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こどもの生きるチカラを、キャリアづくりから 応援する。「みんなのオフィス」

若者が自分を信じ、充実して生きられるように。

みなさんは、「ジョブカフェ」をご存じですか? これは原則15歳以上35歳未満を対象に就労を支援する施設で、現在46都道府県に設置されています。ジョブカフェでは、カウンセリング、面接の練習、履歴書の書きかた指導から職業紹介までをワンストップで行っており、対象年齢の方はどなたでも無料で利用できます。

今回お話を伺った「みんなのオフィス」代表でキャリアコンサルタント(注)の長谷川さんは、ジョブカフェの相談員として2005年から就労支援のお仕事をスタートされました。長谷川さんのポリシーは、ご本人が長く働き続けられることを大切にする姿勢。それは今も変わらないと言います。

長谷川さんのコンサルタントとしての姿勢を決めるきっかけとなったのは、田中さん(仮名)へのサポートでした。田中さんは、学業優秀で誠実、働く意欲も高い方でしたが、自己アピールが苦手なために面接でつまずいてきました。田中さんは、こどもの頃のつらい経験が重なって自分を表現できなくなっていた、とても繊細な方だったのです。そこで長谷川さんは田中さんの個性に合わせた就職アドバイスを行うことにしました。まず、田中さんの得意なことをヒアリングし、文面だけで長所が伝わるように自己PRの作成をサポート。面接官が自然と質問をしたくなるような要素を盛り込んだのです。

書類選考をパスした田中さんは、A社の面接へ。面接官は、田中さんのPR文に書かれた経歴や趣味などに目を通しながら、日常のトークを楽しむようにいろいろな質問を投げかけてくれたそうです。打ち解けた対話であれば自分の思いを表現できる田中さんは、これまでのネックだった面接を無事クリアし、見事合格となりました。

企業にとっても、田中さんの特性は貴重なものでした。「仕事ぶりは丁寧でミスがなく誠実。田中さんを紹介してくださって感謝しています」と、経営者から長谷川さんへ、御礼の電話があったそう。田中さんは今でも仕事を続けておられ、周囲から高い信頼を得ています。

(注)2016年4月に職業能力開発促進法にもとづいて創設された国家資格。

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こどもの頃に経験した生きづらさが、
働きづらさにつながってしまう。

ジョブカフェでの相談業務を通して「自分を出せない人は意外と多い」と知った長谷川さん。彼らの背景には、いじめ・虐待・貧困・LGBTQや、それらに端を発する不登校・ひきこもり・中退などの経験があることに気づきます。こうした人々は、リーマンショック以降の不景気で、ますます就職が難しくなっていきました。

この状況を受けて国も対策に乗り出し、地域若者サポートステーション、通称「サポステ」を全国に設置します。サポステは、働きたいのに初めの一歩が踏み出せない人に面談やトレーニングを行う施設。ここには社会的困難を伴う若者、その親、支援施設の方も相談に訪れるようになりました。

さらに国は、こどもたちをめぐる社会環境悪化への対策として2010年に「子ども・若者育成支援推進法」を施行。これを受けて北九州市は同年10月に「子ども・若者応援センター 『YELL』」を開設します。長谷川さんはYELL立ち上げの中心メンバーの一人。市内の教育・福祉・医療・雇用等さまざまな支援機関と連携して、若者とその家族を地域全体でサポートするしくみをつくりました。

長谷川さんは語ります。「ひきこもり状態にある就労困難な人は、全国で推計100万人以上とされていますが、それは氷山の一角でしょう。こどもの頃の苦い経験が影響して就労困難に陥る人は年々増え続けています。この課題を解消するには、学校がいじめ対応をしっかり行う、周囲の大人が不登校のこどもを尊重するなど、社会みんなで意識を改め、働きかける必要があるのです」。

事実、不登校などを経験しても、家族や友人、地域の人々との関係が保たれているこどもは、就職において不利益を被りにくいという調査結果もあります。自立する力は、こども自身の努力だけでなく、周りの支えによっても育まれるものなのでしょう。

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その子らしいキャリア教育を、
学校と家庭の連携で。

近年、キャリア教育の重要性が叫ばれるようになり、中学校では職業体験、高校ではインターンシップが行われるようになりました。しかし、それらの体験がイベントで終わってはいけないと長谷川さんはおっしゃいます。人はなぜ働き、そのために何を学ぶ必要があるのかを、体系的に教えていく必要があるということです。

また、キャリア教育には学校と家庭の連携が不可欠だそう。

「親も、しっかりとした職業観をもち、わが子に適した教育を一緒に考えてあげてほしいです。以前、『授業が面白くない』と言っている男の子とそのお母さんが相談に来られました。その子は学習意欲がないわけではなく、数学への関心は極めて高かったんです。なんと落雷の速度を計測する趣味があったんですよ。そこで私は、こう尋ねました。『キミは雷が落ちる現象に惹かれるの?それとも、計測した数値に興味があるの?』と。現象なら自然科学、数値なら電気工学というように進路が変わってきます。私はその子へのヒアリングをもとに『将来こんな大学に進むと夢が叶いやすいよ』と伝えました。その後、男の子は授業に前向きになり、成績もぐんと伸びたそうです。この子に限らず大抵のこどもは『こんな話をしてくれる大人がいなかった』と言います。学校も親も、こどもの特性を見つめ『長所を活かせば、こんな仕事につけるかもしれないね』と日頃から話をしてほしいです」。

