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月の照り降り傘とレモネード

パチンッと、太い枝を切り落とした。他の枝と絡まっているその枝を、慎重に外に出す。

レモネードの樹全体を眺めて、枝の風通しがよくなったか確認する。良い感じ。枝が密集しすぎていると、樹が病気になりやすくなったり、実る果実が少なくなったりする。らしい。

残した枝には、もう丸い緑色の小さい果実が生っていた。これで、安心だろう。いつになるかは分からないが、きっとレモネード、という名の黄色の果実が食べられる。どんな味なのだろう。初めての地球の味。楽しみだ。

くるりと向きを変えて、ふよふよと飛びながら街に戻る。白い円錐形の身体と、頂点にくっついた丸い頭。腕は必要な時に円錐形の身体から出せる。飛べるし、便利な身体だ。2本の足をバタバタと動かして移動していた人間の身体は、大変そうだった。



私たちは長い間月で暮らしてきた。でもある日、どこからか巨大な宇宙船が接近してきた。こちらに容赦なく近づいてくる宇宙船に驚いた私たちは、とりあえず透明になって住処を隠して、様子を見ることにした。

轟音を立てて着陸した宇宙船から出てきたのは、無数の人間。私たちは時々、望遠鏡で近くの星を観察する。その時によく見る、青い星の住人だった。

私たちが警戒して様子を見ている間に、人間たちはトゲトゲした大きな機械を組み立てて、月の地下にある氷を掘り出し始めた。氷を水にして、エネルギー源にするのだと言っていた。

月の一部分がどんどん人間の街に変わっていったけれど、私たちは冷静に人間観察を続けた。私たちは月をよく知っている。だから、これから人間たちがどうなるか、予想できた。警告する手紙を送ったけれど、届いたのか届かなかったのか、今となっては分からない。

しばらくすると、人間の街はもぬけの殻になっていた。皆、宇宙船に乗って帰ったようだ。

地下の氷を取り過ぎたせいで地盤沈下が起こって、街は瓦礫だらけになっていた。予想した通り、灰色に塗りつぶされてしまった街を、調査隊員に立候補した私は探索した。

それ・・を見つけた瞬間の感動は、忘れられない。広場らしき空間だけ、瓦礫が綺麗に片付けられていて、その中心に細長い大理石があった。

小さな文字がびっしり掘ってあったが、しっかり解読できたのは”humanity”、人類という言葉だけだった。記念碑か墓石だろう。その謎の石の根本は、不自然に盛り上がっていた。

調査隊員全員で、その場所を掘った。数メートル掘り進めた先で見つけたのは、大きな金属製の箱。その箱の中身は、様々な植物の種と、農業の本と道具。そして、1本の黄色い傘だった。


「おかえり。雨が降る前に帰ってこれて良かったね。お疲れさん。レモネードの樹は、どうだった?」

「緑色の小さい実が、もう生ってたよ。枝もちゃんと切ったし、しっかり根を張ってたし。本に書いてある通り、毎日水をやって時々肥料をあげて、太陽の光を当て続ければ、きっと収穫できる」

「そっかー。ああ、楽しみだなぁ、地球の果実」

出迎えてくれた仲間は、鼻歌を歌いながら機嫌良くどこかへ飛んでいった。私は大きな塔の中に入って、鍵のかかった保管部屋から黄色の傘を持って再び外に出た。

今の私は、人間の置き土産の研究員。だから、保管部屋に自由に出入りできる。試したい実験が山積みだ。部屋を警備している仲間と顔見知りになって、面倒な手続きをパスしてもらっている。

念願の雨。この機会を逃す手は無い。大量の小さい隕石が一斉に降ってくる流星雨。その衝撃で雨も降る。月の空にかすかに漂う水分子が、落ちてくるのだ。

観察結果によると、青い星の住人たちは、特に雨の日に傘を広げて持ち歩く。よく晴れた日にも、傘を広げて使うようだ。


ふよふよと浮いて、あまり仲間たちがいない静かな場所を目指す。私たちは傘というものを使わないから、実験の様子を見られるのは、ちょっと恥ずかしい。まぁ、雨の日に外にいる仲間はあまりいないけれど。

流星雨が降ってきた。ポタポタと水滴が降ってきた瞬間に、黄色の傘を開く。我ながら、ベストタイミングだ。パララ、パララと、傘に当たる小さい雨音に耳を澄ませ、暗い空に白い線を描く流星雨を見上げる。

何度も試してきた実験。今回も何も起こらず。残念なような、ほっとしたような。

あの青い星の住人たちも、流星雨を見るのだろうか。レモネードを食べながら?小雨の音を聴きながら?

雨の音が弱くなっていく。雨はもう終わりらしい。今度は、晴れた日にも広げて持ち運ぶ実験をしてみよう。ちょっと恥ずかしいけれど。



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