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アレクサンドル・アレクサンダー ドン・キホーテと同時代に書かれた騎士物語について

 イギリスで最近発見されたルネッサンス期の騎士物語『アレクサンドル・アレクサンダー』がどれほど世界の文学界を震撼させたかについてあえて長々しく語る必要はないだろう。このセルバンデスの名作『ドン・キホーテ』と同じ時期に書かれた騎士物語の発見が何故これほど騒がれているのかそれはこの騎士物語『アレクサンドル・アレクサンダー』が『ドン・キホーテ』と同じく近代小説の誕生を告げるようなそんな大傑作だったからである。この小説を書いた人物は残念ながら不明であるが、この作者はドン・キホーテの作者と同じように既存の騎士物語をパロディ化する事で小説を近代化させた。しかし何故この『アレクサンドル・アレクサンダー』が最近までその存在すら不明であったのだろうか。決定的な理由としては出版されなかったという事実がある。しかし何故出版されなかったのか。それはこの小説を読めばすぐにわかる。このアレクサンドル・アレクサンダーはドン・キホーテより遥かに先んじているのだ。我々はこの小説を一読して近代小説どころか現代小説を読んでいるような錯覚さえ覚えた。もしこの小説が騎士物語華やかなりしあの時代に出版されたら黙殺され、もしかしたら焚書にされていたかも知れない。この小説が出版されず、作者の名前さえわからないという事がかえってこの小説を生き延びさせたのかもしれない。ではここでその『アレクサンドル・アレクサンダー』の一部を紹介する。

アレクサンドル・アレクサンダー 第一話:エクスカリバーを持ちし者 抄録

「我が息子よ。我が後継者として我が家に伝わる秘剣エクスカリバーを授けん。今より騎士として全国を廻り人助けを行うのじゃ。行手にはさまざまな困難が待っているだろう。しかし御身は名門騎士アレクサンダー家の血を継ぎし者。きっと困難を乗り越え騎士として再び我が家に帰ってくるであろう」

 晴れて騎士となったアレクサンドル・アレクサンダーは全身に固めた鎧姿で父親のジョージに拝謁し秘剣エクスカリバーを受け取った。秘剣エクスカリバーを手にした彼は父親から下がり早速剣を振るった。ああ!なんと見事な立ち振る舞いか。父親は感激して鎧姿の息子に拍手を送った。

 自分の部屋に戻ったアレクサンドルは兜を外して自分の顔を見た。途端にため息が漏れる。なんと情けない印象に全く残らない顔か。これが騎士の名門アレクサンダー家の後継者なのか。とそこに従者のモーリスが入ってきた。この従者はアレクサンドルと同い年の男で彼が子供の頃から仕えていた。貧乏な孤児のくせにイケメンでどこか気品のある顔をしている男だ。アレクサンドルは彼に向かってこれから自分は騎士としての勤めを果たすために旅に出ると告げた。するとモーリスはイケメンの顔を涙に濡らしながら訴えた。

「若様!それではモーリスとしばらくお別れなのですね。モーリスは生まれてからずっと若様にお仕えしていたのに。モーリスは若様と離れる事には耐えられませぬ。お願いします!モーリスを若様の旅路のお供をさせてくださいませ!」

 アレクサンドルはモーリスの涙ながらの懇願を聞いて心が動いた。やはり幼き頃から身の世話をしてくれたこの男と別れるのは自分としても辛い。よし一緒に連れて行くか。頼めば父上もきっと認めてくれるだろう。アレクサンドルは早速父から快諾してもらうとモーリスを連れだって早速旅立った。今陽の光がまるで旅立ちを祝うかのように二人の行く道を照らし出している。その光の中を馬上の鎧姿のアレクサンドルと帽子を目深に被ったモーリスは意気揚々と進んだ。

 とある村に着くと村人たちが入り口に集まって泣いているのが見えた。馬上のアレクサンドルは何事かと思い、帽子を目深に被ったモーリスに事情を尋ねてこいと命じた。モーリスは早速村人に尋ねると村人は泣きながら今夜村一番の美少女がドラゴンの生贄になると告白した。村人たちは嘆きこう言った。