長谷川さんは2020年、志を同じくするメンバーとともに「みんなのオフィス」を立ち上げ、学校でのキャリア教育のほか、就労に悩む親子へのキャリア支援を行っています。「みんなのオフィス」では、相手がこどもであっても、ひとりの人格として同じ目線で対話しているとのこと。社会情勢や職業意識について話し、学校の勉強にひもづけて説明をしておられるそうです。こどもに自分の未来像をイメージさせて自発的な成長を促すのが本来あるべきキャリア教育なのだと、長谷川さんのお話を伺って実感しました。

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親は、わが子の声に耳を傾け、
社会へ向けて開かれた目を。

「みんなのオフィス」では、こどもだけでなく、その親との対話も大切にしています。就労の問題に直面して悩んでいるのは、本人も親も同じ。「わが子と、どう向き合えばいいか分からない」という親御さんとは、これまでの子育てを振り返り、その子の幼少期について尋ね、ときには親自身の生育環境や夫婦関係も見つめていきます。

「どんなに本を読んでも、わが子の答えは見つかりません。親はいつも途方に暮れています。だから私たちは、親子の声に耳を傾けるのです。いまは多様性の時代といわれますが、働く障壁となる原因もまた多様です。いじめ・生育歴・ハラスメント…と、問題がどこにあるのか分かりにくく、親子が自力で答えを導き出すことはとても難しい。だから私たちは専門家として一人ひとりを見つめ、親子の悩みをひもときながら、その子の働きたい思いが実を結び、生きる権利が守られるよう、力をあわせて考えていきます」。

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「みんなのオフィス」には、現在3児の子育て真っ最中のキャリアコンサルタント、紙谷さんがいらっしゃいます。彼女は20代で出産を機に離職をし、パートナーの転勤も重なったことから定職に就けない状況にありました。社会との接点をもち続けるためにボランティア活動などを行っていた紙谷さんですが、一方で「自分に合った仕事に就けるのか」と思い悩むこともあったそうです。しかし、いまの紙谷さんは違います。そんな彼女のお話は、筆者にとっても考えさせられるものでした。

「子育てに地図はありません。でもこの社会には陽の当たる場所が必ずあります。その場所は、親自身が社会に出て見つけるもの。子育てとは、そこにたどりつくまでに親自身が経験したことを、わが子に伝えて希望を指し示してあげることではないでしょうか」と語ります。

紙谷さんは社会への目が開かれたことで、わが子への教育方針も筋の通ったものになり、頭ごなしに叱ることがなくなったそうです。「先日、うちの子が『算数をする意味が分からない』と言っていたので『分からないことを知るのも大切だよ』『ムダかどうかはやってみないと分からないから、まずは向き合ってみてはどう?』と話しました。社会の中で、その勉強がどんな意義をもつのか説明できるようになったんです。また、こどもにお手伝いをしてもらうときも、たとえば『野菜の皮むきをして』と指示して終わるのではなく『皮むきするとこんな形になるよ』『〇〇ちゃんのおかげで、おいしくなったね』と話すようにしています。そうすれば、こどもは充足感が得られますよね。やがて、その充足感と仕事のやりがいが同じであることに気づく日が訪れたら、親としてこんなにうれしいことはありません」。

ご自身の経験をもとに、お母さんたちのための支援活動を進行中の紙谷さん。社会へ目を向ける必要性をお母さんたちに伝え、子育ての悩みを解きほぐし、親子両方の自立を応援したいと、次の夢を膨らませています。

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キャリアについて親子でともに考え、
互いの未来を豊かに。

経済のグローバル化やニーズの変化によって、日本的経営の「三種の神器」と言われる[終身雇用・年功序列・企業内組合]は崩れ、昇進・異動などのキャリアプランを会社に委ねる時代は終わろうとしています。一回限りの大切な人生を組織まかせにして棒に振ることがないよう、私たちは自らのキャリア形成について真剣に考えていく必要があるのです。

こうした流れの中で、こどもたちが未来を生き抜く力を養おうと、文部科学省は学校でのキャリア教育を推進し、厚生労働省は若者のキャリア形成を支援しています。国家資格をもつキャリアコンサルタントが、学校や若者支援センター等でキャリア教育を行っているのはそのためです。

「自立とは、精神的・経済的に、誰かに頼らず生きていける状態になること。私たちは こどもたちにその意義を伝え、社会とは何か、なぜ学びが必要なのかを理解できるよう働きかけています。企業に就職することだけがゴールではありません。自立を応援し、たとえ逆境にあっても立ち直る力を養うことが、ここでの目標。

こどもたちには、自分の力を信じてほしいです。そして、親はどうか自分の理想像をわが子に押しつけないでほしい。どんな悩みも、一つひとつ整理すれば解決の糸口は見つかります。私たちはそのお手伝いをする専門家です。親子が互いに信じあい、一緒に歩んでいけるようにしましょう。そうすることで、親も前に進めるのですから」。

こどもと大人が、ともに考え、成長しあう。そんな理想の社会をつくるヒントは、キャリアを軸に探っていくことで見つかるのかもしれないと、今回の取材を通して感じました。

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一般社団法人 みんなのオフィス
長谷川 理恵さま(写真 左) 紙谷 恵美子さま(写真 右)

★一般社団法人 みんなのオフィス 概要

◆所在地 :福岡県福岡市中央区大名2-10-1 シャンボール大名A棟1208号
◆お問合せ:Email / jimu@wind.ocn.ne.jp
      TEL. /092-401-0438(平日 9:00 ~ 17:00)
◆詳しく知る
◎webサイト  https://minna-office.com/