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クリスマスにうどんを一杯

 クリスマスなんか大嫌いだ。大体外国の行事を日本でやるのはおかしい。バレンタインもハローウィンもそしてクリスマスのクソ野郎も日本から消えてなくなればいい。僕はうどん屋の中でトレーを持って華やかな街角を見ながらこう心の中でこう愚痴っていた。

「お客さんご注文は?」

 店員がうんざりした顔で僕に催促をしてきた。店内には客は僕しかいないじゃないか、なのにちょっとぼうっとしていただけでそう急かすかよ。ああそうかよ!お前らもクリスマスかよ!早く邪魔な客片付けて店じまいしたいってか!けっ、じゃあ今夜一晩ずっとうどん屋にいてやるぜ。なんならうどん屋から朝帰りだ。だが究極のうち弁慶である僕は心の中でイキがりをすっかり引っ込めて卑屈な笑顔を作ってかけうどんの中を注文した。店員は却って僕への軽蔑が透けて見えてくるほどの薄っぺらな営業スマイルですぐにうどんを出してきた。うどんをもらいレジで代金を支払うと、いつものように薬味コーナーに行った。そこで天かすと生姜と醤油をかけるためだ。僕はうどんを食べるときはいつもこうして食べている。天かすはエベレストみたいに山盛りに、生姜は海の塩のように大匙一杯。醤油は天の恵みの5回回し。出来たものは確かに見てくれが非常に悪い。まるで廃棄物の塊だと言う人もいる。だけどみんな知らないんだ。この天かす生姜醤油全部入りうどんの旨さが。みんな見てくれで拒否っしまうのだ。今も店員がかけうどんに天かすをドシャドシャかける僕をなんとも言えない表情で見ている。

 だけど僕はそんな店員の視線を完全無視して天かす生姜醤油を一通りかけ終わると、すぐに近くのテーブル席に持って行った。ぼくがテーブルに行くのとほぼ同時に男女の客が入ってきた。男は奇声を上げたりしているのでかなり酔っているようで、女は男の態度に明らかに怒っていた。男が「とりあえず酔い覚ましにかけうどん二杯な」と店員に自分と女性分注文した。そして二人はなんと僕のいるテーブルの隣に座ってきたのだ。僕は気まずくなってテーブルを移動しようかと考えたが、客が僕と二人しかいないので移動しようかと思ったが、いざ移動しようとしたら何故か自分が突然移動したら相手が不快に思ったらどうしようという思いが先に立ってきた。全く僕は呆れるぐらい小心者だ。結局僕はこの席でうどんを食べる事にした。僕は割り箸を割って天かす生姜醤油全部入りうどんを食べようとしたのだが、その時二人のうちの男が突然僕の天かす生姜醤油全部入りうどんを指差して女に向かって声高に喋り出したのだ。

「おい、みてみろよ!コイツのうどんすげえ事になってんぞ!なんだよこの天かす、まるでゴミの山じゃん。それにこの油まみれのつゆはなんだよ。これただのゲロだろ?こんなうどん見た事ねえよ!」

 僕は無意識にうどんを隠した。だが、女は僕のうどんを見てしまったらしい。女はまるでゲテモノを見るかのように僕を見た。女の顔を見て男は調子に乗ったのか今度は僕に直接言ってきた。

「おまえちょっといい?そのうどんさ、もしかしてクリスマスケーキのつもりなの?クリスマスをこのゲロみたいなうどんで一人で祝うんだぁ!悲しいねぇ。今まともな人間はホテルで二人でクリスマスヤッているんだぜ。俺たちだってこの安っすいうどん食い終わったらホテルへクリスマスヤりに行くんだよ。おまえだけなんでぼっちでうどんなんか食ってんだよ。おまえクリぼっちなのか?しかも生まれてからずっとクリぼっちで毎年ずっとこのゲロうどん啜ってきたのかよ。悲しいねぇ。こんなゲロみたいなうどんで自分を慰めてるなんてさぁ!」

