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遺曳

「今思えば気の所為だったのかもしれないんですけど」
Cさんの父が自ら命を絶ったのは年の暮れだった。
元々精神的な病を持っており、病弱な母の介護でそれが悪化し衝動的にやってしまったのだろう、と残された家族は警察からの説明を受けたのだという。寂しがり屋だったが優しい父であった。

Cさんは悲しみに暮れる間もなく、母の介護問題に直面することになった。
母の妹である叔母も手伝ってくれたが、今の生活を続けながら父の代わりをすることは難しい。
Cさんは施設へ母を入所させる事を考えていた。
父の四十九日も過ぎようかという頃、母が言い出した。
「お父さんが怒っている」
母は明らかに父の遺影に対して怯えるようになっていた。
「怒ってるって、写真が?」
遺影の中で、父は穏やかな笑みを浮かべている。
母も疲れているのだろう、とCさんも叔母も母の訴えを聞き流していた。

母の施設入所についての話が具体的になっていくにつれ、Cさんもそれを感じるようになってきた。
最初はほんの少しの違和感だったが、徐々に大きくなっていき、いつしかハッキリと感じられるようになっていた。
それは明らかに怒りの感情である。
父の遺影から放たれている負の感情だった。笑みを浮かべた遺影の表情も、以前の様な穏やかさを纏わせてはいなかった。
「母さんを施設に入れちゃ駄目なの?」
Cさんは遺影を見てそう思った。

結局、入所の話は立ち消えとなった。
父の遺影からずっと異様な雰囲気が漂っているからだ。
入所の話が無くなって、明らかに父の遺影が纏う空気は穏やかになっていた。

しかしその翌週、母は病気が急速に悪化してしまい、この世を去った。
母の葬式の日、Cさんは父の遺影から、自分を慰めるような、包み込む暖かな優しさを感じた。

「もしかして、父は母の命が短いことを私に伝えて、母と少しでも長く過ごせるようにしてくれたのかもしれない」
気が付くとCさんは号泣しており、その時に初めて父が亡くなってから涙を流していなかった事に気付いたのだという。

叔母にこの話をすると、叔母は少し表情を曇らせ、語った。

「言えなかったんだけどね。姉が亡くなった日、義兄の遺影が笑ってたの。微笑むとかそんなんじゃなくて、眼と口をぱかんと大きく開いた満面の笑みで。
その時思ったの。姉は連れてかれたんだなって。」

ざわつく胸を抑えながら仏壇に目をやると、寂しがり屋で優しい父の遺影は、変わらない穏やかな笑みを浮かべていたという。

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