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泣きオーケストラ

 今谷中やなか家で一昨日に亡くなった谷中耕作の葬儀がしめやかに行われていた。僧侶がお経をあげている中、その後ろで手を合わせてた家族は耕作の元気な頃の遺影を見て泣き出した。ああ!痛い抗がん剤をあんな頑張って受けたのに!なんで、なんで死んでしまったの!声を上げて泣く妻の幸子や家族を見て他の参列者も涙を流した。

 お経が終わると司会がでは故人と最後のお別れをと言うと家族や参列者たちは花を持って棺桶のそばによった。まだ生きているかのように見える耕作。しかし彼はもうこの世にはいないのだ。長年寄り添った夫と別れねばならぬ。由紀子は棺桶に崩れ落ちて号泣した。ああ!あなた!何故死んだの?何故、何故!その時どこからかものすごい音と共に誰かが耕作とやたらとハリのある声で叫んでいるのが聞こえた。参列者は何事だと思って一斉に声と男のした方を向いたがそこに一人の派手な格好の女性と彼女の後ろに四十人ぐらいのオーケストラが控えていた。

「耕作♫可愛い坊や♫何故、何故天国に召されてしまったのぉ〜♫」

 ババーン♫ババババババババーン♫

「可愛い坊や♫お目覚めよ♫ママの胸のに戻っておいでぇ〜♫」

 ジャラララララララーン♫

「今ママがお前を魔王の手からぁ♫取り戻すわぁ〜♫」

パパパパパパパパパパパパパパパパーン♫

 ここで女は歌をやめ棺桶の脇にうずくまっている由紀子を跳ね飛ばして中に横たわっている耕作を持ち上げて抱き寄せた。

「だけど魔王は絶対にあなたを渡さぬと言う♫ああ!可愛い坊や♫ならば母があなたについていきましょう♫」

 パーパパパー♫


 耕作の家族と参列者は女を取り囲んで恐る恐る彼女に聞いた。

「あのどちら様でしょうか?」

「どちら様って失礼ですわね。私一昨日亡くなった谷中たになか耕作坊やの親戚のソプラノ歌手の吉岡花蓮でございますの。本日は坊やのためにオーケストラを連れてやって来ましたのよ。みなさんこそなんですの。ここは耕作坊やの葬式じゃないの。関係ない方はお引き取りあそばせ」

 故谷中やなか耕作の家族はもっと恐る恐る彼女に言った。

「あの申し訳ありませんが、うちは谷中たになかじゃなくて谷中やなかです。谷中たになかさんは三軒隣です。あなたが抱えてる死体見ればわかると思うんですけど……」

 泣きオーケストラのソプラノ歌手吉岡花蓮は自分の抱えている爺さんの干からびた死体を見てああああ〜♫とソプラノで叫んで耕作の死体を放り出した。そしてけたたましいオーケストラの伴奏と共に間違えたわ♫耕作坊や今から会いにいくわ♫と歌いながら葬儀中の谷中やなか家から去っていった。

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