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【連載小説】この恋はチークと共に2

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■初めてのメイクブラシ


『サキさん! おはようございます!SNSの投稿見ました! 次はここ行きましょう!』

前回のマドレーヌのお店でちゃっかり連絡先を交換した私たち。スマホに届いたメッセージには私がSNSで行きたいと呟いていた神社とその近くの商店街を紹介しているホームページのURLが貼られていた。参拝後に和菓子の食べ歩きが楽しめるところからデートスポットとして有名な場所。ちょっと首を傾げる。

『おはよう! 確かに私が行きたいって行ったけど…いいの? こないだより時間長くなっちゃうよ?』

そう、前のマドレーヌ屋は一時間程のお茶だったけれど提案された所は神社の参拝も含めたら最低でも二時間は一緒に居ることになる。

『大丈夫です! せっかくなのでのんびり散策しましょう!』

すぐに既読が付いて、返信が来た。
ゴールデンウィークが終わり、仕事再開の日でもある今日。出勤中に電車の中で見てくれたのかな? あ、今の時間って満員電車なんだっけ?
車通勤だからさっぱり分からないけれど、気にかけてくれていて嬉しい。ありがとう、と返信をしてから車のエンジンを掛けて出発した。

連休明けすぐの仕事というのはどうしてこんなに忙しいのだろう? 世間も休んでいたはずなのにメールが大量に届いているのはなぜ? 締切の近い案件が振られるのはなぜ?
こんな時に野崎さんがまだ妊娠せずに居てくれたら助けになったのにな。高橋くんが結婚さえしていなければな…タラレバが頭の中を何度も過ぎる。傍から見ればお祝いごとなのにそれを素直に祝えない自分が嫌いになりそうになりながら仕事をこなす。

今度三浦くんと遊べるのはいつだろう。そういば日付までは決めていないけれど仕事が落ち着くまでは私が土日に出掛ける体力なんて温存出来ない。若い頃はこんなこと気にせずに友達と遊べていたし、なんなら一泊二日のプチ旅行だってしていた。今は外出るのがめちゃくちゃ腰重いんだよなぁ。

「山もっちゃん、今日お昼どう?」
「えっ、うん」

メールを返し終わったタイミングで、同僚の百合香からのお誘い。彼女は同い年。既婚で五歳の娘がいて、ここにはパート枠で働きに来ている。同世代だから仲は良いけれど、たまに彼女と自分のスペックを比べて落ち込むのは私の中だけの秘密。

「なんか朝は元気そうだったのに見る度にやつれていくから心配になって」
「あはは…ごめんね」
「この休みに夫の実家に帰省して、お土産も山もっちゃん専用に買ってあるから後で渡すね!」
「あ、ありがとう」

そう、彼女はめちゃくちゃ良い人。私を気にかけてくれる度に、旦那さんは見る目あるなぁと思うのだ。
なんとか仕事を一段落させて昼休憩へ。元気出してと百合香はカツ屋さんを選んでくれた。
ご飯を食べながら仕事の愚痴を彼女に吐ききっているうちに話題は昨日までのゴールデンウィークの過ごし方について。百合香が行ってきたという広島で盛り上がった。

「で、これがお土産!」

と言われて差し出されたお土産の包装を剥がすと現れたのは黒い箱。高級感溢れるそれに手が止まる。

「え、なに、これ」
「いいから開けてみて」

恐る恐る蓋を開けると、メイクブラシが一本。赤い持ち手、綺麗に纏まった艶やかな毛先。広島というワードから連想されるこれは間違いなく。

「熊野筆…?」
「そう!」
「えっ!? めちゃくちゃ高いんでしょこれ!?」
「なんかね、お店で見た時に ”この子は山もっちゃんの所に行きたがってる!” って思ったの」

