見出し画像

『恋愛制度、束縛の2500年史 古代ギリシャ・ローマから現代日本まで』を読んだ感想(再掲)

※この記事は空冷がnote内の別アカウント(すでに削除)にて2020.1.18に公開した記事を再びアップしたものである。

『恋愛制度、束縛の2500年史 古代ギリシャ・ローマから現代日本まで』
2018.12 鈴木隆美 光文社新書

「美しい」と"Beautiful"は別物とはよく言ったもので、言葉の意味するところから海外の国の人々との思考の違いを感じることは多々ある。一番よく問題になるのは「神」と"God"だと思うが、他にも「恋愛」と"love"など意味するところが大きく違う言葉は数多い。そう考えると舶来の概念を日本でそのまま受容することはほとんど不可能である。
本書は現代日本でいう「恋愛」が世界の"love"や"amour"とどれだけ違い、その理由とは何かを恋愛の歴史を紐解くことで明らかにしていく。2500年という超長期を足早に解説しているため説明がもう少し欲しいと思う部分もあるが、新書の紙幅であるし、全体としてはいいバランスで書かれているように思われた。

目次
第1章「古代ギリシャの恋愛」
第2章「古代ローマの恋愛」
第3章「キリスト教と恋愛」
第4章「中世宮廷恋愛」
第5章「ロマンティックラブとは?」
第6章「明治期から大正期にかけて--日本における「恋愛」の輸入」
第7章「西欧における恋愛肯定論と否定論、精神分析のヴィジョン」
第8章「現代日本の恋愛」

本当ならば逐条で紹介や感想を書いていくべきである。しかし関心を持った部分は数多く、書き連ねれば長くなり過ぎるため特に気になった部分だけを書いていこうと思う。

第1章「古代ギリシャの恋愛」の最初では「立派な大人の男性は少年を口説くもの」というかつて古代ギリシャのある地域で存在した恋愛のかたちを紹介している。世界的な風潮では「同性愛」への理解は進んでいるものの、現代日本の恋愛観ではちょっと考えられない価値観である(どちらかというと未成年に手を出すことが)。
またここでは西洋の考えに影響を与えているイデア論にも言及しており、著者はここが日本と西洋の恋愛の違いに大きな影響を与えていると指摘している。

第2章「古代ローマの恋愛」では古代ギリシャの恋愛を引き継ぐかたちで古代ローマの恋愛がどのようなものであったか見ていく。古代ローマ1000年の恋愛事情を説明するのは難しいものの、あえて強引に言うと「女は強い男がゲットするモノだ」とのことである。
後発国である古代ローマは軍人的な価値観が強く、女性は戦争の戦利品のように「もの」として考えられていたとのことだ。現代感覚では考えられないぐらい野蛮に見えるが、男らしさのモデルとして「女を征服する」が現代日本でも機能しているという指摘には頷かざるを得なかった。もちろんそういうのが好きな女性でも、嫌いな男性には死んでもそんなことはされたくないだろうが、共通点があるのは事実だと思う。

第3章「キリスト教と恋愛」ではヨーロッパの恋愛観に大きな影響を与えているキリスト教について述べられる。例えば性的快楽を求めることが罪のキリスト教において(ここではカトリックの例)、「浮気」は禁じられるわけだが、この「浮気はダメ」である理由は現代日本でいうところのそれとはまったく違っているという指摘がある。キリスト教的な価値観がずっと残ってきたであろうヨーロッパと日本では、恋愛にまつわる一側面「浮気」に対する考え方が違ってくるのは当然だろう。
またキリスト教における「女性」の捉え方が本章の肝のひとつであり、「魔女狩り」について触れるなどショッキングな箇所もあるが、現代感覚でその価値観の相違に何度も頷いてしまう章である。

第4章「中世宮廷恋愛」ではこれまた恋愛論でよく俎上に上がる「騎士道恋愛」がテーマとなっている。騎士道はキリスト教的価値観の影響を受けており、第3章の内容とも関係が深い。政略結婚で嫁いできた領主の妻と、そこに仕える騎士たちの恋。その禁じられた恋が「精神的な恋愛」を生み出したという。「精神的な愛」は「肉体的な愛」より高尚な「愛」、すなわち「真の愛」という話になっていったようだ。
これまでの章で見てきた恋愛を思えばこの考えはエポックメイキングであり、恋愛の革命と呼ぶにふさわしいだろう。
またこの南フランスで生まれた宮廷恋愛はイギリスに渡ってレディファーストの伝統となったとされる。

第5章「ロマンティックラブとは?」では日本でわかったようになっていてその実よくわかっていない「ロマンティックラブ」について解説される。「ロマンティックラブ」をあえて訳せば「小説的恋愛」「幻想的色恋」、「空想的色情」ぐらいだという。「ロマンティック」とは17世紀中頃にイギリスでよく読まれていた小説を指す言葉で、フランスの騎士道恋愛の影響を受けてイギリスで出来上がった文学とされる。これが19世紀のヨーロッパで流行し、ロマン主義はあらゆる芸術作品にのって広がっていったらしい。
著者はここでもロマン主義を解説する困難を指摘しつつ、あえてごくごく単純化して「ロマン主義は幻想万歳の世界です」と言う。封建的な秩序の崩壊など、当時のヨーロッパの時代背景のなか台頭してきたロマン主義の解説は非常に興味深い。宮廷恋愛のころの理性的な恋愛よりも情熱的な恋愛に価値が見いだされ、ここに恋愛至上主義が生まれてくるという。ロマン主義的恋愛とは「秩序があった世界がひっくり返って、恋人が世界の中心になる出来事」であり、「恋愛」という宗教はロマン主義とともに完成したらしい。
他にも恋愛論でとてもよく目にするロマンティックラブ・イデオロギーについても書かれており、「ロマン主義的な恋愛観がその毒を抜かれ、結婚システムの中に統合されていったロマンティックラブ・イデオロギー」とのことである。

その後は日本に不完全に輸入された「恋愛」の経緯、ロマン主義的な恋愛の肯定論者スタンダールと否定論者プルーストの考えなどが書かれている。プルーストが恋愛を幻想と言い切る部分はなかなかに手厳しいが、彼の考えがフロイトの精神分析と非常に近いというのは注目すべき部分ではなかろうか。

フランス留学中に聞いた、女性が孫に言った"Je t'aime(ジュテーム)"の言葉から本書執筆の動機が生まれたという著者だけあり、基本的に論の進め方は誠実である。しかし誠実過ぎて最終章の解説を(重要なポイントを指摘しつつ)潔く投げてしまうなど消化不良な部分があるのは事実である。しかし昨今で恋愛研究となると「恋愛研究→結婚増加→少子化解消」という即物的な視点のものが多い印象がある(※シロート個人の感想)。それはそれで有意義なのだが、このご時世そうでもなければ研究の理解が得られないのが本当のところではなかろうか。そんな理由もあるが、本書の考察はとてもユニークだった。

日本の恋愛を語る上で世界の恋愛との相違など瑣末な問題であり、今ある現実だけを見ればいいという考えもあるだろう。しかし不完全な輸入に終わっていたとしてもそれが日本の恋愛に影響を与えているのは事実であり、そこから導き出される視点を看過するのは惜しい話と言わざるを得ない。

この記事が参加している募集

#推薦図書

42,468件

#読書感想文

188,210件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?