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【ショート小説】脱ぎ散らかしてよ感情

五人の女どもがおりました。
それぞれが、赤、青、黄、緑、サンドベージュのリボンを身につけております。
「私達、特殊歌撃フォース、オフェーリア!」
夏休みの体育館には、天地を揺るがす程の雄叫びが、木霊を包括しながら広がって、やがて消えていきます。
「何をやっとるんだ。」
頭頂部を体育館のライトに輝かせた教頭は、メタルフレームの眼鏡を少しばかり斜めにさせて、天空より壇上に降り立った女どもを棒立ちのまま眺めておりました。
天高く掲げた腕をゆっくりと下げると、教室から拝借したであろう箒を胸の前で握りしめて、一閃。
「ここはパルスの濃度が濃いわ。早く逃げて。」
制服のスカートは微かに揺れ、中央で言葉を発した青の女は、奥歯を噛み締めて虚空を見つめております。
「パル?いや、何だね。君達。」
教頭は少し下げたネクタイから古びた肌を覗かせ、白いシャツには、乾燥機で乾かしたせいか、薄く皺がついておりました。
「危ない‼︎ゼロが来るわ!」
向かって右手にいた赤の女がそう叫ぶと、五人の女は壇上に散り、各々虚空を箒で切り裂いております。
「数が・・多すぎる・・・」
鍔迫り合いとおぼしき、ポーズのまま一人、緑の女は呟きます。
「ぐぅ・・・」
又、別の女が腕を押さえながら一歩退くと
「ラフィーナ‼︎大丈夫?」
咄嗟に、近くで戦闘を繰り広げていた女二人が駆け寄り、互いに背中をつけて周囲の敵を一掃します。
どうやら黄色はラフィーナと言う名前のようです。
「あの、君たち今日から夏休みだから、早く帰りなさい。」
教頭は、全身に一ミリも力を込めず目の前の女どもに死んだ目で語りかけます。
「このままじゃ・・・」
誰に言うでも無く、無へ呟く緑の女。
傍のサンドベージュ女は、前方を睨んだまま、言い放ちます。
「まだよ、まだ終わりじゃないわ。」
どうやら、そのようです。
「うぉおおおおおおお!あたしの全部、今ここに!」
サンドベージュが手にした箒を天空へかざしました。空気は静まり、何故か他の女たちも戦闘を中断して、じっとサンドベージュを見つめています。
「いっけぇぇぇ‼︎€<${^ふksわ$;“\\\ン‼︎」
興奮と自身の全てを放出した為、サンドベージュの言葉は全く聞き取れず、激しく壇上に打ちつけた箒の音が耳をつんざきます。
「こら、やめんか。箒で遊ぶな。」
教頭は口を出すタイミングをようやく見つけて、何とか自分が教職の身にある事を思い出します。
教頭の至極当然の言葉を受けてか否か、サンドベージュはガクッと膝を地につけ、呼吸は異常なほどに、彼女の身体を揺らしています。
「エミリアぁぁぁ!」
戦闘はどこ吹く風、四人の女はサンドベージュ(エミリア)の元に駆け寄ります。
大きすぎる呼吸を続けるサンドベージュを四人で取り囲むと、各々サンドベージュを守るように外側を向き、その先を睨みつけております。
どうやら、まだ敵を倒せていないみたいです。
「どうする・・・このままじゃ・」
緑が本日、三度目のネガティブ発言をしたその時
「あらあらぁ。この位のゼロにお困りのようねぇ。」
舞台袖から花柄のリボンをした六人目の女が、
何故だか高圧的な態度で、ゼロとやらのいるはずの戦場を颯爽と歩いてきました。
「ルファス・・・」
説明はありませんが、青の女が意味深な顔で花柄女(ルファス)を見つめています。
「あんた達、邪魔よ。あたしがジェノサイドしてあげるわぁ。」
花柄は用務員室から拝借してきた、屋外用の長い箒を一振りしました。
空気を切り裂く音が体育館に響くと、すぐにしんとした静寂が広がります。
「まぁ、こんなとこかしら。」
そう言うと花柄は肩に箒を抱えて、やってきた道をすたすたと帰って行きました。
目では全く捉えられませんが、とにかくゼロは花柄のスカーフをした女の振り回した屋外用箒でジェノサイされたようです。
「立てる?エミリア。」
赤の女はサンドベージュに声をかけます。
もう、花柄に関しては忘れ去ってしまったようです。
「さぁ、仕上げよ!」
青の女がそう言うと、五人はお互いを見つめ合い、うんと頷くと壇上で横一列に並びます。

「絶望と希望は表と裏〜」
唐突にセンターに立つ青が歌い出すと、五人全員が憂いを帯びた表情に変わり、くるくるとフォーメーションを変え始めました。
歌唱は次々とバトンタッチされ
「心が揺れても、振り向かないで〜」
サビに突入です。
五人のユニゾンが、夏休みの体育館に響いて、
まるで夏の蝉のような風流さを醸し出さんとしています。

砂被りで、見ていた教頭の眼鏡は当初より明らかに、そのズレた角度を大きくし、元来より酷かった猫背は、さらにその丸さをきつくしています。
自分は体育館の道具部屋の隙間から、収縮した教頭の背中を眺めておりました。
夏休みの初日、バスケ部の練習前にボールを磨く為に体育館に来ていただけでした。

夏休み初日の校舎には、僅かな部活生と教員、補修授業を受ける赤点組の生徒だけの世界が、晴れ上がった青空とプランターに咲き誇る向日葵の黄色に縁取られ、鮮やかさを増しております。

壇上で制服のまま歌い狂う、顔見知りの女の子達を見ながら、(あの子達、こないだまでやってた深夜アニメ、あれ好きなんだなぁ)
と思うと、何故だか自分の顔が夏の空気よりも遥かに熱くなっていくのに気付きました。

「私達、特殊歌撃フォース、オフェーリア!」

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