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一瞬で煙草をやめることができたときの話

あれは大学1年の冬のことだった。
初めて買った煙草は、ハイライトのラムメンソールだった。

ある日、近所に住むサークルの先輩の家に4、5人くらいで集まって朝まで映画を観て過ごした帰り道。
(その日観ていた映画は『北京ヴァイオリン』だったような気がする。先輩はたしかこのとき、毎日一本映画を観る、というのを数ヶ月くらいにわたって自らに課していた。)

冬の曇り空の、白っぽい朝だった。
自分が住むアパートへの道をひとりでぽちぽち歩きながら、本当に何気なく『煙草吸ってみよっかなー』と思いついて自販機で買ってみた。
煙草が手元にあることが、ものすごく似合う早朝だと感じた。あの頃はタスポなんて制度はなくて、値段も300円かそこらだった。

ハイライトのラムメンソールを選んだのは、先輩が吸っていたものと同じものだからなんとなくそれにしたというだけの理由。(その先輩は女で、別に恋の思い出とかでは全然ない)

煙草の煙をうまく吸い込むことができるようになったのは、3箱目を買ったあたりだった。
一度正しい吸い方を覚えると、それまでしていたのはただ煙を口に含んでいただけで、全然吸えてなかったことに気がついた。
一旦煙を含んで、更に空気を吸い込んでクッと肺に入れる、あのやり方がよく分かっていなかった。

やり方を覚えてからは、ひとくち目のクラッとなる感じが気に入って、煙草というアイテムが日常に溶け込んでいった。煙草の銘柄は、ハイライトからいつくか転々とし、徐々に金マルに落ち着いた。
大学で周りの友達や先輩が吸っていた銘柄を鮮明に覚えているし、パッケージを見るとその人を思い出す。
それにしても、あの喫煙者率の高さは今では考えられないことだ。

喫煙所へ行くと(あの頃はまだ至る所に喫煙所がたくさんあった)、同じ講義をとっていて顔は知っているけど喋ったことはない、みたいな人となんとなく喋るようになったりしてちょっと楽しかった。喫煙所が醸すあの心地よい親近感はなんなんだろう。

社会人になってからも、会社の喫煙所で他部署の何の接点もない人と言葉を交わせるのはなかなか面白かった。
「1日の中で、本当に美味いと感じる煙草なんて、そう何本も無いのにな」
と言ながら、ベランダに差し込む夕陽と煙に目を細める中間管理職のおじさんたちを、傍らでぼうっと見ていたのが心に残っている。
会社の最寄りにある煙草屋のおばちゃんがとってもやさしかったのも覚えている。オマケのライターをよくもらった。

入社して3年目くらいにふと、そろそろ煙草やめよう、と思い始めた。やたらおっさんみたいな痰が絡まるし、やっぱ身体に良くないよなあ、というのは常々感じていたのだ。

ところが、というかやはり、なかなかやめることはできなかった。ニコレットを買って噛んでみたりしたが、私にはあまり効果はなかった。

特に吸いたくなるのは、朝起きた時とごはんを食べたあと、そしてお酒を飲んでいる時。
会社帰りのコンビニでつい買ってしまっては、自分にがっかりする日々。
(この頃よく買っていたのがショートホープ。他の煙草がたいてい1箱20本入りなのに対して、これは10本入り。辞めたいのに買ってしまう罪悪感から、せめて本数の少ないものをという気持ちがこれを選ばせた)

そんな挫折を繰り返していたある夏の日。その日は休日で、家でクーラーをガンガンにきかせて昼寝をしていた。床で寝てしまっていたので、フローリングに肌がはりついて気持ち悪い…と思いつつ起きるか起きないかのぼんやりした頭に、こんな声が響いてきた。

「これからあと1本でも煙草を吸ったら、家族にやなこと起きるよ」

誰の声かは全然分からない。でも、はっきりとそう聞こえた。
今になってみると、あれは多分強めの自己暗示が無意識のうちに引き起こした幻聴だったんだと思う。

その時から、なんか怖くなって煙草は一本も吸っていない。(しばらくは、『やばい、あんなに我慢してたのに吸っちゃった!』というリアルな夢を何度か見た)
煙草をやめてから、寝起きの身体の軽さに驚いた。食べものも美味しく感じるようになり、2キロくらい太った。

今となっては、このnoteを書くまで煙草を吸っていたことすら忘れかけていた。いつかおばあちゃんになったら、また吸ってみたいなと少しだけ思う。

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