「ああ!どこぞの騎士様がドラゴンを叩きのめしてくれたら!」

 モーリスからこの話を聞いたアレクサンドルは騎士としての誇りを持って美少女を救わねばと固く誓った。彼は馬を村人たちの元まで歩かせると馬上から村人たちに向かって自分が少女を救いたい。一目彼女に会わせてくれと頼んだ。しばらくしてその少女が現れた。少女は初めて見る騎士に胸をときめかせてしまったようで恥じらい俯いてしまった。しかしそれでもこの立派な鎧兜を身につけた騎士を見たいという誘惑には勝てずチラチラとアレクサンドルを見つめている。アレクサンドルもまたこの美少女の美しさに一瞬にして魅入られてしまった。彼は思わず兜を脱いでこの美少女を間近で見たいという衝動に駆られた。しかし自分は騎士であり、騎士たる者容易く兜を脱いではならぬのであり、また、兜を脱いで自分の情けない顔を見せてしまったら少女は急に冷めてしまうという恐れからやはり兜は脱げなかった。

 アレクサンドルとモーリスはそれから少女を交えて村人たちとドラゴン退治の計略を練った。ドラゴンは夜に少女が生け贄にされる村の広場に来るという。アレクサンドルはその周りにある林に身を潜め、ドラゴンが現れると同時に馬を走らせて切って捨てる。ドラゴンには翼があり、普通に襲ったら飛んで逃げられてしまうが、しかしいきなり馬がやってきたら逃げる間もなく仕留められる。村人たちはアレクサンドルが話す計画に感心して大きく頷いた。美少女など目を潤ませてアレクサンドルを見つめている。アレクサンドルは少女に向かって名前を聞いた。少女はエリザベスだと名乗った。するとアレクサンドルは突然立ち上がり腰元のエクスカリバーを引き抜いて天井に突き立ててこう叫んだ。

「騎士アレクサンドル・アレクサンダー!エリザベスのためにドラゴンを倒さん!」

 やがて夜が来てエリザベスは村の広場の中央の台に跪いた。彼女の周りにはドラゴンを迎えるために焚き火が敷かれている。囂々と燃える炎の中エリザベスは目を瞑りただ神に祈りを捧げている。その彼女を村人たちは不安気に見守っている。果たして騎士はドラゴンは退治できるのだろうか。村一番の美少女のエリザベスがドラゴンに食べられてしまったら。

 アレクサンドルとモーリスはエリザベスと村人たちを林から見守った。アレクサンドルと馬のそばに控えるモーリスは息を立てるなと馬の手綱を引っ張る。アレクサンドルは焚き火に囲まれてひざまづくエリザベスを兜の中から見た。美しい。そなたこそこの騎士アレクサンドル・アレクサンダーの妻に相応しい女。さぁ今こそ彼女を救わん。

 そうしてしばらく待っているとパサッパサッと鳥が飛んでいるような音が聞こえてきた。その音は近づくにつれて大きくなり禍々しい雰囲気を醸し出してきた。ドラゴンだ。誰ともなくそう口にした。ドラゴンは広場を旋回しながらエリザベスの元に近づいてくる。そしてドラゴンはエリザベスの目の前に降り立ち涎を垂らしながらこう叫んだ。

「へっへへー!こりゃ上玉じゃないか!僕食べちゃうもんねぇ〜!」

 ドラゴンはこのセリフが辞世の句になるとは思わなかっただろう。ドラゴンがこう口にした瞬間アレクサンドルは林から馬を駈って登場して見事エクスカリバーでこの化け物を真っ二つにしてしまったのだ。ドラゴンは邪悪ない血潮と共に消え去った。アレクサンドルは怯え切っていたエリザベスにもう安心だと声をかけ彼女を立ち上がらせた。村人たちとモーリスはそんな二人に熱烈な拍手を送った。


 さて見事ドラゴンを倒したアレクサンドルとモーリスは村の宿屋の主人からどうしても止まって欲しいと懇願され別棟のスイートルームに泊まる事になった。宿屋の主人はは救い主騎士アレクサンドル・アレクサンダー卿の事は永遠に語り継がれるでしょうと彼を持ち上げ二人に一緒に料理を食べようと勧めてきた。しかしアレクサンドルはここで兜を脱いで自分の騎士と到底見えない情けない顔は晒せないと思ってこれしきのことで料理など振る舞われるいわれはないと言って遠慮した。

