極東から極西へ33:カミーノ編day30(Las Herrerias〜Toriacastela)
前回の話。
予想外の山登り。
宿では、魚好きの集まる夕食になった。
前回
今回は、カミーノ最後の峠越え。
オ・セブレイロを抜け、トリアカステラまで。
・Las Herrerias〜O Cebreiro
6時15分起床。暗い中で準備。
ジョセフさんも既に準備を始めている。水良し、おやつよし、ストックよし。雨も降っていない。
行程表ではヘレリアスからすぐに登りが始まるので、ジャケットは脱いでおく。
「ジョセフさんまたね! ブエンカミーノ!」
「また会おう。ブエンカミーノ!」
宿の入り口でジョセフさんに挨拶をして道を進んだ。
寝ている牛を見ながら村を抜けて、昨日散歩できた端っこに到達する。そこから登り開始。きっとここが胸突き八丁! と覚悟をして登ったのだけれど、前日のオルタナティブルートほどきつい登攀ではない。
多分、人がいるから心強さもあるのだろう。涼しさのおかげもあるかもしれない。ひょいひょいと登り村まで出ることができた。
喉が渇いたなあと思ったら自販機が。
コーラを買って飲み、さあ出発! と思ったらカフェが開いている。
ゆっくり登ってるの、と言っていたオランダの女の子と同席して、トルティージャを頂く。いちじくのスペインのおばちゃん二人に「あらあ、こんな所にいたの。それ(トルティージャ)いいわねー!」と言うような事を多分言われた。
カリマさんも、このお二人もそうだけれど、全く話すスピードを落とさないのが、逆にこちらの耳には良いみたいだ。分からない顔をしても繰り返し話しかけてくれるから、ある程度速い言葉でも単語が拾えるようになってくる。
「あの二人にはよく会うんだけど、英語話せないでしょう? だからつい、頷きながらSi、Si、ってよく分かんないまま返事しちゃう」
「スペイン語だもんね。私もそうだよ」
そう、私もアストルガで沢山話しかけられた時に返事をした。その結果、写真を撮ってあげようか?と多分言われたのに、思いっきり断ってしまったのだ。撮ってもらえば良かったなあ。「きっとセルフィーで撮ったのね!」と言われた気がする。
オランダの彼女も今日はトリアカステーラに行くそうだ。
「長い1日になりそうね」
「遠いもんねぇ。でも明日は雨……」
「雨って言ったら駄目だよ? お願い、天気よ崩れないで!」
気付けばジョセフさんも来ていて、中で朝ごはんを食べていた。ジョセフさんに倣って天にお願いした。
食べ終わってばらばらに出発。エネルギー充填し、再び山登りを開始した。やっぱり昨日よりきつくない。
左手に広がる絶景を見ながら歩いた。
途中でついにガリシア州に入る。
ジョセフさんが写真を撮ってもらおうとしていたので、邪魔しないように横に避けた。
「君、こっち来て! 一緒に撮ろう!」
「いいの?」
「勿論、妻にカミーノの友達だって送りたいんだ」
ジョセフさんと一緒に写真を撮った。肩に回された手が温かかった。
たった一晩、されど一晩。一緒に食事を囲んだ仲なら尚更親しくなれるから不思議。
君のほうが歩くのが速いからと言われて別れたけれど、きっとまた会えると思う。
やがて、変わった建物のある場所に辿り着いた。霧が出て、より気温が下がったように感じる。
峠の最高地点、オ・セブレイロだ。
石造りの古い家々が並ぶ集落。
家畜と一緒に住む事を想定した造りになっていると何かで読んだ事がある。勿論今は違いそうだが(今でもかも……と後で知る)、白く霞む中に一軒一軒佇んでいて、良い雰囲気の場所。泊まれたら楽しかっただろうなあと少し残念に思う。
古い教会に入り、中を見学してスタンプをもらう。日本からだと知って、喜んでくれた。
お土産屋さんで防水のクレデンシャルケースがないか探したけれど無かった。
ゆっくりしていたら身体が冷えてきたので、再出発した。
・O Cebreiro〜Toriacastela
オ・セブレイロにあったマップの、推奨ルートを選んで進んだ。
今度は右手に絶景を臨みながらの、程良いアップダウン。気持ち良く歩く事ができた。
