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ヨーゼフvsホームズ 第四話:ノイケルン区××番地アパート666怪死事件 その1

 警視総監の一言でヨーゼフ警視はハッと我に返った。そして彼は慌てて散々怒鳴り散らしたホームズに謝罪したのだった。
「いや、申し訳ないミスター・ホームズ。あなたが私を一瞬にしてヨーゼフ警視だと見破るまでの論理的な過程を知りたいあまりに、私の炎の如く立ち昇る形而上学的なゲルマン魂が燃え上がってしまったのです。ドイツ人の悪い癖です。我が偉大なるドイツ人は論理をどこまでも追求せずにはいられない性格なのです。我がドイツは哲学と詩人の国。あなたの国の人々のようユーモアなどでおちゃらけることなど決して出来ないのです。ああ!どこまでも不器用な愛すべき形而上学的人民よ!しかし真実は必ずや我らの上に輝くはず!神よ!」
 しかしゴールドマン警視総監はまたヨーゼフ警視の長広舌がはじまると察し彼に口を挟んだ。
「ヨーゼフ君、御高説はもうよいだろう。時間も迫っているのでね」
 そしてゴールドマンは立ち上がり一同に向かって呼びかけた。
「さあ皆で捜査会議室に行こうじゃないか」
 警視総監の呼びかけに一同会議室に向かった。ヨーゼフ警視は一同の先頭を意気揚々と歩いていた。どうやら彼は近づくホームズとの対決に興奮を抑えきれないようだった。そう、ヨーゼフ警視とホームズ。この我がドイツを代表する偉大なる哲学的名推理家と英国より参上した世界的に有名な探偵の対決はまずは今から向かう捜査会議室でおこなわれるのだ。
 一方そんなホームズはヨーゼフとは対照的に余裕綽々といった態度でパイプを指で回しながら皆から一歩下がって警視総監のゴールドマンと並んで歩いていた。ゴールドマンは隣のホームズに向かって先ほどのヨーゼフ警視の件について謝った。
「いや、ミスター・ホームズ。わざわざ英国から御足労をかけてドイツまでいらしてくれたのに全く申し訳ない。ヨーゼフ君はあの通り典型的なドイツ人そのまんまの性格で頑固者ゆえ時折自分の考えに没頭するあまり人の話をまともに聞かなくなる時があるのですよ」
「いえいえ、私は全然平気ですよ。異国の手荒い歓迎だと思っていますよ総監」
 ホームズはそう言うとゴールドマンに向かって微笑んだが、彼はホームズの鋭い目線に自分を見透かされそうな気がして思わず目を逸らした。しかしゴールドマンはホームズに向かって再び話しかけた。
「ミスター・ホームズ。あなたに事件の推理を依頼したときにも言いましたが、このドイツ帝国警察の捜査員はドイツ精神に凝り固まった連中ばかりです。あなたが受け入れられる事自体非常に困難を伴うことになるでしょう」
「それは面白い。そんなスリリングな状況でこそ推理のしがいがあるってものです。今回はワトソン君もいないので、一人孤独に推理の華を咲かせてみせましょう!」
 そう余裕綽々と言った感じで語るホームズをゴールドマンは不安そうに見た。彼はドイツ精神の塊のようなヨーゼフ警視とこの皮肉な英国男がまともに協力できるかどうか心配したのである。しかしそれよりもゴールドマンが心配したのはホームズが我がドイツ帝国警察の捜査のやり方を英国流の皮肉な口調でバカにしやしないかという事だった。彼は不安から目を背けるためにホームズに話しかけた。
「ミスター・ワトソンはどちらへいらっしゃるのです?」
「ワトソン君は今インド旅行中です。先日とある政府高官から依頼された秘密の事件を一週間で解決しましてね。それで法外な収入を得たもので、彼にボーナスと休暇を与えたのですよ総監」
 またしてもホームズの皮肉な笑みである。ゴールドマンその笑みに再び不安に襲われたが、その時突然先頭を歩いていたヨーゼフ警視が止まり後ろに向き直って来たので捜査員一同は彼に注目し、ホームズとゴールドマンも大げさに腕を広げているヨーゼフ警視を見た。息を吸い込んでからヨーゼフは言った。
「とうとう着きましたな!ここが我がドイツ帝国警察捜査本部会議室です!」
 言い終わるとヨーゼフはゴールドマンの隣にいるホームズをじっと見た。そしてホームズの前で、この難事件には貴様の助力など必要ない。私の形而上学的な名推理で貴様の英国流の形而下学的なインチキ推理なんぞコテンパンに叩きのめしてやる!と胸を張った。このあからさまな挑発にホームズは例の薄ら笑いを浮かべた。我らがヨーゼフ警視はホームズの反応を見ると、再び前に向き直りこれまた大げさに両手で捜査本部会議室のドアを開けながら再び皆に向かって言った。
「さぁ、皆さんさっそくはじめましょう!今回のドイツ帝国警察史上始まって以来の難事件『ノイケルン区番地アパート666怪死事件』の捜査会議を!」