 そして深夜である。ドアがコンコンといったのでアレクサンドルは何事かと思って目覚めた。すると寝巻き姿のモーリスがかしこまって部屋に入ってきて彼にエリザベスが外にいると言うではないか。モーリスによるとエリザベスはアレクサンドルに恋してしまったらしい。彼女は自分を助けてくれた人にどうしても礼がしたいという。しかしエリザベスの家は貧しく騎士のお気に召すものは何もあげられない。ならば私の体をあげるしかない。あなたの鎧兜を脱がせて私の体で温めてあげたい。モーリスの話によると暗闇の中エリザベスはこんなことを語っていたそうだ。アレクサンドルはエリザベスの思わぬ告白に動揺して部屋中を歩き回った。僕だってエリザベスを抱きしめたい。だけど兜の下のこんな顔晒しちゃ彼女はこの村の救世主騎士アレクサンドル・アレクサンダーが情けない、萎れた人参のような奴だったと激しく軽蔑するだろう。いや、だけどもしかしたらエリザベスはそれでも僕を愛して……。アレクサンドルはモーリスに向かってもう少し考えたいからエリザベスにもう少し待ってくれるように伝えろと命じた。

 モーリスは主人に命じられた通りエリザベスに待って欲しいと頼んだが、エリザベスはそれでも帰らず、モーリスに向かって言った。

「ここまで来て帰る事なんてできないわ!あの騎士様に会わせてよ!せめてあの人の顔だけは拝ませて今すぐ!」

 こう言うなりエリザベスは自分の持っていた燭台に火をつけて部屋の中を照らした。そして彼女はそこに光り輝く金髪を晒した。一人の美青年を見たのであった。

「……あなた。騎士様じゃない。なんで召使のふりなんかしてるのよ。あの昼間の帽子を目深に被った貧乏ったれの召使とは大違い!あなた私をそこらの娼婦なんかと一緒だと思ってるでしょ?だから召使のふりして私を追い出そうとしたのね。私はそんな女じゃないわ。まだ生娘なのよ。今夜は騎士様のために私の処女を捧げに来たの。ねぇ、騎士様私を抱いて!」

 心優しいモーリスは若様の情けなすぎる顔が世にバレてしまったらどんなに若様が傷つくだろうかと考えた。かといってエリザベスの必死の願いを断ってしまったら、この純粋な少女は傷ついて自殺してしまうかもしれないと考えた。どうせこのまま待っても若様は明日の朝まで延々と悩んでいるだろう。だから俺が……。

 アレクサンドルは日が白んでくるまでずっとエリザベスを家に入れるか悩んでいたが、だからまだ決められなかった。そうして歩き回っていると、なんか動物の甲高い鳴き声が聞こえてくるではないか。彼はなんの動物かと耳を澄ませたが、それは動物ではなくエリザベスが叫んでいる声であった。

「ああ!騎士様!私幸せよ!こんなにいっぱい愛されて!もっともっとこのエリザベスを愛して!」

 声の出所はモーリスが寝ている部屋であった。アレクサンドルは怒りと惨めさに耐えきれず鎧兜姿で泣いた。


 翌朝アレクサンドルは目覚めるとすぐに鎧兜を身につけ、惚けたように寝ているモーリスを叩き起こした。モーリスは妙ににツヤツヤした顔をしていたが、それが一層アレクサンドルを苛立たせた。彼はモーリスの頭に帽子を押し付けてさっさと旅立ちの準備をしろと怒鳴りつけた。モーリスは若様の激怒っぷりにビックリして飛び起きた。

 そうして準備が全て終わり鎧兜姿のアレクサンドルと帽子を目深に被ったモーリスは宿屋の主人に挨拶に行ったが、そこには何故かエリザベスもいて彼女もまた先ほどのモーリスと同じようにツヤツヤした顔をしてウットリした表情で自分を見つめていた。エリザベスはアレクサンドルの手を取ってまた村に来てくださるとか聞いてきた。アレクサンドルは兜の中から殺したいほどの憎しみを込めた目でエリザベスを睨みつけた。その二人に向かって宿屋の主人はこう言った。

「ゆうべはお楽しみでしたな」

 それを聞いた騎士アレクサンドル・アレクサンダーはブチ切れて思わず叫んだ。

「お楽しみでしたなじゃねえよ!バカ!」

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