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創作童話『頭の悪かった蛇の話』(第一話&第二話)
第一話
むかしむかし、あるところに、頭の悪い蛇がおりました。
山に住むどの生き物よりも小さく、ぼんやりした性格だったその蛇は、たくさんの友達から小馬鹿にされて生きてきました。
フクロウさんは豊かな羽をわさわさ揺らしていつも笑います。
「やあやあ蛇くん。君は相変わらず小さいなあ。そんなに小さいのでは腹の足しにもならないよ」
ネズミちゃんやカエルくんも、蛇を見るなりいつも駆け出します。
「あんなチビに食べられて死ぬなんてごめんだよ」
同じ仲間であるはずの蛇たちも、なぜだかやけに厳しいのです。
「お前みたいなのと一緒にいると、僕らまで同類だと思われるだろ」
そんなわけで、頭の悪い蛇はいつもぽつんとしていました。
普段は茂みに身を潜めてじっとしています。
お腹が空いても、しばらく我慢して、仲間の蛇の食事の食べ残しをコソコソ夜中に食べるのです。
こんな生活を、物心がついた頃から続けておりました。
そして、ようやく蛇も自分の身の上が奇妙であることに気づいてきたのです。
「ひょっとして、ぼくは、このままひとりぼっちなのかなあ」
蛇はなんだかむなしくなってきました。
そこで蛇は空を見上げながら思いを巡らせました。
――ぼくは、やまのみんなのことが、きらいなわけではないけれど……いまのままのせいかつは、なんだか、とってもいやだなあ。
――なにがいやって、まいにち、ひとりでくさのなかにかくれて、だれもぼくとおはなしをしてくれないんだ。
――せめて、となりにだれかいてくれたら、それでいいんだ。
――そうだね。となりにだれかいるって、うれしいなあ。
ゆっくりと動く雲のお腹を見つめながら、蛇がそこまで思いをまとめていた時でした。
ばっさり、ばさり、ばさり、ばっさ。
澄んだ青の中に、黒い鳥の形が浮き出ていました。
それを見た瞬間、蛇は素早く茂みに身を隠しました。
幸い、空の上の鳥たちは蛇にはまったく気がついていないようです。鳥たちは、楽しそうにおしゃべりをしていました。
「ねえねえ、山の麓の家にはもう行った?」
「行かないよ、あんな所。人が多いんだもの」
「畑もあるし、木も植えてあるよ。木には赤い実があってね、おいしいんだよ」
「もう行くのはやめた方がいいよ。人間って、自分の食べ物を取ったら怒るじゃない」
「たしかに、実を食べていたら石を投げられたっけなあ」
「ほら、言わんこっちゃない」
鳥の会話が、下の蛇にまで聞こえてきます。
そのお話を聞きながら、蛇は小さい口をパクパクさせました。
――うわあ、にんげんって、こわいなあ。ぼくみたいに、あとからごはんをたべちゃうへびも、きらいかなあ。
――でも、でもでも、もしかしたら。
――にんげんとぼくとじゃ、たべるものも、ちがうだろうし……「ぼくは、ごはんをよこどりなんてしないよ」っていったら……もしかしたら……。
蛇の黒い瞳が、真っ白な太陽の光を受けて、ぱっ、ぱっ、と光りました。
――「それならいいよ」って、ぼくのとなりにいてくれるかも……!
