Raf Simons. “Fashion tries to hide the horror and embrace only beauty. But they are both a part of life. This collection is a celebration of that: a celebration of American life.”
「アメリカらしいホラーとアメリカらしい美の両方が大事なんです」とラフシモンズは言う。「ファッションはホラーを隠して美しさばかりを大切にしようとします。だけれど人生には両方が存在するんです。このコレクションはそのことへの賛美です。つまり、アメリカ人の暮らしへの賛美」

Raf Simons

 アメリカ社会に散在するアメリカ的記号が異なる文脈からランダムに集められて再構築されている様は、まるで映画のようである。

Andy Warhol Foundationとのコラボレーションも発表
錆びのようなグラフィック加工のされたレザーが登場。アメリカ社会の「光」煌びやかさを連想 させるカラフルなナイロンのルックたちと対をなすような「ダークヒーロー」的なニュアンス
きつめの発色の光沢感あるパンツに補色のインナー、落ち着いた色のコートを合わせるスタイルはSimonsが現在監修しているPradaでも顕在である。

Fall/Winter 2018

“This collection is an evolution of my idea of CALVIN KLEIN—of a view onto American society—but now wider, universal. It’s an allegory for a meeting of old worlds and new worlds, relating to the discovery of America, the 1960s Space Race, and the twenty-first century information age. Reflecting the notion of democracy, there is no cultural hierarchy: the mixes emancipate clothing and references from their meanings, from their own narratives, and collage them to discover something different—a different dream. More than anything else, this collection is about freedom. A word that defines America, and CALVIN KLEIN.”
「このコレクションは私の考えるCalvin Klein、それもアメリカ社会をどう見るかという意味での、の進化形です。より幅広く、普遍的な形での。これは、旧世界と新世界の出会いの寓話であり、アメリカ大陸の発見、1960年代の宇宙開発競争、そして21世紀の情報社会といった要素を関連づけています。民主主義の考えを省みれば、そこには文化的な階層構造はありません:様々な要素をミックスすることで、それぞれを元々もっていた意味やコンテクスト・物語から切り離して、コラージュにして、新しい何か、新しい夢を発見できるようにしてあります。何よりもこのコレクションは自由をテーマにしています。アメリカ、そしてCalvin Kleinを定義づける「自由」という言葉です。

Raf Simons

 このコレクションのタイトルは「LANDSCAPES」。19世紀のアメリカの平原に建てられた小屋を想起させるインスタレーションとAndy Warholの絵画、Sterling Rubyによる作品がミックスされたランウェイ。


Resort 2019

 2018年夏に発表された2019年のリゾートコレクションは、ルックブック形式での発表になった。既に205w39nycのトレードマークとなっていたカウボーイ(ウェスタン)ブーツや消防士風のディテール、バラクラバといったディテールは引き継ぎつつも、色使いの面で更に探求を進めている。

消防服のテープのディテール、腰回りが膨らんだロングスカート、エメラルドブルーと赤の補色を活かした派手なカラーリング(DESIGN & CULTURE BY EDより)

 また、このコレクションで登場した新アイテムに、大学のロゴを使ったアイテム群がある。Simonsによる「アメリカ」の再解釈はカウボーイ、消防士、デニム、映画産業等様々な要素に着目してきたが、Ivy leagueもその一連に加えられることになった。

YALE大学のロゴの入ったハンドバッグと制服風のブレザー(DESIGN & CULTURE BY EDより)

Spring/Summer 2019

 おそらく…おそらくだが205w39nycの短い歴史の中でも最も難解で人々の共感を得られなかったのがこの2019年春夏ではなかろうか。
 第一に、このコレクションはこれまでの205w39nycでテーマにされてきたようなワークウェアやウェスタンの雰囲気を一切断絶させている。代わりにテーマとなったのはスティーブンスピルバーグ監督の映画「JAWS」である。JAWSのグラフィックはUniversalからライセンスを受け公式に利用されているが、各ルックでモデルが身につけているのは労働階級の洋服ではなく、上流階級がリゾート地で身につけるようなウェアに変わった。Simonsは今度はアメリカ人の「バカンス」にその着眼点を移したのである。ウェットスーツが登場するのだが、これが複雑なグラフィックと組み合わせられているためにまずそのことを汲み取るのが難しい。
 第二のポイントは、このマリンウェアに組み合わせる形で登場する「大学」のモチーフである。これは直近のResort 2019のコレクションで先出しされていたのだが、アカデミックキャップにブレザー、下半身にはウェットスーツ、足元はポインテッドトウのウェスタンブーツと、もうカオスそのものになっているのである.…
 Simonsの作る洋服はアートに近い。そう思えば、この「違和感」が良い、そう解釈できるかどうかでこのコレクションの好き嫌いははっきり分かれるだろう。いずれにせよ本当に面白いのは、これが新進気鋭のデザイナーズブランドのコレクションならまだしも、あのアメリカの王道ブランドCalvin Kleinのランウェイなのである!Simonsは鬼才だ…