 会議室に入るとゴールドマン警視総監やヨーゼフ警視をはじめとしたドイツ帝国警察の捜査官一同は物々しく席に着席した。ホームズは警視総監とヨーゼフが座る上座の席のそばに彼用に特別に設えた長椅子に軽く腰掛けパイプを吹かしている。そして警視総監の号令とともにドイツ帝国警察捜査員一同は立ち上がり、これまた物々しく頭を下げた。ホームズはこのあまりにも仰々しい動作に吹き出しかけたが、どうにか抑えることが出来た。しばらくしてホームズを警察庁まで案内してきた刑事が立ち上がり、事件のあらましを説明しだした。
「この奇怪な事件はノイケルン区✕✕番地のアパートで起こった事件なのですが、被害者は高級娼婦の女クララ・エールデンという名の女ですが、この女がアパートの自宅で死んでいるのが発見されました。女が倒れていた床には666という落書きがありました。我々は女に外傷がない事、女の体から毒が検出されたことから最初は女が自殺したと結論づけたのですが、しかし、その結論に疑問を持ったのが今ここにいる我らがドイツ帝国警察の偉大なる知性である名推理家のフリードリッヒ・ヨーゼフ警視だったのです!」
 そういうと刑事はヨーゼフの方を向き称えるように拍手をし始めた。それに倣って捜査員達が一斉に拍手をする。ああ!偉大なるドイツ帝国の形而上学的知性を代表する名推理家ヨーゼフ警視よ!その偉大なる知性の高みはアルプスの山をも超える!ヨーゼフは皆の拍手に促されるように立ち上がり、そして皆を満足そうに見渡して、最後に憎っくきライバルのホームズを睨みつけると自信満々にこう言った。
「刑事の言う通り、私はこれが自殺でなく他殺だと推理した。それは娼婦のような形而上学どころが言葉すらわからぬ下劣な女に自殺など崇高な行為などできるはずがないとの認識に達したからだ。こんな娼婦がウェルテルの如き自殺の概念に囚われるわけはない。ドイツ人には周知の事実だが、女とは形而上学的精神に相反するものだ。女は常に形而下学的な動物にも近い生物で金欲と肉欲のみに生きているものだ。そんな女という生物が自殺という形而上学的誘惑に囚われるはずがないのだ!」
 ヨーゼフの演説にホームズと警視総監を覗く面々は深く感動し、ヨーゼフ警視に向かって一斉に拍手を浴びせた。ヨーゼフの演説を聞いたホームズは呆然としていた。そんなホームズを見たヨーゼフは彼に向かって自信満々に「何かご意見はおありかな?ミスター・ホームズ」と聞いた。しかしホームズはまだショックから立ち直れないようで「いや」と言うだけが精一杯だった。ホームズの気の抜けた返答にヨーゼフは我勝利を得たりと満足気な表情で刑事に向かってこう言った。
「さぁ、先を続けたまえ!」
 ヨーゼフが着席し、皆が落ち着いたところで刑事は説明を再開した。






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