途中の、「強い風の日に歩いている人」の像で、写真を撮って満足しながら道に戻ろうとすると、随分前に別れたエクアドルの女性がやってきた。あの、ローリーとジョーのアルベルゲで会って、一緒に夜食を食べに行って以来。
お互い再会を喜び合う。
会えない人とは、本当に少しタイミングがずれるだけで会えるようになる。意外とみんな近くにいるのかもしれない。
あまり休憩せずにどんどん歩く。
途中、つい最近まで日本の複数の大学で経済を教えていたと言うヌアップさんと話をした。彼は、日本の問題をよく理解されていた。
「君は、退職してカミーノに来たのかい?」
「ええ、そうです」
「日本はそんなに休みが取れないよね。仕事はそれまで何を?」
「病院で看護師を」
高齢化社会だから、多分また仕事を見つけられるだろう、だとか、出生率の低さだとか、流石プロフェッサー。本当に的確。
「日本人は英語を読めるし書けるけど話せないよね」
「ええ、私もそう」
「そう?」
「長いこと習ってるんですけどね」
君の英語は学校の教育だけかと聞かれて、小学生の頃カナダにいた事を白状した。あまりにカタコトだから言うのが恥ずかしい。カナダにいた時は本の虫(勿論日本の)で、頭でっかちかつ、あまり話さない子供だった自覚がある。聴く力はついたかもしれないけれど、話す方はからきしなのだ。
あの頃もう少し喋っていればなあと思わないではないが、本の虫だった頃を含めて私なのだから仕方がない。
カミーノに来た理由やどこに住んでいるのか、次は何をしたいのか色々話して別れた。印象に残る出会いだった。
トリアカステーラの街は、前の村から28km程度の距離なのだけれど、調子良く降りてくることができた。
・君の名は
実は、のんきにドーナツなんか食べてのんびり余裕ぶっている場合ではなかった。
トリアカステーラの入り口に着き、やり取りしたメールを見返すと、なんと宿の名前が書いていなかったのだ。
ブッキングドットコムというアプリなら、履歴が残るけれど直接やり取りをしたものだから、肝心の名前がわからない。
ブエンカミーノのアルベルゲのリストを見つめて記憶を呼び戻そうとしたけれど、どれも怪しく見えてくる。
宿を決めたのは、マカレナに教わった、カミーノニンジャアプリのアルベルゲ情報から。ところがカミーノニンジャを開いても、宿が分からない。町に着いているのに、予約もしているのにチェックインできない異常事態となってしまった。
思いつき、街のインフォメーションに行ってみたら閉まっていて、呆然とベンチに座りこんだ。
「君の名は……」
なんて呟いてアルベルゲに再度メールを送るが返事はない。きっと忙しい時間なのだろう。時刻は15時を過ぎていた。
困りに困って、もう街の人にメールの名前を見せてどこか知りませんか? と聞いて回ろうかと思ったその時、アルベルゲ同士なら、顔見知りだったりするのでは? と思いついた。
近場のアルベルゲで事情を話し、助けてもらい、無事にチェックインできたのだった。しかも名前を忘れてしまって迷っていた旨まで、電話で説明してもらえていたみたいで、「君の名は?」と送った怪しいスペイン語メールについても理解してもらえていた。
オスピタレラはとても親切な女性。
布のシーツと枕カバーを貸してくれた。
素敵な古民家宿で、なんと洗濯乾燥サービスまで(両方で6€)!
前日に雨で洗濯が出来なかった私には嬉しいサービス。夕飯代をケチってお願いすることにした。
夕飯は売店で買った怪しげなレンチンラザニア。
レンジの使い方が分からなくて、取り敢えず突っ込んでみたら今度は止め方が分からない。何やら湯気がプシューっと出始めた。やばいのでは? 発火はしないと思うけど、噴火するのでは? キッチンにいたおばちゃんに、「助けて!! 止め方が分からないんです!!!!」と言ったら、慌ててがちゃんとレンジのドアを開けてくれた。
「危なかったわね。爆発しちゃうとこだった。ちゃんと温かくなった?」
「あったまりました。本当にありがとう!」
お礼を言うとにっこり笑ってくれたのだった。
本当に今日は色々助けてもらった日だった。
人の優しさで生かされていると感じながら、さっぱりしたベッドで眠りについたのだった。
次の話
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?