だから貰って? なんてアラフォーとは思えない可愛い顔で言われたら断れない。ここの食事代は私が持つということで有難く頂いた。

「でもなんで…」
「それより、山もっちゃんはゴールデンウィークどう過ごしてたの?」
「あー、帰省はしなくて…あ、港町のマドレーヌ屋さん行った。誘われて」
「誰から?」
「SNSのフォロワーさん、と言っても二十五歳の男の子よ」

ガタン! と百合香の椅子が大きく揺れた瞬間、彼女は飲んでいたほうじ茶が気管に入ったようで大きくむせた。大丈夫、というジェスチャーを私に向けて、咳が収まった頃に顔を上げる。

「それだ! この子が山もっちゃんに行きたかった理由!」
「はい?」
「応援してるからね!」
「いや、いやいやいや! 聞いてた? 二十五歳! 十四歳も下の子狙うわけないでしょ!」

自分で年齢差を言って少し悲しくなった。

「向こうから誘われたんだから期待してもいいんじゃない? 次会うとかあるの?」
「いつになるかは分からないけど…ここ行こうって誘われてはいる…」
「じゃあさ! 次のデートで使ってよブラシ!」

水を得た魚のように目を輝かせた百合香を前に、私はただ頷くだけだった。

※※※※

『ウェルビーングチーク 一万三百五十円』

値段の高さにビビりつつも、手に取って会計へ進む。店員さんから「ご自宅用ですか?」と問われ、ぎこちなく「はい」と言った。

熊野筆を百合香から貰った翌朝、今使っているプチプラのチーク粉を付けようとしたけれどどうしても出来なかった。粉もこの筆に合うものを用意したいと思った私は仕事帰りに会社近くのデパートに迎い、一度も入った事のない高級化粧品店に入り今に至る。

店内の装飾も、列ぶ化粧品もどこもかしこもキラキラと輝いていて自分が場違いなんじゃないかと思う。財布の一万円札を摘んだ時、指が小さく震えた。

この、見た目プチプラと変わらなそうな粉の為に、払うのかこれを。

買わなかったら美味しい物が何回か食べられた。美容院で髪の毛全体の白髪染めだって出来た。日用品だってがっつり買えた…。
頭の中で湧き出てくるエゴの声を振り払いレジを済ます。ああ、買っちゃった。
でも、色味は自分に合うものだし年相応の大人しいものだし、なんならアイシャドウのベースにもなるし…!
と、買ったことを自分の中で正当化させる。化粧は人並みにしてきたけれど、お金をしっかりかけてまでやった事はない。扱いきれるか分からないが、熊野筆とこのチークをセットで使う事を妄想したら楽しそうだと思えた。三浦くんは少しでも綺麗だと思ってくれるかな。様々なドキドキを交えて帰路につく。

家に帰ってすぐ、ご飯よりも先に買ってきたチークと熊野筆を揃え鏡の前へ。カモミールのような花をあしらったデザインのチークは昔流行った魔法少女の変身グッズを連想させる。

「おお…」

筆は滑らかに肌を撫で、私の頬骨と瞼の下の部分をさらりふわりと染め上げる。綺麗だ、と自分で自分を褒めた瞬間、全身の血の巡りが一気に良くなったような、ゾクゾクとした鳥肌が立つ感覚が私を襲った。

化粧って、道具一つでこんなにも魂が震えるものだったのか。

今すぐ誰かに見せたい。ねぇねぇ、私綺麗でしょ? なんて幼い子が母親の真似をして口紅をベットリ顔に塗ってはしゃぐ気分がわかる。
けれど、悲しいかなこの家には誰もこの喜びを分かち合える人はいない。寂しいな。心にぽっかり穴が空くのだった。

