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タイプレミアリーグには、ダッサくて最高にかっこいいサッカーがあった。

マーケットの近くの地下鉄に乗りこむ。もうチケットを買うのも慣れてきた。

グネグネと曲がってバンコクを走る地下鉄は、10分おきくらいにくる。18時前、試合開始は20時なのでスタジアムのご飯でも食べようか。

少し空調の効きすぎている地下鉄はスタジアムのある駅へと急ぐ。今回見に行く試合はポートFCとPTTラヨーンの試合。スタジアムはサッカー専用らしい。なんともテンションが上がる。ちなみに選手は誰も知らない。というか駅からの道なりもわからない。

電車はポートFCのホームスタジアムであるPATスタジアムの最寄駅に着いた。クイーンシリキットナショナルコンバージョンセントロという絶対に二度と降り立つことのない駅である。

改札を抜けても、人通りは少ない。よくわからないが、腐ってもムアントンとかブリーラムがいる一部リーグなのだからユニフォームを着たサポーターがいてもいいだろう。

マップを起動し、PATスタジアムを入力する。地図案内では駅前の市場の従業員通路のようなところが青く表示される。生臭いその道を、意気揚々と日本人が歩く。



市場を抜けてもサポーターの姿は見つからない。そもそも試合情報を最後に見たのは、タイ行きの航空券を取るときだった気がする。不安が押し寄せる。とりあえず市場にいた少女がじっと見てくるので写真を撮ってみた。時刻は18時半、まだ余裕があった。

マップは大通りを表示する。位置的にはもうすぐなのだが、圧倒的な大通りを歩くように指示される。もちろん歩道なんかなく、左車線の汚い水が溜まっているようなところを頻繁に振り返りながら進む。



ふと上を見ると、なにやら光が。おそらく着いた。海外の立派なエントランスがあるスタジアムでないことはわかっていた。それにしてもものすごく静かなのである。

入り口を探して歩き回る。スタジアム周りは柵で覆われていて外から中の様子を見ることができない。ただここでようやく赤いユニフォームを着た集団を見ることができた。

小さなゲートの周りに赤い集団が集まっている。ゲートの外には軽い軽食とジュースが売られている。表記は全てタイ語で、完全に海外の観客なんていない世界であることを感じる。

その場で写真を撮っていても仕方がないので、ゲートの隣にいたスタッフに声をかける。今来たことと、チケットが買いたいことを伝える。この瞬間にこのゲームが20時キックオフでなかったことを知る。いや、正確には日本時間で20時キックオフだった。時差っていうのがあるんですね。

衝撃は止まらない。気だるそうなそのスタッフは、拙い英語で「SOLD OUT」とつぶやいた。ポートFCとPTTラヨーンの試合はそんなに人気があるのかと。

呆然と立ち尽くしていると、赤い集団に囲まれる。日本人だというとかつて所属していたらしい日本人を知っているのか!?と質問攻めされる。当然知らないが、わらってやりすごすと一緒にこいと中に連れられる。スタッフが右腕に再入場のはんこを押して無事に入ることができた。なにもかも理解していなかったが、さすが微笑みの国、寛大である。

無事入場し、その熱心なサポーターの近くに腰をかける。ビジターメインスタンドだった。こういうのはゴール裏ではないのかなと思っていたら、ゴール裏では太鼓のリズムで赤い集団が歌っている。



ようやくゆっくりスタジアムを見渡すと、確かにパンパンの専用スタジアムがそこにあった。日本でいうと柏のような簡易的な造りながら選手の息遣いが本当に聞こえる近さだ。

どうやらすでに前半は終わっていたらしく、1-1の表示が電光掲示板に映し出されていた。少し調べると、ホームのポートFCは2位なのに対して‘‘我らが’’PTTラヨーンは下から2番目だった。少しして、後半が始まる。

どうやらここに来たことが正解だったと、開始1プレー目のスタジアムの反応が教えてくれる。PTTラヨーンの一本のスルーパスが右サイドに通る。明らかに高級取りそうな外国人選手がタイ人DFを抜き、左足を振る。

結局DFにあたり、惜しくもなんともないプレーだったが、PTTのサポーターは大騒ぎしていた。そしてそのボールの行方を追って、少し恥ずかしそうに仲間と笑い合う。それだけで十分だった。多分どんなに有名なクラブのサポーターもここも、サッカーに対する興奮に変わりはないのだろう。



その後も試合は進むのだが、その内容は戦術に全く知見のないぼくからみてもレベルの低いものだった。ひたすら相手の裏にボールを蹴って追いかける試合はテレビで見ていたら確実にチャンネルを変えていることだろう。

しかしもはやピッチに目を向ける必要がないくらい観客の動向が面白い。なんというかピュアなのだ。ひとつひとつのプレーにゴールが入ったような熱狂を見せる。激しいタックルには両手を広げて抗議するし、味方の良いタックルには立ち上がってガッツポーズを決める。日本のスタジアムならば冷笑を誘ってしまう‘‘アツイサポーター’’しかいない。これをタイで見ることができていることが全てなのだと思った。

こんなに終わってほしくない試合はなかなかない。W杯でも感じたことのない感情がまさかPATスタジアムにあるとは思わなかった。サッカーは大人を子供にするというが、その通りだと思う。これは体感しないとわからない。

タイのサッカーは強くなるんだろうと確信する。ビジネスとかの面ではまだまだかもしれないが、純粋にサッカーにピュアなことは根底に必要だと思う。それはサポーターが十分なほどに示してくれた。

試合は1-1で終わりを迎えた。見ている範囲では点も入っていないし、内容も面白くない。ただ、引き分けなのに客席に向けて雄叫びをあげるPTTの監督、コンコースで抱き合っているサポーターを見て、一試合にかける重みを感じた。なによりそれは、来場者プレゼントなんかでは満たされることのないエンターテインメントだった。


試合終了後、なぜかPTTのサポーターと写真を撮ってスタジアムを一周する。バックスタンド側に露店が出ていて、ビールを飲みながらサポーターの会話を眺める。17バーツのビールが、この旅で最もうまかった。

あいにくタイ語は分からないが、サッカーの話をしているのかそれとも違うのか。どちらであれ彼らにとってサッカーが日常にあることは間違いがないだろう。



バイクタクシーを呼ぶ。
後ろにまたがり、並走するユニフォーム姿のサポーターを横目にバンコクの夜を駆け巡る。あまりにも綺麗なこの街に、サッカーがある。


タイに来てわずか3日。タイのサッカーを全て知ることになったとは到底思えない。しかし貧困街でユニフォームを着る少女、売られるユニフォーム、小さなサッカー専用スタジアムと、そこにあるサッカーに熱狂するサポーターに心が躍った。

そしてサッカーでなければいけない理由もなんとなくわかった。これはこれから生きていく上で基盤となることだろう。我を忘れてなにかに熱中する姿は人の心を動かす。サポーターはそんな役割を担っている。

ピッチの選手が作り出すプレーがサッカーのメインカルチャーだとしたら、それはサッカーのサブカルチャーだ。

離陸前にカメラロールを見ているとなんだか身体が熱くなってくる。タイのサッカーに魅せられたからなのか、ビールが今さらまわってきたのかわからないが、おそらく前者なのだろう。

名残惜しい気持ちを置いて、飛行機は地を離れる。
なにかに思い詰まったらまたここに来てみようと思う。
身体が熱くなることを期待して、今度はビールの飲み過ぎかもしれないけれど。


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バンコクの夜にぜひどうぞ。

[きのうのnote]


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