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言っちゃなんだが〈リベラルはカッコいい〉

書評:田中拓道『リベラルとは何か 17世紀の自由主義から現代日本まで』(中公新書)

近年、わが国において「リベラル」のイメージが悪くなったのは、「リベラル」を自称する政治家の多くが、理想を口にするわりには実績を残せず、時にはあろうことか、腰砕けの醜態を晒したりしたからではないだろうか。一一いや、それだけではない。

「リベラル」が、世界的にも不人気になったのには、それなりに理由があるはずだ。だが、その「理由」とは、昔からずっと変わらない本質的な弱点であると同時に、時代状況の変化によるところもあったはずで、単純に「リベラル」が良いとか悪いとかいった話ではないというのは、すこしでも物を考える人間には、自明の前提なのではなかろうか。
ならば、私たちはまず、「リベラルの歴史」を学び、次に「リベラルの現在」を検討し、「リベラルの採るべき方策」を考えなければならないわけだが、本書はまさにそれを教え、考えさせてくれる一書となっている。

「リベラル」について考える本を何冊か読んで、私が思うには、「リベラルと保守」の対立とは、簡単に言えば、比較的恵まれた人の「理想主義」と、同じく比較的恵まれた人の「現状追認主義」の対立であり、言い換えれば「弱者を救いたい」と「我々の生活を守りたい」の対立なのではないかと思う。
そして、これはもう「どちらが正しいか」の問題ではなく、個人的な「感性」の問題ではないだろうか。

つまり、人間誰しも「自分が大事」だから、まずは自分の小さな幸せを守ろうとするのは当然であり、その意味での「保守」というのは、ごく「当たり前」であり「自然」なのだ。
しかし、人間というのは、欲深い生き物だし、食って寝るだけでは満足のできない、想像力を持った生き物なので、自分の生物的な幸せだけでは満足できず「他の人も幸せになってほしい! 苦しんでいる人を助けたい!」などと願うのもまた、人間の人間たる所以なのである。

そんなわけで「保守主義者」というのは、よく言えば「堅実」だけど、想像力が貧困で、目の前の欲望の充足だけを目指す。一方、「リベラル」というのは、よく言えば「想像力が豊かで、思いやりがある」のだが、いささか「夢見がち」で「危うい」ところがあるようだ。
このようなわけで、単純に「どちらが正しい」とは言えないのだが、両者がしばしば対立してしまうのも避けられないところなのだろう。なにしろ、性格が真逆だからである。

しかし、普通に考えて、世界が「保守」一色に染まってしまったら、この世は「我利我利亡者の世界」に堕してしまうだろう。自分のことしか考えない奴ばかりののさばる世の中が、人間の生きるに値する世界だとは、とうてい思えない。
その一方、「リベラル」が、一方的に突っ走るというのも、極めて危険だ。「走り出せ、走り出せ」とか言っているうちに、断崖絶壁の奈落へ落ちてしまうかもしれない。

ならば、やはり、人間の理想としては「保守とリベラル」両方の特質を、うまく兼ね備えなければならないだろう。そうでなければ、「生きるに値しない世界」か「世界の破局」かを選択しなければならない、みたいなことになってしまう恐れがある。

そこで、本書の後半に示されるのは「保守的狡知を兼ね備えたリベラル的行動」という、あるべき姿である。
例えば、ある特定の「弱者を救え」では、その「弱者(A)」から漏れたと感じた人たち(弱者B)が、「弱者A」を敵視し、それを救おうとする「リベラル」に不信感を抱き、結果として、ザ・ブルーハーツじゃないけど

『弱い者達が夕暮れ さらに弱い者をたたく その音が響きわたれば ブルースは加速していく』
(作詞:真島昌利「TRAIN-TRAIN」)

ということにもなるだろう。

だから、「リベラル」が「最も阻害されている人たちを(真っ先に)救いたい」という理想を持つのはいいんだけど、「弱者」にもいろんなタイプの、いろんな程度の「弱者」がいるという「現実」に慎重に配慮して、「弱者の分断」を招かない「狡知さ」が必要なのだ。

そんなわけで、本書には「リベラルの歴史とその基本的性格」を踏まえつつ、超えていくべき「リベラルの弱点」も、きちんと示されている。
したがって「リベラルの理想」に生きんとする人ならば、なおさら、そうした反省点を踏まえて、自らの「理想主義」が「独りよがり」にならないよう、自戒して軌道修正の努力しなければならないだろう。

「リベラルの志」はカッコいい。しかし「現実」に敗れてしまっては、その「志」を貫徹することはできない。つまり「リベラルは、勝たねばならない」のである。

「カッコいい」だけではなく、「強く」なろうではないか。「負けないリベラル」になろうではないか。
一一そのヒントが、本書にはある。

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初出:2021年1月1日「Amazonレビュー」

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