タイダイ(アメリカン!)のタンクトップにホルスタイン柄の裏地のついたポリエステルのウェットスーツ、ラバー製のウェットスーツにミリタリー風のチェストリグ(highsnobietyより)

 コレクションノートにはAndy Warholの自伝からの引用が掲載されていた。

“People sometimes say the way things happen in the movies is unreal, but actually, it’s the way things happen to you in life that’s unreal.”
「ときどき人々は映画の中で起こることは非現実的だと言いますが、実際には日々の生活の中で我々に起こっていること自体が非現実的なのです。」

Andy Warhol, "From A to B and Back Again"

 事実は小説よりも奇なり、ということなのだろうか。もしかしたらそれがSimonsから見たアメリカという国家に対する最終的な見解なのかもしれない。そう感じてしまうくらい非現実的なコレクションであった。

Pre-Fall 2019

 とうとうラストコレクションとなった。このシーズンは題名の通り「プレ」なので、ランウェイではなくルックブックである。
 内容としては、直前の難解を極めるランウェイとは打って変わって今までの205w39nycのベーシックな世界観に戻っている。目新しい点としては、70年代風のレトロなディテールが若干組み込まれているという点であろうか。
 総評として、この後に本来であればあったはずの2019年秋冬コレクションへの前座でしかなかったのだろうし、それだけに2019年秋冬があったとしたらどのようなコレクションになっていたのかが気になるところである。

インナーのキルティングにチェッカー模様が使われており、Simonsはモータースポーツカルチャーに着目しようとしていた可能性が見受けられる…?(Hypebeastより)
クラシカルなAラインシルエット(Hypebeastより)
レトロなボアコート、ブルーデニムにブラウンのスエードの切り替え(Hypebeastより)



財務的なパフォーマンス

Simonsのせいで売上成長は鈍化してしまった

 伸びていない。

「Calvin Klein」ブランドのグローバル売上、2017年から2021年
(Statistaより)

 Simonsによるコレクションが発売になった2017年の春から退任の2019年いっぱいまでで、ほぼ横ばい。2年間で6%の成長 = 年あたり3%の成長…大幅なブランド刷新をした割には鈍い。
 ただ一応伸びてはいるのだ。では何が問題だったのかというと、Simonsが指揮を始める以前は、もっと伸びていたのだ。具体的には、年あたり6%のペースでトップラインの売上が成長していた。

28.59億ドル(2014)
29.23億ドル(2015)
31.35億ドル(2016)
34.62億ドル(2017)
(年あたり7%の売上成長)

Fashionbiより

 そんな訳なので、Simonsが就任したことにより皮肉にも売上成長は鈍化するということになってしまったのだった。このパフォーマンス不振は、PVHの株主にとっては面白くなかったことだろう。そんなわけで、Simonsの205w39nycは残念ながら失敗に終わってしまったということなのである。


まとめ〜失敗の原因は何だったのか〜

 205w39nycは、ヨーロッパの芸術肌デザイナーとアメリカの資本主義的ブランドの奇跡のコラボレーションだった。デザイナーRaf SimonsはPVH社の下で莫大な裁量権と資金的バックアップを受け、外国人の目線から見たアメリカを洋服に落とし込んでいった。その結果生まれた世界観は大変難解なものとなってしまった。

「分かり易い」とはとても言えないCALVIN KLEINの広告-1
「分かり易い」とはとても言えないCALVIN KLEINの広告-2

 一方運営会社であるPVH側の目線では、ラフシモンズというデザイナーは「世界的ビッグネーム」でしかなかったように思われる。おそらく、彼らは「Calvin Kleinというブランドの数々のラインを一つに統合する」器と知名度があるようなデザイナーであれば良かった。

 Raf Simonsが205w39nycで描き出そうとした情緒とは、資本主義を追求し続けている今日のアメリカではなく、プラグマティズムやアメリカ社会の過剰性、スペクタキュラーなものへの執着心を一歩引いてディストピア的なものとして眺めることで浮かび上がってくる情緒であった。この世界観を理解するには、目の前の洋服の形や色彩を表層的になぞるのではなく、そのデザインの背景にあるブランドとデザイナーの文化背景的関係性、ディストピア的アメリカ社会を「あえて」抒情的だと感じ取れるような「逆転の発想」をもっていることが必要条件となっており、それは大衆層の消費者に持っていることを期待できるようなものでは到底なかったということなのである。

 個人的には、205w39nycの洋服は大好きである。今でも日々ディグって、集めている。以上のようなギクシャク感が、筆者にとってはたまらなくツボである。


参考文献

 文中でリンクを掲載したものは省いている。


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