※※※※※

三浦くんとの二回目のデートは、五月下旬の土曜日に実現した。

有名な観光地というだけあって、駅から沢山の人でごった返している。これは合流するのが大変そう…と思ったけれど彼は既に改札口前で私を待っていた。

「サキさん! お久しぶりです!」

私と目が合った瞬間、花が咲いたような笑顔をくれる。キミは恋愛漫画のヒロインかい? おかしいな、リアクションが男女逆になっている。

「お久しぶり」
「混んでますね…人酔いとか大丈夫ですか? ゆっくり行きましょう!」

頬の色が前と違うのは分かるかな? なんて会う前まで期待したけれど全くそこには触れてくれなかった。やっぱり半月前の私の化粧の一部なんて分かる訳ないよね。彼の横に並んで歩き始める。百六十七センチある私とあまり身長が変わらない三浦くんだけど、やっぱり歩くスピードは彼の方が気持ち早い。多分合わせてくれてはいるんだろう。

「先に参拝行きますか?」
「うん、そうだね」
「神社とか俺全く作法分かんないんで教えてください」
「えっ、私もお正月くらいにしか行かないから全然分からないよ…」
「良かった、サキさんこういうの厳しかったらどうしようって思ってたんで」
「そんな堅くないよ」

彼は歩くスピードだけでなく、私の話のテンポにも合わせてくれる。心地良いなぁ。
あーあ、もし今後彼氏が出来るとしたら三浦くんみたいな人がいいなぁ。もう年齢的に厳しいと思うけど、せっかくだし神社のお願い事それにしよう。
歩いて歩いて、大きな鳥居をくぐりやっと辿り着いた本殿で百円玉をお賽銭箱に投げ込んで手を合わせた。その後に三浦くんの提案でおみくじを引く。

『中吉 由良の門を渡る船人かぢを絶え
ゆくえも知らぬ恋のみちかな

由良の海峡を漕ぎ渡る船人が櫂を無くして行方も知らず漂うような恋の道であろう』

「はは…」

神様からの返信は手厳しい。
『待ち人 来る』『縁談 良い』になっているだけマシなのかもだけど。

「サキさんどうでした?」
「中吉」
「僕は吉でした。二人してまぁまぁですかね」

おみくじは二人して結ぶ場所に結んで、本日のメインの食べ歩きスポットへ。
様々なお店が密集する横丁はどこもかしこも目移りする。

「色々種類食べたいですか?」
「んー、そうね、出来るならね」
「じゃあ半分こ出来るやつは半分こしません?」
「あ、それいいね!」

大きな薄焼き煎餅、たい焼き。串刺しの草団子は流石に一本ずつだけど、少しづつ色んなおやつを食べ、珈琲を飲む。
十分に横丁での食べ歩きを堪能したねと話した時、最後に気になっていた金平糖あられを一袋買ったタイミングで三浦くんがある方向を指差した。

「こっち、少し歩くと海が見える所があるんですけど…良かったらどうですか?」
「ん、いいよー」

一本道を外れただけで人混みは緩和される。どこの街ともあまり変わらぬ景色は、観光地とは別にある地元の人達の平凡な生活が垣間見えた。

散歩気分もそこそこに、三浦くんの言う海が見える場所はすぐに姿を現した。西に傾いてきた太陽が眩しく、水面がキラキラと光る。思わず木製の手すりに手を乗せて、少しばかり身を乗り出す。

「すごいね! こんな所あったんだ!」

ここで食べたら美味しいだろうと先程買った金平糖あられの封を開け、三浦くんにもお裾分けして一口分を口に含む。ほのかな甘さと色んな食感が楽しい。

「サキさん」
「ん?」
「さっきの神社って、恋愛成就で有名なの知ってましたか?」
「え、そうなの?」

お、じゃあ私の願いは叶うかもしれないのか。

「何か恋愛的なお願いしたんですか?」
「いやー、恥ずかしいけどたまたまね? 彼氏欲しいってお願いしちゃった」

手のひらの上で袋を振ると、ピンクの金平糖がゴロッと出てきた。

「それ、俺じゃダメ…ですか?」

緊張感を孕んだ言葉は、吹いてきた潮風の音よりもハッキリと私の耳に届く。

「え?」

金平糖を食べるタイミングを完全に無くした瞬間だった。


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