蛇はその場で大きく息を吸います。
……透き通った空気が、体の中を自由に入っていくのを、たしかに感じました。
第二話
そんなわけで蛇は、淡い色の夢を描いて、山の麓へおりていきました。
小さい体を、ずり……ずりり……と引きずりながら、たくさんの休憩を挟みつつ、何日もかけておりていったのです。
……山の麓には、木で造られた大きな家がありました。
鳥の言う通り、庭に大きな畑があり、果物のある木も何本も植えてありました。
――こんなにたくさん、やさいやくだものがいるってことは……たくさんのにんげんが、このいえにいるってことかなあ。
蛇は、畑の周りをちろちろ歩きながら思いました。
……いろんな人間がいるのなら、ひょっとしたら、自分と気の合う人間もいるかもしれない。
蛇はそう思うと、なんだか、体の奥がそわそわするような心地でした。
そして、その次の瞬間のことです。
「あは、あっはっは、あはは! へびだ!! へびがいる!!」
「ぎゃは、ぎゃっはっは、ぎゃはは! ほんとだ!! へびだ!!」
「うわっは、はっは、ははは!」
蛇の頭を突き刺すような、甲高いたくさんの声が、……上からふってきました。
蛇が、はっ、とした時にはもう手遅れでした。
ひゅうおう、ひゅおうっ、ひゅおっ。
蛇は、自分の体が、青い空に一気に近づくのを感じました。
耳には、激しい風の音が聞こえます。
空に投げ出されたのです。
「ぎゃはは、ちいせえへびだあ!!」
「かしてかして!! あたしにもかして!!」
……いえ、どうやら投げ出されたわけではないようです。
蛇のしっぽを、熱いヒリヒリしたものが、ぎゅう、と握ります。
あまりの熱に、蛇は声にもならない叫び声をあげました。
人間……それも、幼い子どもたちが無遠慮に蛇のしっぽを握っています。
蛇はそれまで、人間の手のひらがこんなに熱いものだなんて知りませんでした。
生まれて初めて感じる異常なまでの痛みに、蛇は泣きそうになりました。
「ぶんぶん、ぶんぶん!!」
「あっはは、あはは、はは!!」
「ぎゃはは、はっは、ぎゃはは!!」
甲高い声は、縦横無尽にその場に広がります。
子どもたちは、蛇のしっぽをつかんで、楽しそうに振り回していました。
次はあたしが、次はおれだ、……と、子どもたちがはしゃぎます。
子どもたちは、ツギハギの多い着物を着ていました。一つの着物に様々な色がおしくらまんじゅうをしています。
その鮮やかな色合いが、ふり回される蛇には、余計に刺激の強いものでした。
ちかっ、ちちかっ、ちかちかっ。
目の中の閃光が眩しく、体も痛む蛇は……意識がだんだん遠くなってきました。
どうして自分がここに来たのか、それすらも、……よく分からなくなってきました。
振り回されながら、蛇はゆっくり涙をこぼしました。
空中に、きらきらと透明な雫が走っていきますが……子どもたちは誰一人としてそれに気づきません。
蛇の目から、もっともっと雫が零れそうになった、……その時でした。
「何してるの?」
鈴の音のように細い声が、横から子どもたちの肩を叩きました。
その声は、決して大きい声ではありませんでした。柔らかくて静かな、女の子の声でした。
それにも関わらず……その声が響いた瞬間、その場にいた子どもたち全員が一気に口をつぐみました。
ぼてんっ。
情けない音を立てて、蛇はその場に落とされます。
ざらざらした砂の上で、蛇はなんとか息を吸って吐きました。……皮膚がびりびりと痛くて痛くて、うまく体を動かせません。
「何してるの?」
女の子の声が、またしました。
……しかし、その声に、どの子どもも答えようとはしません。あれほどまで騒がしかったのに、今は一転して、何の音も発しようとしないのです。
その場が、ぴいん、と変な空気になりました。
「行こうぜ」
しばらくの沈黙の後、……子どもたちのうちの一人が口を開きました。
その子の言葉がきっかけとなり、子どもたちが一気に動き出しました。
ざ、ざざっ、ざざ。ざ、ざざっ、ざざ。……。
草履たちが地面を蹴ります。砂を蹴っ飛ばしながら、子どもたちはその場を去っていきました。
歩く音もどんどん遠くなっていき、……気づけばその場には蛇と女の子しかいませんでした。
蛇は動く元気もなく、ぐったりとその場にうずくまっています。
女の子は、しばらく蛇の様子をじっくり見ていましたが……やがてゆっくり動き出しました。
ざり、ざり、ざり……。
静かな足音を立てて、女の子が近づいてきます。
ふう、ふう、ふう……と、蛇はその場で浅い呼吸をするのが手一杯でした。
蛇の体の周りがさっと黒く染まりました。
影です。女の子が、蛇のそばにしゃがみ込んで、じっと見つめているのでした。
「かわいそう……」
女の子の肌から、柔い香りがしました。
森では嗅いだことのない香りでした。葉っぱや獣の匂いとは程遠い、「女の子」の香りでした。
「かわいそうだから、薬を塗ってあげる」
柔いものを連想させるその女の子は、どこまでも落ち着いた声で話しました。
細くて白い指を突き出し、そっと蛇のお腹をさすります。
熱い手に触れられるたび、蛇はびくりとしてしまいましたが、……この女の子に触れられるのは嫌ではない、と感じていました。
ちらり、と蛇は女の子を見上げました。
色白い肌に、艶やかな黒髪がとても映えている少女でした。土のような地味な色の着物が、かえって少女の容姿を際立たせていました。
目鼻立ちにはまだ幼さがあるのに、どこか仕草が大人びています。
……蛇は、女の子の焦げ茶色の瞳から、目をそらすことができませんでした。
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