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秘密の小部屋

 週末の夜四井不動産第八ビルの六階にオフィスを構える西片商事第六支店の連中は夕方から延々と本社から来た幹部に糾問を受けていた。

「お前ら電気とガスと水をどうしてこんなに使っているんだよ!一体何したら電気代とガス代がこんなに上がるんだよ!ハッキリわかるように説明しろ!」

 しかし第六支店の連中はこのいきなりの糾問に弁明に戸惑い全く弁明の言葉が思いつかなかった。支店長はじめとして管理職は助けを求めて部下たちをチラリと見たが、部下もまた信じがたいと言った表情をしている。自分たちは今までちゃんと消灯と戸締りはして来たつもりだしビル会社からもなんの注意も受けていない。大体このビルの警備員はやたら厳しくちょっと残業するだけですぐにいつまで残られるつもりなんですかと聞きにくるのだ。でももしかしたら社員が隠れておいたでもしているのかもしれない。第六支店営業部長はとにかく自分たち管理職の潔白をアピールするためだけに立ち上がって社員を怒鳴りつけた。

「お前ら正直に言えよ!お前らの中に業務が終わってからこっそり会社に居残ってなんかやらかしている奴いるだろ!」

 だが社員たちは何も答えなかった。ただ不満そうに自分たちに責任を押し付ける管理職の連中を睨んでいただけだ。本社の幹部は彼らに対して今すぐ電気ガス水道代が上がっている理由を説明しろと怒鳴りつけた。暗い沈黙があたりを包んだ。その時突然ノックの音が聞こえた。第六支店の社員の一人がドアに向かった。ドアの後ろにいたのは常駐の警備員であった。

「あのそろそろビル点検に入りますので皆さんご退出の準備をお願いします」

 第六支店の連中はビル点検なんか聞いていないぞと一瞬考えたが、これを利用して本社の連中を帰してしまえと考えて、管理職と社員たちはわざとらしく忘れていたなどと惚けて本社の連中を帰らせた。しかしその帰り際に本社の連中はこう言うのを忘れなかった。

「すぐに報告あげろよ。誰が電気ガス水道使いまくっているか。出ないとお前ら全員クビにしてやるからな!」


 翌日通常業務が終わると西片商事第六支店長は幹部と一般社員を会議室に集めて思いっきり怒鳴りつけた。

「お前らいい加減白状しろよ!誰が残っておいたしていたんだ!もう誰かがこの階のカードのロックを外して自由に出入りしている事はバレてるんだぞ!カメラに下手な細工して見えないようにしたってな、調査会社雇えば誰が何やってるかなんてすぐにわかるんだぞ!いいから吐け!今吐いたら少なくとも懲戒免職は避けられるんだぞ!」

 だが誰も支店長に答えない。皆不満顔で、時に舌打ちしてガンをつけるだけだ。南俺私はやってない、なんで頭ごなしに怒鳴りつけられなきゃ行けないんだといった表情をしている。幹部連中は一般社員を舐め回すように見て必死に犯人探しをしている。その目線に耐えきれなくなったのか、一人の若手社員が立ち上がって支店長をはじめとする幹部連中に向かって怒鳴り散らした。この男は二年前に総務に配属された男だ。

「なんでアンタらすぐ俺ら一般社員を疑うんだよ!テメエの仲間は疑わねえのか?もしかしてこうやっておどしつけて無理矢理俺らに罪着せんじゃねえだろうな!俺は総務として毎月公共の料金を本社に報告してる。だから俺うちの会社がこのビル入ってから毎月平均していくら払ったかエクセルでやったんだ。したら五年前にうちの会社がこのビル入った時からあまり変動していねえんだよ。確かに昔から異様に高かった。でもその時はなんも問題になってなかったじゃねえか!最初から公共料金はバカ高いんだよ!そんな何年も続けて電気ガス水道を使いまくるなんて俺ら一般社員にできるはずがない!アンタら幹部クラスがやってるに決まってるんだ!このまま電気ガス代がバカ高くなかったらアンタらのおいたは見逃してもらったかもしれない!だがなもうアンタらはもう終わりなんだよ!今更俺らに責任押し付けて逃げようたって問屋は下ろさないんだよ!」

「このガキは口の聞き方も知らないのか!お前は今自分がおいたしたと白状したようなもんだぞ!テメエの罪を他人に着せようとしているのはお前だ!」

 支店長と若手社員は壮絶な舌戦を繰り広げた。それは真相の究明どころかただの責任の擦り合いのような様相を呈してきた。とうとう支店長はお前は即刻クビだと吠え、若手社員はこんなクソ会社今すぐ訴えてやると怒鳴り返した。しかしその時である。昨日と同じように警備員がコンコンとドアを叩いて言ったのだ。