 男は散々こう僕を囃し立てるとソファーをどんどん叩いて騒ぎ出した。だが、店員は酔っぱらいには関わり合いたくないのか、さっきから厨房に引っ込んだまま全く出てこない。女は男に向かってやめなさいよと注意した。しかし男は俺はこのクソぼっちを慰めてやってるだけじゃねえかと言い返して、続けて早くそのゲロうどん食べろよと僕を煽ってきた。「早く食べないとせっかくのゲロうどんが伸びちゃうよ。早く!早く!」

 いくら大好きな天かす生姜醤油全部入りうどんとはいえこんな不快な状況ではとても食べられるものではない。一瞬うどんを返却口に出して店を出ようかと思った。だけどそうしたら自分の作ったうどんがゲロうどんだと認めるようなものだ。僕の作った天かす生姜醤油全部入りうどんは世界一美味しいうどんなんだ。決してゲロなんかじゃない。僕は二人を睨みつけて今からうどんを平らげてそれを証明してやると意気込んで割り箸でうどんを掴んで口の中に入れた。

 うどんを入れた瞬間うどんを平らげるという意気込みはあっさり消えてしまった。といっても天かす生姜醤油全部入りうどんを食べる気をなくしたわけではない。むしろ逆なのだ。僕はうどんを入れて啜った時、自分の意気込みがバカバカしくなったのだ。ああ!なんて事だろう。この天かす生姜醤油全部入りうどんは意気込んで食べなくても勝手に箸が口に持ってくるではないか。エベレストのような天かす。まるで山ね頂上の空気のように口の中を軽やかに跳ね回る。生姜はまるで海の塩だ。この塩によってうどんは育ちつゆの中を逞しく泳ぎ回る。そして醤油は恵みの雨だ。雨はうどんに命をもたらす。男はがむしゃらに天かす生姜醤油全部入りうどんを食べる僕をヒューヒューと囃し立てたがそんなもの僕にはどうでもよかった。僕はあっという間にうどんを平らげどうだと言わんばかりに男と女をみた。

 女は先程と打って変わって驚きの表情で僕を見ていた。僕は女と目があってしまったので思わず逸らした。男はもう気持ち悪さMAXと言ったような顔で女に向かって大声で言った。

「うぇ〜、こいつゲロうどんマジ食ったぞ!こんなキメエやつ初めて見たわ!おい、お前もキメエって思っただろ?」

 だが女は男が喋っている最中に突然立ち上がって男の顔を思いっきり引っ叩いた。

「いい加減にしろよお前!酔っ払ってるからってやっていい事と悪いことがあるのがわかんないの?」

 男は女の一喝に怒ったのか女を激しく睨みつけた。

「テメエ、何様だと思ってんだよ!大体テメェがクリスマス・イブに私を一人にしないでとか散々頼み込んだから付き合ってやってるんじゃねえか!」

「へぇ〜、その口ぶりだと私の他にも女いるんだ」

「当たり前じゃん。お前自分を何様だと思ってるの?お前なんか俺が相手にしなきゃ誰も寄ってこねえじゃねえじゃん。だから可哀想だと思ってお前をイブに選んでやったのにさ。それがこの仕打ちかよ!あばよ、お前とはこれっきりだ。やっぱりごめんなさい。よりを取り戻したいですなんて言っても俺は別の女と寝ているからよろしくな!」

 男は女にそう言い放つと席を立って店を出た。その時女もクリスマスケーキの入った袋らしきものを持って立ち上がり男の後を追って店を出た。その途端、店内に自転車のパンクしたような大きい音が鳴った。それからいくらもしないうちに女が再び店内に入ってきた。その女の後ろから男がドアを開いた。僕は再び現れた男を見てびっくりした。なんとパイ生地がまるでドリフのコントのように顔にベッタリと貼り付いてしまっていたのだ。彼は女に向かって怒鳴り散らしていたが、パイ生地が顔にめり込んでいるせいでよくわからなかった。男は結局店から出て行った。

