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この監督の生き様に学べ~名将マウリツィオ・サッリ伝~

サッカー監督こそが、生き様を学ぶ存在である!

と、僕は思う。

今回は、僕が世界で一番尊敬する監督で、その生き様にも感銘を受ける一人の男を紹介したい。
彼の特殊な経歴、魅力的なサッカーの内実、そして生き様から学べること、すべてをこの文章に詰め込んだ。

彼の名前は、マウリツィオ・サッリ。63歳にして、現在はイタリア・セリエAのラツィオの監督をつとめている。

そもそも、監督ではなく、サッカー選手の生き様に学ぶサポーターは数多いかもしれない。
僕の大学時代の友人は、川崎フロンターレサポで中村憲剛さんが生き方の指針と公言してはばからない。
OWL magazineのアンバサダーの桝井かほさんも、アビスパ福岡の山岸祐也選手の生き方を尊敬している。

このように選手の生き様にひかれる方々がいる中で、なぜ僕が監督の生き様に興味をひかれるのか。

ひとつはサッカー選手の生き方は特殊すぎるところにある。使う技能も特殊だし、選手寿命も短い。その生き様は刹那的だ。
だからこそ僕らはその生き様に魅了され、影響を受ける側面がある。
だが僕には、どうもその生き方が一瞬の花火のようにまぶしすぎるのだ。

では、サッカー監督はどうか。たしかに監督も一般人の僕らの仕事と比べると特殊かもしれない。しかし、身体能力よりも頭脳を使うし、チームのマネジメントをメインに行うのが、監督の仕事だ。
僕らも頭脳労働が主とする人が多くいるだろうし、管理職や経営者になればチームマネジメントの能力が求められるのではないかと思う。

そしてなにより職業寿命が長い。
例えば、つい先日までイングランドのワトフォード率いていたクラウディオ・ラニエリは御年70歳で、監督生活は35年目になる。

バイエルン・ミュンヘンの監督をつとめるユリアン・ナーゲルスマンは、現在34歳で、監督業をスタートさせたのは24歳のときだ。
このままラニエリと同じく70歳まで監督を続けるとすれば、監督としての職業生活は46年になる。

一般社会を生きる僕らは職業人生が長い。浮き沈みも急なこともあれば、なだらかなこともある。監督だって同じだ。
だから監督の生き様は、きっと僕らのヒントになるはずだ。

ただの銀行員、サッカー監督になる

サッリは、プロサッカー選手の経験がなかった。
本業はモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ銀行という、イタリアで4番目に大きい銀行につとめる銀行員だ。
その傍らで、地元のアマチュアクラブの監督をしているただのサッカー好きだった。
日本でいうとメガバンクにつとめながら、サッカーの指導者をしているおじさんの一人にすぎない。

ところがある日、サッリは大きな決断をする。

「自分の居場所はオフィスではなく、ピッチ脇のベンチだ」

そう信じたサッリは、2000年に銀行に辞表を出したのだ。

「自分はサッカーで生きていく」

サッリは、サッカー監督業に専念することにした。そのとき、サッリ41歳だ。
率いていたのは、ACサンソヴィーノというイタリア6部に属する田舎の小さなクラブだった。日本でいえば、地域リーグの2部にあたる。

フィクションならば、一念発起した銀行員が、退職後にサッカー監督としての出世階段を登っていくという、シンデレラストーリーとして描かれるかもしれない。
しかし、現実はそうはいかない。サッリが表舞台に上がるのには、銀行に辞表を出してから14年の時を要する。

2014年、エンポリFCを率いてサッリは初めてセリエAの舞台を踏む。当時55歳。まさにオールドルーキーだ。

エンポリは前年、セリエBでパスを多用した攻撃的かつ魅力的なサッカーを披露した。なかなか見かけないパスサッカーに、僕の目は釘付けになった。僕がサッリの存在を知ったのはこの時期だ。

驚いたのはサッリがAの舞台でもBで披露したサッカーをそのまま展開し、トップカテゴリでもそのサッカーが通用するのを証明したことだ。
エンポリがAとBを行き来するエレベータークラブということもあり、Aではより現実的なサッカーにシフトすると思いきや、サッリは理想を追った。

いや、サッリにとってはその理想こそが、現実的なサッカーだったのかもしれない。
スペシャルなCBがいないからこそ、あえてラインを高く上げピッチをコンパクトに保ち、強くプレスをかける。
そうすることで、相手エースにボールが渡る機会を減らし、CBとFWが1vs1で勝負する時間をなくしていく。

「なんだこの親父は」

元銀行員ながら、スーツを着るのを嫌い、常にピッチ上ではタバコを欠かさない。口も悪いときたもんだ。
突如現れた個性派監督に、イタリアのサッカーファンも驚いた。

この年エンポリをA残留に導いたサッリは、イタリアが誇る強豪クラブの一つであるナポリに引き抜かれる。
ここで彼はイタリアのみならず、ヨーロッパ中に名をとどろかせることになるのだ。

ナポリで見せたサッリサッカーの神髄

2位、3位、2位。

サッリが率いていた時のナポリの成績である。就任する前シーズン5位に沈んだクラブを見事、優勝争いできるクラブに進化させた。
またこの3シーズンのうち、2シーズンはリーグ戦クラブ記録の勝ち点を樹立している。

UEFAチャンピオンズリーグに出場した際は、マンチェスター・シティと対戦する。シティを率いるのは、稀代の名将ペップ・グアルディオラだ。
サッリのサッカーは、ペップに大絶賛を受け、それによりヨーロッパ中の注目を集めることになる。

では、ヨーロッパ中から絶賛されたサッリのサッカーとはどのようなものだったのか。
これに関しては『footballista 2022年1月号』にて、サッカー指導者のらいかーるとさんが2017-18のナポリを題材に分析している。

ここからは、有料公開にさせていただきます。
旅とサッカーを紡ぐWebマガジン・OWL magazineでは毎月700円(税込)で個性あふれる執筆陣による記事を毎日読むことができます。
執筆陣には、OWL magzine代表の中村慎太郎、ノンフィクションライターの宇都宮徹壱さんの他、川崎フロンターレや鹿島アントラーズ、アビスパ福岡、北海道コンサドーレ札幌、ヴァンフォーレ甲府、V・ファーレン長崎、東京武蔵野ユナイテッドFCなどなど全国各地のサポーターが勢ぞろいです。

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