見出し画像

【現代小説】どんな時でも食べて、飲んで

こちらの小説は、サークル名「カフェのおとも」が最初に作ったオリジナル小説本の本編です。

現在もBOOTHでの通信販売、本の即売会での限定販売もしていますが、BOOTH登録をされていない又は現地に買いに行けない方むけに今回noteでの販売に踏み切りました。


あらすじ
主人公、南は一部地域で配布されているフリー冊子に時折短編小説を寄稿してはいるが、無名作家。それでも本業は別に持っているのであくまで小説を書くことは「趣味」として満足していた。
しかし、周りは彼女の作品など一切読んだことも無いけれど無名のまま作家で居続ける彼女に落胆する。
周りが自分の事をどう思っているか知り、絶望している中に現れたのは今をときめく有名詩人、ロキだった。
ロキを通して南は自分の生き方と向き合っていく…。

本編16,580字、1章のみ無料公開
紙媒体で読みたい方はこちら⬇


※※※※

一場の夢。誰かがそう言ったとしても
私は、私の人生に永遠の彩りを添え続けるのです



■午後二時の無糖紅茶


 
「フォロワーが増えないんだけど」
カフェの席に座るやいなや、渚は大きなため息をついてそう言った。この言葉に何度も聞き覚えのある私は首を傾げる。
「この前、動画上げてなかった?」
「上げたけどぉ、全然だめ」
机の上のメニューを広げて、渚はぐずった子供のように唸る。赤茶色の髪が照明に照らされて更に派手な色になっていた。九月限定のモンブランに惹かれたけれど、彼女の様子を見て注文するのをやめた。
彼女は久保田 渚。私は野田 南。どちらも年齢は三十三歳。渚の肩書きは一応フリーの歌手。
…と言っても過去にどこかの音楽事務所や劇団等に所属していた経歴はない。SNSにある自分のアカウントで約三分程の歌動画を上げるのが主だ。
アイスティーを二つ注文した後、渚の話を聞く。
「再生数十三、いいねが五、リポストなんて一回だけ。私ってそんな才能ない?」
「私は、渚の歌好きだけど」
渚が歌手になると言ったのは、今から約三年前。当時勤めていた会社を辞めたかと思えば「志を新たに!」と。そう連絡が来た時は驚いた反面嬉しかった。それだけ私は彼女の透き通った歌声が学生時代の頃から好きだったから、純粋に応援しようと思った。私は趣味で小説を書いていて、所属しているSNS小説のサークル仲間に彼女の事を宣伝したりもした。
最初、渚のアカウントには一週間に一本のペースで動画が投稿されていたことから調子よくフォロワーが増えていたのだが…、今は三ヶ月に一本。その分力作を投稿しているのにも関わらず見向きもされないのだという。
「皆は動画上げればバズって、どっかからスカウトが来て、CD出したりCMに起用されたりしてんのになぁ」
運ばれてきたアイスティーにミルクを入れながら渚はまたため息をつく。
「あ、ほら、今度また市役所前の音楽フェスあるじゃない? 応募したら?」
「えーーーー、気分じゃない」
バッサリと却下されて、私も彼女にバレないように小さくため息を吐いた。そう、彼女は少しでも面倒くさいと思うと一切行動に移そうとしない性格である。
「な、なんで?」
「応募とかよく分かんないし」
別に何も難しくない、市役所のHPにある「応募する」をクリックして、必要事項を記入すればエントリー完了のはず。
「でも、ステージに立てばフォロワー増えるかもよ?」
「違うの、SNSで勝手にバズって、企業からオファーが沢山欲しいの!」
だって、この人もこの人も、勝手に作品がバズって人気になったんだよ! と、渚はスマホで色んな人のアカウントを表示して見せてきた。何人かは私でも知っているネット出身の有名人達。
「ねぇ、今日、話したいって言ってた内容って…これ?」
渚のスマホを指差して聞いた。自分の眉間にシワが寄っているのは鏡を見なくても分かる。
「そう。どうやったら有名になれると思う?」
そんなの知っていたら私がとうに小説家として有名人だ。愚痴の一つや二つ吐いたところで亀裂が入る仲ではないが、私は彼女のファンなのは紛れもない事実。応援しよう、という心の奥にある僅かな気持ちを掬い上げた。
「渚さ、歌手になるって決めた時、自分で歌作って動画上げてたよね? あの、ギターのやつ」
「え、うん」
「『山のふもと』に私が渚の歌を元に小説書いて、動画のQRコード載せて貰うようにお願いするとか…どう?」
『山のふもと』とは私達の住む地域のイベントやお店を毎月紹介している無料冊子。よくお店にフリーペーパーとして置かれているやつ。
私は二年ほど前からそこで二ヶ月に一回二千文字程度の短編小説を書かせてもらっている。そこに載れば少しは渚の認知度も上がるのではないか。
渚の目が輝いたのは一瞬で、すぐに頬杖を付き、アイスティーのストローをぐるぐる回して考え込んでしまった。カランカラン、氷の音がやけにはっきり聞こえる。
「いいけどさ、それでどれだけ動画再生伸びるの?」
「え、いや、それはやってみないことには…」
「QRコード乗っけたところで、フォロワーが増えるわけないじゃん」
「でも歌を聞いてもらえるかもしれないじゃない」
「何も変わんないだろうから、いいよ。結果出ないなら惨めになるだけ」
 ぶっきらぼうな返事に、私の腹の中はぐるぐると重々しい感情が渦巻いた。思わず攻撃的な性格が顔を出してしまう。
「渚って、仕事はしてないんだよね、ご両親から何か言われたりしない?」
「うちの親、音楽なんてさっぱり分かんないから。前の会社がブラック過ぎて私が大暴れしたのもあってその辺は腫れ物扱いよ」
「ずっと仕事しないで実家暮らしって訳にはいかないんじゃないかなぁー…なんて」
何も入れていないアイスティーは地味に苦い。茶葉はアールグレイってメニューに書いてあったっけ。
「だから、バズって売れて、じゃんじゃん稼げるようになったら一人暮らし始めるの!」
「…ならもっと動画投稿とかは出来ないの? 歌手宣言した時はそうだったでしょ?」
「歌って気分乗らないと声に全部出るから無理なの! それよりさぁ」
 渚の目が真っ直ぐと私を捕らえた。
「南は、他に小説で活躍する話とかないの?」
「え、私? 『山のふもと』に載ってるだけでも十分だと思うんだけど…」
「それだけじゃん」
「え」
「それっぽっちの経歴で私に説教しないでよ」
 喉の奥が詰まってまともに声が出てこない。アイスティーで流しこもうとストローに口を付けた。
 
 
 
 

ここから先は

14,349字

¥ 500

この記事が参加している募集

今後の活動に使わせて頂きます。