 女は店員に深く頭を下げて謝ると僕のところにも来て謝ってきた。

「いや、僕は平気ですが、あの彼はあのままにして大丈夫なんですか?」

「全然平気よ。私なんであんな男好きになってたんだろう」

 僕は何を言っていいかわからず黙った。すると彼女が突然笑顔でこう言った。

「あのさ、さっき天かすすっごい盛り付けて食べてたよね。それ美味しいの?」

「僕は美味しいと思うんだけど多分他の人には合わないんじゃないかな」

「いや、絶対美味しいよ。だってあなたさっきすごい美味しそうな顔で食べてたじゃん。美味しくないわけないよ。私も食べるから盛り付け方教えてよ」

「でもなぁ〜」

「いいの、美味しくなかったからって別にあなたを責めたりしないから。ほら私今お腹ぺこぺこなの。あなただってうどん一杯じゃ足りないでしょ。ホラ、アイツが置きっぱにしたうどんここにあるからもう一杯食べなよ。あっ、多分アイツどんぶりに触ってないから大丈夫だよ。それとどんぶり乗せたトレー離れたところにおいてあるから唾とかも大丈夫。さぁ、いざ薬味コーナーにレッツゴー!」

 そう語る彼女はさっきの不機嫌さMAXの女性とは似ても似つかなかった。僕は彼女と一緒に薬味コーナーに行き、彼女に天かす生姜醤油全部入りうどんの作り方を教えた。まず天かすはエベレストのように高く盛る。「ええ〜っ、そんな山盛りなのぉ〜!」次に生姜は海の塩のように大さじ一杯。「ああ〜、お肉の生姜焼きじゃないんだから」最後に醤油を5回回しでうどんに垂らす。「ああ、そんなに醤油かけて、お寿司屋さんでそんなことしたらみんなに確実に白い目で見られるよ」そんなこんなで僕らは天かす生姜醤油全部入りうどんを作りテーブルへと戻った。

 さて、彼女は僕が教えた天かす生姜醤油全部入りうどんを食べてくれるだろうか。僕は彼女に無理しなくていい。食べたくなかったら僕が代わりに食べるからと言った。しかし彼女はあくまで自分が食べると言う。だけど……そんなに震えてちゃ。彼女は天かす生姜醤油全部入りうどんを前に震えていた。やっぱり彼女にとってこのうどんはあの男のいうゲロうどんなのだろうか。彼女は箸を取ると震える手を押さえながらうどんを掴んだ。そして彼女はそのまま口に入れた。

「何これ!信じられない!私今まで数えきれないぐらいうどんを食べてきたけどこんな美味しいうどん初めてよ!天かすはまるでエンジェルみたいにうどんの味を飛翔させているじゃない!それに生姜はなに?これはエーゲ海の塩よ!ミロのヴィーナスも思わず頬を染めてしまうほど美味しいよ!醤油はもうルネッサンス絵画に深みを与えてきた黒い影よ!この黒がなかったらダ・ヴィンチのモナリザだってないようにこのうどんに必要不可欠なものとして完璧に付合しているじゃない!ああ!あなたなんでこんなもの知っているのよ!これに比べたらアイツのフレンチなんかただのインチキのフルチン料理よ!」

 彼女はうどんを食べている間陶酔した表情でずっとこう語っていた。僕はこのあまりにも予想外の反応に驚いて箸が止まってしまった。彼女はそれを見て「あなた食べないんだったら私が食べるわよと食いつくような目でうどんを見る。僕は食べられまいとしてどんぶりを持って天かす生姜醤油全部入りうどんを啜りまくる。

 僕がうどんを食べ終わると彼女は笑いながら拍手をくれた。そして言った。

「今日はすっごいありがとう。散々迷惑をかけちゃったのに、こんな素敵なうどんを紹介してくれて」

「いえいえ、僕も嬉しいですよ。誰も食べようとさえしなかった天かす生姜醤油全部入りうどんを食べてもらったんだから。とりあえずどんぶりは僕が返却口に出しときますんで」

「ああ、ありがと」

 僕はこのまま彼女と別れるのが辛かった。やっと天かす生姜醤油全部入りうどんを理解し合える人と出会えたのにすぐお別れだなんて……

「じゃあ、さよなら……」

「さよなら」

「の前に!あなたの名前とメールアドレスとLINEとかインスタやってたらID教えてくれない?あとあなたの名前教えてよ。今度一緒に天かす生姜醤油全部入りうどん食べに行きたいからさ」



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