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夫婦大審問官

 その頃は串刺しにされた肉たちが次々と火炙りにされている時刻であった。その火炙りにされた焼肉を憐れんでいる神の長い人間の元に大審問官が現れた。

「ふふふ、いつもそうやって串焼き肉を炙っているのはどんな気分だ。まぁ、答えなくてよい。今日はただお前にわしの言う事を聞いてもらいたいだけだ。お前は我々夫たるものによって常に神聖なる存在だ。何故ならお前は我々夫が帰ってくればその串焼き肉のような食い物を作ってくれるし、掃除だってしてくれる。しかも便所掃除もだ。それが故に我々はお前を神さんと崇め奉ってきたのだ。だが何故今になってお前は神さんの慈悲深さを捨て我々の小遣いを減らそうとさもしい事を言うのだ。我々にとってその小遣いこそが人生唯一の楽しみである事はお前自身がわかっているだろうに。お前は我々がお前の保護者である事を何故理解しない。お前が今ここにあるのは我々が無私の神さん信仰を広めたからではないか。神さんは無私で慈悲深い、我々夫が浮気しても許してくれる。競馬やパチンコに金を使っても笑顔で呆れながらも許してくれる。茶の間で屁をこいても許してくれる。我々がこう吹聴して結婚生活への幻想を振り撒いたからこそお前はまだこの世界に生きているのだ。いくらそれが幻想だろうと指揮でされても我々はガンとして否定し、神さん最高だと言い続けて来たのはお前がただ神さんあろうとしたからだ。なのに何故小遣いを減らすなどという神さんにあるまじき事をするのだ。そんな事をされたら結婚は崩壊し、人類は一気に原始化するだろう。神さんの喪失は夫を弱肉強食へと走らせるだろう。気に入らない女の方を二、三発殴ってタバコを蒸す世が戻って来るのだ。お前はそれで良いのか、お前は今この神さんで支えられた秩序を破壊しようとしているのだそ」

 大審問官はこう言い終えた。だが神の長い人間は何も言葉を返さなかった。大審問官はならば出ていけと神の長い人間を解放しようとしたが、神の長い人間は逆に大審問官を家から叩き出した。そして初めて口を開いた。

「へぇ〜!そうなんだ!あなたって私に暴力振るおうって思ってるんだ。怖いからさっさと出て行ってくれない」

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