「夜も老けている事ですし、今日もビル点検がありますのでできるだけ早くご退出お願いします」

 西片商事第六支店の面々はこの警備員の異様に貫禄のある声に恐縮してすぐに帰りの準備を始めた。

 その帰り道だった。先ほど幹部連中を怒鳴りつけた総務の若手社員が電車で同僚と話をしていた。

「お前あれヤバいぞ。言い方ってのがあるだろうが」

「何が言い方だよ。あんな真っ向から疑われて黙ってろってのかよ。俺らは会社の犬じゃないぜ」

「ところで電気ガス代ホントに使ってるの誰だろうな。幹部連中があんだけマジギレしてんの見るとどうやら違うみたいだし」

「知るかバカ!」

「ところで」とベツの同僚が口を挟んできた。「あの、知ってるか?ここのビルってもともととあるIT会社の持ちビルだったみたい。だけど二十年ぐらい前にその会社の社長が愛人とトンズラして、それがきっかけで会社も潰れてそれで不動産会社に渡ったんだって」

「そういえばそんな噂聞いたことあるな」と総務の若手社員は言った。「だけどなんでいきなりそんな話するんだ?」

 すると同僚は含み笑いをしながら言った。

「いや、このビルもう一個都市伝説みたいなのがあってさ、その社長、社長室に自分と愛人のために小部屋作っていたらしいんだ。完全防音でいくら声出しても周りに漏れないってやつ。今もこのビルのどっかにあんのかな〜」

「バカバカしい。そんなもの正真正銘の都市伝説だよ。もしあったとしてもそんなもの不動産屋の手に渡った時点で取り壊されているに決まっているだろ!」

 総務の社員がそういうと同僚は一斉に笑った。


 さてそれとほぼ同じ時刻である。幹部連中がビルの出入り口を出ようとした時、派手な格好をした中年の女性と若者の二人を連れた警備員とすれ違った。幹部連中は何事かと警備員を見たが、それに気づいた警備員は彼らに向かってこの人たちは別の階の会社の社員の方なんですが、忘れ物をしてしまったんですよと聞かれてもないのに弁明を始めた。幹部連中ははぁそうですかと返事をして警備員にお疲れ様ですと言って別れを告げた。

 警備員は中年の女性と若者をエレベーターに乗せて六階のボタンを押した。それから六階に降りると鍵でまっすぐ更衣室に入り、そして別の鍵で箒を入れたロッカーの中の隠し扉を開いた。三人はロッカーの中に入り電気をつけた。そこにあるのはピンクの壁といっぱいに並べられたハートマークであった。三人は部屋の真ん中のちゃぶ台に座りホッと息をついた。

「ふぅ〜やっと部屋に来れたゼェ。あの連中なかなか帰んねえからな。ったく無駄な会議やってんじゃねえよ!俺が社長やってた頃は会議なんて十五分で終わったぜ!」

「でもしょうがないよ。このビルはもう他人のものに渡っちゃったんだから」

「そうだなぁ。今俺のものって言えるのはこの小部屋だけだぜ……」

「思えばアンタがここの警備員になれなかったら私たち本当に露頭に迷ってたよ。やっぱり神様っているんだねえ。アンタがカジノに金突っ込んで横領で告発されそうになった時、私が逃げようって言わなかったら、アンタ間違いなく首吊ってたよ。アンタはそれで逃げて、でもお金がなくなっちゃって。それでもアンタ私のお腹の子供のために生きたいって言ってくれて。私それ聞いてどんだけ喜んだか。アンタ二人で住む場所に住もうってここの警備員の面接受けたんだよね。絶対にあの部屋はまだあるはずだって言って。そしたらやっぱりあった。ここは何故か電気もガスも水道もWi-Fiもテレビもついてるし、しかもお金はテナントを借りている会社が出してくれる。ここはホントに天国だよ。しかもここは立地がいいから切れ目なく会社が出たり入ったりしてくれているし……」

「そうだなぁ、この二十年間。一時はどうなるかと思ったがなんとかやっていけたもんだなぁ。息子も成人したしなぁ〜。おいお前。俺はビル会社にお前を次の警備員に推薦しようと思っているんだ。そうすれば俺が定年になってもここに住めるからな」

「父ちゃん!」

 父子は抱き合って泣いた。それを眺めていた母は笑って二人に言う。

「さぁ、早くお風呂の準備しましょ!今日は親子水入らずよ」



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