【短編小説】夫婦喧嘩
些細な事で言い合いになって、なんとなくその場に居るのが気まずくなった。
思い付きで、ガレージに止めた車の中で寝てみると、口うるさい妻の声も、つまらないテレビの音も聞こえてこない車内が案外快適に思えた。
子供が生まれた時のためにと広い車を買っておいて良かった。シートを倒せば十分にベッド代わりになる。
枕が変わると眠れないような神経質ではないし、誰に気兼ねすることなく眠れる事が嬉しい。
なぜ結婚などしてしまったのだろう。
一人で気ままに過ごす方が圧倒的に楽じゃないか。なのになぜ……。
アラームの音が鳴っていつの間にか寝ていた事に気が付いた。
家に入り、妻を起こさないように着替えて仕事に向かう。
仕事を終えて、家に着く。玄関扉に手を掛けるところで、なんとなく入りづらくて車に戻った。
なんて声を掛けていいのかわからない。まだ怒っているかもしれないし、素直に謝る気にもなれない。
近くの、定食屋で晩飯を済ませて、そのまま車で寝る。
もう丸三日、妻と顔を合わせていない。
それでも何も言ってこない。夫が三日も家に帰っていないのに心配じゃないのだろうか。
車に居るのはわかっているから何も言ってこないのか。
それにしても連絡の一つくらいあってもいいものを。
あっちもあっちで帰ってこない方が楽だとでも思っているのかもしれない。
それなら……。
一週間が経った。
もう車で寝るのも限界だった。
最初こそ快適だと思ったものの、すぐに身体中に痛みが出始めた。倦怠感が身体を包んで疲れが取れない。
もしかしたら、もうこれで終わりになるかもしれない。
自分の居場所はもうこの家にはないのかも……。
不安を抱きながら、玄関の扉を開ける。
電気が点いていない。まだ二十一時だというのに、寝たのだろうか。
廊下を抜けてリビングに入り、電気を点ける。
テーブルの前に座っている妻がこちらを振り返った。
なんとも言えない表情をこちらに向ける。
慌てて目を逸らす。その先にあるものに驚いて言葉が出てこない。
ーーどうして、二人分の食事があるんだ?
俺がいつ帰るかもわからないのにどうして。
一週間、ずっと俺の帰りを待っていたのか……?
二人分の食事を作って……?
そうだった。妻はいつでも俺の事を考えてくれていた。
だからこそ俺はこの人となら、そう思って結婚を決意したのに。
それを俺は今の今まで忘れてしまっていた。
自分の事しか考えていなかった自分自身がひどく情けない。
ごめん……。くだらない意地を張って悪かった。
頭では、いや心では思うのに言葉にできない。
やっと絞り出した言葉を声にする。
「それ俺の分か?」
震えた声に反応した妻と目が合う。
「当たり前でしょ」
笑いながら言った妻の頬に伝う涙の痕が鈍く光った。
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