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文章量が長いほど、評価が高くなるわけじゃない

これを実感するようになったのはnoteの毎日更新をスタートして、いろんなnoteを見るようになってからです。

毎日noteを書き続けていると必然的にnoteにアクセスすることが増えるので、今まで全く見てなかったnoteも見ることが増えるんですよね。

noteは回遊率を上げる施策も凄い頑張っているので、ふとタイムラインを見るとおすすめ記事が上がっていたり、今急上昇の記事が広告代わりに出てきます。

そうやってまばらに情報を見ていると、色んな人や色んなnoteがあることがぼんやりと見えてきます。

「大ボリューム〇〇文字!!」って読む気が失せませんか?

たまに

「超有料級の大ボリューム!!なんと文字数〇〇万文字!!」みたいな煽り文句で記事があるじゃないですか。

あれ・・・見たくなりますか??

正直、僕としてはある一定数のボリュームが有ることは全然いいんですが、情報の密度が伴ってないのに多々長い文章があるのは苦痛だなーと感じます。

情報のクオリティで勝負をするならば、文章量を押し出すのは違うんじゃないか?と。

これに関しては人それぞれによるんでしょうが、ぶっちゃけたところの皆さんのご意見を聞きたいなーと考えてます。

文字数を押し出すことで刺さる人たちが一定層いるのですかね?

少なくともnoteにおいては

文章量が長いほど、評価が高くなるわけじゃない

と色んなnoteを見ていて感じています。

僕の中で「noteって面白いよなー」と改めて感じる理由がここでもありまして。

特にnoteのようなクリエイター気質が強いプラットフォームに置いて必ずしも文章量が多ければ評価が高いってことになるわけではないのだなぁと。

これだけ聞くと「アタリマエのことだろ」と思うかも知れないんですが、僕が面白いと思ったのは、「文章量が少ないだけではなくて、抽象度が高かったり、全然詳しい詳細まで踏み込んでないnote」も評価が高いことが意外と多い。ということです。

実際にスキが沢山ついているnoteを見ていると

「え、そんな中途半端な感じで終わり?」

「そんな少ない内容で終わり?」みたいなものも多いんです。

もちろん執筆者にファンがついてるのもあるんでしょうが、「読みやすさ」がnoteに置いては一つ重要なファクターになっているのかなぁとは。

そもそも読みやすくないと文章なんて見ないですもんね。

価値あるnoteを書くならば、文字数よりも読みやすさ

というわけで、何となく僕も「せっかく記事を書くならばボリュームを増やしたほうが良い」という思考は持っていましたが。

ただひたすらに文章量が多い記事ではなくて、読みやすくてなにか伝えたいメッセージがはっきりわかる記事を書こう。

と改めて認識した次第でした。

少なくともnoteユーザーが求めていることは「エビデンス(根拠)の明確な詳細な知識」ではなくて、「何気なさを感じさせてくれるふとした気づき」なのかも知れません。
(だからといって、手を抜いた文章に人が集まるわけでもないのがまた面白いところですよね。)

こういう人間味のあるプラットフォームで発信活動ができるのは、良い時代になったなぁと改めて感じますね。

ご参考になれば幸いです。


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トニー@元経営フリーランス
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